表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

【第一部:わたしのつなぎたい手:ユアとアミュアのダイジェスト】

女神ラウマとルメリナの接続が回復して、ラウマからもう一つプレゼントをもらった。

それは女神のみたユア達の映像のアーカイブだった。

ひまわりハウスのTVで自由に閲覧出来るようになったのだ。

TVの前によりそう二人。

二人はそっと思い出をなぞるように再生を始めた。


ーーーあたし達の旅は泉の祠からはじまったね。

ーーそうです。ユアが名前をくれたんです。


はんぶんこの奇跡を経て、女神ラウマの分霊から一人の少女が産み出される。


 辺りを静寂がつつみこむ。遠く鳥の鳴く声がかすかに届く。静謐な泉の祠。

その階には二人の少女が手をつないで座っている。

「なんかラウマ様ちいさくなった?あと髪が銀色に?」

「……」

 こてんと頭をたおす銀髪の少女は、自分自身にむけて尋ねるように疑問符の言葉を投げだした。

「なんだか色々なことを忘れてしまった気がする?」

 その澄んだ声色はラウマとは微妙にちがうとユアには感じられた。

今度はユアが黙り込む。ふるふると痛みをこらえるように、しかしその顔にはやさしさが溢れている。

「…か…かわいい」

ふしゅーっと湯気をだす幻影が見えそうなユアであった。

 じいっとすみれ色の綺麗な目を見て、手をつなぎながら声に出し問うユア。

「あなたはラウマさまなの?」

「…どうでしょう?よくおぼえていません」

「おなまえは?」

「ラウマという名には何かきょうかんしますが。わたしの名前とはかんじられません」

「えっと…じゃああたしが名前付けていいかな?」

ぱたりと後ろに倒れながら適当なことをいいだすユア。その目に像の台座が写る。さかさまから見たラウマの御名。<LAUMA>寝転がったユアには反対からも読めた<AMUAL>

(きっとやさしい神様にもバカンスが必要だ!)

「そうだ!あなたの名前はアミュア(AMUAL)。わたしのかわいい妹よ!」

「いえ、妹ではないとおもいます」

 食い気味に反対するアミュアの初めての意思表示は、ユアへの不信感が滲んでいた。


ーーーセンスあるでしょ?!ねーみんぐせんす!

ーー‥‥‥‥反対から‥‥読んだ‥‥だと‥‥

ーーーえへへ‥‥ほめないで

ーーこのあと実は10年異世界転移して修行して戻りました。

ーーーうん、前に言ってたね。


一度祠のすぐそばで見失ったアミュアを見つけたユアは街を目指す。

ふとアミュアが尋ねる。

「ユアさん、この道…どこにつくんですか?」

「ユアでいい!あたしもアミュって呼ぶ」

「いえアミュアです」

 かなり食い気味にアミュアが割り込む。

「あふぅ…」

 高速切り替えしでユアは心のダメージ。

「コホン。森の小道。泉から街につづく道だよ。昔からある道で、けっこう道がでこぼこしてるけど」

「でこぼこ……」

 アミュアは不思議そうに道の石を指さした。

「うん、だから私たち“でこぼこコンビ”ってわけ!」

 ユアはお日様のように、にっこり笑いながらそう言った。

「……ふふっ、名前だけはセンスあるねユア」

 アミュアもわずかに口元を緩める。ちょっとだけほほに色を指すのは、ユアの笑顔が思いがけず魅力的にみえたからだ。


ーーーこの後ルメリナにいったんだよね!

ーー初めての街に興奮しました‥‥でもわたしはユアの淋しさに気づいたのです。

ーーーうん‥‥アミュア‥‥ありがとう


 街燈のともる静かな坂道を、ゆっくりと歩く二人。

すずやかな夜風が葉を鳴らし吹きすぎる。

「よかったね~本当においしかった!いろんなこと感謝したくなる味だったな!」

 明るいユアの声を聴きながら、眉をキュっとしてアミュアが立ち止まる。

「ん?どうしたアミュア?」

 アミュアは繰り返し、心のかたちをなぞる。ふたりの心だ。

(訊ねてはだめだ、自分で答えをださないと)

 ためらい、迷いながらも、そっと尋ねるようにユアの手をとるアミュア。

「暗くなってきたし、また転ぶといけないから……」

「…うんうん!でこぼこコンビだもんね!仲良くいこう~」

「……」

 少しずつ熱を帯びていく頬を意識しながら、うつむくアミュア。

 ほんのちょっとの間をあけて答えた。

「そうです、でこぼこコンビでいいんですよ!いきましょう」

「アミュアがデレた?!」

 そうして二つの影が、今度は影を帯びずに歩み去った。


ーーソリス師匠が教えてくれたのです。淋しそうな人にどうして欲しいか尋ねてはいけない。自分で出した答えだけがその人を救うと‥‥聞いた時は解らなかったけど、師匠が死んだ後に気づきました。

ーーーアミュア‥‥またお墓参りいこうね。

ーーはい‥‥ユアが一緒に来てくれたらきっと師匠も喜びます。


そして二人はハンターバディとして活動を通し、絆を深めあった。

とある夜のキャンプ。

ユアのすぐそばにある小さなテントから、規則的な寝息が聞こえる。

(アミュア…)

そこに確かに自分の大切なものが一つある。

ざわざわとした不安な夜の中で。

気配だけで、ユアを少し笑顔にしてくれるのだった。


ーーーむふぅ‥‥10才アミュア‥‥かわゆい‥‥

ーーこの頃の服は全部ユアが選んでましたね。水色で可愛いのばっかり。

ーーー今でもかわいいよアミュア!でもこの頃は格別かわいいなぁ

ーーむぅ‥‥ふくざつです。



そしてある日の依頼でユアは逃げ出した故郷を訪れた。

別れて探索する中、ユアは自宅の地下であるものを見つける。

そこには魔石灯を置いてある細いテーブル。

目をやったユアはそこに一通の封書をみつける。

近付き確認した。

(おかあさんの字だ)

手紙はユア宛だった。

どのような状況だったかは解からないが。

あまり時間はなかったのだろう、簡潔な文面だった。


ユアへ

時間がないので大事なことだけ書く

村は全滅した、わたしが最後だ

最後まであなたをささえられない母をゆるして

あいしていますユア わたし達のたからもの

どうか健やかでいてほしい


読み下したユアは丁寧にたたみ封をした。

ユアの目が赤くなっていく。

唇をかみしめて堪えているのだ。

涙を。

(さみしいよ…)

心に思いがあふれた瞬間、母の言葉を思い出した。

ーーーユア、お姉さんは泣かないのよ。

ぐっと拳を握った。

ユアはこの村で生まれた初めての子供だった。

何人か後を追うように生まれた子供はすべて弟、妹達。

期待もされていた。期待に応えたいとも思っていた。

自分が姉なのだと。

自分が泣いては、弟妹達も泣いてしまうと。

ただぐっと拳を握りこみ、心の痛みに耐える。

掌の痛みなど耐える必要もなかった。

しんしんと静寂が耳に辛くなった頃。

突然気配がわき、ささやくような声が聞こえた。

「ユア…いますか?」

ビクっとユアの肩が揺れる。

アミュアの声だ。

ユアに気付いたようで、先ほどより少し声に力がこもる。

「アミュアです、そちらですか?ユア?」

ユアは俯きただただ耐えることしかできなかった。

心のなかで祈りを一つだけ持ち。

どうか涙よこぼれないでと。


ーーそうだったんだ‥‥ここでおああさまの手紙をみたのですね

ーーーうん‥‥

ーーやっぱりユアに出会えてよかったな。

ーーーうん?


角を曲がるとユアの背中が見えた。

「ユアよかった、さがしたよ?」

アミュアは安心から、少し微笑み話しかけた。

「……」

ユアの返事は、ない。

それだけで、アミュアはハッと思い至った。

(なぜ気づけなかった…わたし)

 …そんなの初めてだった。

  わたしが呼んでユアが答えなかったことなどいちどもない。

  あの笑顔のおくにずっとかくれていた影。

  この村は故郷だと昨日やっと言った。

  お姉さんぶるときほど気持ちをごまかしていた。

  財布をみるとどこかさみしそうな気配があった。

  ほんとうにたくさん見てきた。

  なのに気づけなかった。

立ち尽くしているユア。

立ち尽くしているアミュア。

(…ユア、手がふるえている。)

それは恐ろしいほどの力で握りこまれ、爪が皮膚を破り数滴の雫となって落ちていた。

ーーーおねーさんは泣かないのよ!

かつてのユアのセリフが、アミュアの耳の奥に残っていた。

 アミュアの視線が下がる。

痛ましくてとても見ていられなかった。

アミュアの胸が締め付けられ、抑えきれない涙がすっと流れ出す。

「ユア…」

 いつものように優しくユアの左手にふれるアミュア。

拒むように握りしめられたユアの拳。

(だめだ…足りない……とどかない)

 手だけではユアに届かない。

アミュアは気付いた。想いは、手だけでは伝えることが出来ない時があると。

 どうすればいいか考える前に体が動いた。

涙をながしたままゆっくりユアの前にまわるアミュア、手はユアの左手に添えたままだ。

少し背が足りなかったが、思い切ってユアの首を引き付け自分の胸に押さえつけた。

「ユア…泣いていいんだよ…わたしがここにいるから」

 アミュアに引かれ、自然と膝をついたユアも、ついに堪え切れず涙があふれる。

まだ声は殺したまま、拳も開けない。

震えるユアを必死にかかえこむアミュア。

(まだ…まだ足りない)

 ユアはいつもよりずっと体温が高く、その熱さえもがアミュアの胸を締め付ける。

両腕に出来うる限りの力を込め、ユアの頭を胸に押し付ける。

「もういいんだよ…ユア…我慢しなくていいんだよ」

震える声で腕の中のユアに、必死に伝えようとするアミュア。

「う……う…うあぁわぁぁああぁあ!」

 ついに、いや。やっと己が感情を絞り出すユア。

あの日祠でアミュアにあってから、ずっと抑え込まれてきた悲しみ。

無垢な言葉に元気をもらうと共に、隠されていた痛み。

アミュアの細い腰にしがみつき、ようやく子供のように泣きじゃくる。

ささやくように耳元に言葉を届けるアミュア。

「わたしがずっといるから」

 ユアの泣き声だけが、陰々と悲しく流れる湿った通路。

しかし、アミュアはなぜか少し微笑むことができて力を抜いた。

やさしくユアの髪をなでながら、抱擁は解くことがなかった。

(やっと声にしてくれた)

(やっととどいた)

アミュアの心の声も、やっと力を抜けたのであった。

その日、互いの涙を初めてみたのだった。


ーーこの日わたしは自分が涙を流せることを初めて知りました。

ーーーええ?!そうなの?

ーーはい‥‥師匠の死ですら悲しくとも涙は出なかったのです。

ーーーアミュア‥‥あたしもきっとアミュアが泣いていたら同じ想いをするよ‥‥

ーーユア‥‥うれしい‥‥


村の中央の櫓。その周囲には少し盛り土され小さな丘のようになっている。

今そこには村中から集めてきた隠し武器。剣に槍、ちょっとなんだかわからないものまで沢山あった。

一つずつ丁寧に丘に刺していくユア。

そこに両手いっぱいに花を摘んできたアミュアが戻る。

「この種類しか咲いていないようです」

すっかり元の雰囲気に戻れたアミュア。

小さな白い花をいくつも付けた茎。

「ありがと、じゃあ一本づつかな。そこに飾ってあげてアミュア」

「わかりました、武器はそれで全部でしたか?」

「まだ隠してあるかもだけど、もう充分弔えると思う」

ユアの笑顔には力がないが、それが当たり前なのだと、今のアミュアには解った。

 最後の花1本を細身の直剣に手向ける。

ユアの家から持ち出してきた、母の剣だ。

跪くユアを後ろから見ながら、自然とアミュアも頭が下がるのだった。

(ユアのおかあさま。たよりないわたしですが、けしてユアの手は離しません)

(…どうか安らかに)

やわらかな風と、少しだけ傾いてきた午後の光が、濃い緑を透かし、ふたりをまだらにゆらゆらと染めていた。


ーーふふ、ユアのおかあさまに初めて誓ったのはこの時ですね。

ーーーえへへそうなんだあ

ーー度でいいから会いたかったなユアのおかあさまに‥‥

ーーーうん、きっとおかあさんもアミュアのこと好きになるよ!

ーーあぁ‥‥でもこの後あれがあるんだ‥‥

ーーーああ!そうだったね。まぁ無事で良かったよ。


その夕方に影獣の襲撃がある。

巨大な熊型の影獣でカーニャとユア・アミュアで戦うが、苦戦しアミュアもユアは大怪我をする。

「……」

すっと、ユアは無言で一歩前に出る。

そのわずかな動きでも滴るほど血まみれだ。

獣への視線には、燃えるような怒り。

次の瞬間、咆哮があがった。

「よくも……アミュを傷付けたな!!」

大気が震えるほどの怒声だった。ユアの茶髪が逆立つ。

カーニャが思わず振り返る。

そこには――

血に染まり、崩れかけた櫓の瓦礫の中に横たわるアミュアの姿があった。

ドドドン!

村の入り口たる門をバラバラに吹き飛ばし、獣の巨影が突きこんでくる。揺るがないその進路が、恐るべき重さを示している。

すれ違わず、真正面から立ち向かうユア。

(正面はまずい!!)

カーニャのこころの声はとどかず、影とユアの光がぶつかり合う。

パンッ!!!

一瞬理解できない光景。逆立つ天使の梯子、金色の光が天に昇っていった。

「そ…そんな…」

カーニャの唇から思わず声が漏れた。

 まだ赤赤と燃えている地面と舞い散る黒い粒子を背に、こちらを向いたシルエット。

爛々と、影の中で両目が紅く輝いている。

 荒ぶる神。

その後ろには先ほどまであったはずの質量がない。

一瞬で消滅したのだ。チリチリと上昇気流に吹き散らされ獣は消えていった。

パチパチと飛び火してはぜる生木の音だけが、時間を表していた。

ユアが右手の奇跡を初めて使った日だった。


ーーこれは‥‥怖いですね‥‥ユア破壊神!

ーーーひどぉい!アミュアを怪我させたからゴッチンしてやっただけだよぉ

ーーゴッチンの破壊力が‥‥

ーーーあ!この後は貴重なお風呂回でわ?!

ーーもぅ‥‥


「ユア大丈夫です、じぶんで歩けます」

「ダメ絶対無理させない!」

 アミュアを背負ったユアが、村の裏手にある崖を登る。

狭いがしっかりとした階段がつづら折りに刻まれている。

ユアもアミュアも装備は外し薄着である。恥ずかしいのか嬉しいのか、アミュアは耳が赤い。


「自分でできます」

「いいからいいから、ケガしたんだから、痛い所あったら大変!」

「それはじぶんで脱ぐからやめて」

「遠慮しなーーい!おねーさんにおまかせ!」

キャッキャと脱がされたりしているふたり。


ぺったり寝転んで半身をさらすアミュアが言う。

「もういっぱい温まりました、上がってもいいですか?」

頬は上気し、少しのぼせ加減。

すっとおでこに触れるユア。

アミュアの体温を確認しうなずく。

「うーん、じゃああっちのベンチで座ってて。あたしはもう少し入っていたいな〜」

 アミュアは少し離れた所にある、これも石製の大きなベンチに、タオルも巻かずぺったりうつ伏せに寝ている。石の冷たさを堪能しているのだ。


ーーーむふーー!!ちいちゃいアミュアかわゆす!!

ーーこの頃はすぐあったまって長風呂できなかったです。


ルメリナの街にもどったユアは寝ているアミュアを見て思う。

「ぅん…」

小さく声を出しながらアミュアが寝返りを打つ。

沈みかけた表情は自然とほほえみを浮かべる。

(今はアミュアのために生きて行きたいと素直に思える)

窓を透かして入る月光は、優しく二人の間の影を払う。

薄緑のその光が、あの地下道のヒカリゴケに似ていて、ふっとおかしくなったユア。

立ち上がりながらつぶやいた。

「わたしの大切なアミュア、あなたがもう少しだけ大きくなるまで」

左手を見つめながら続ける。

「この力はあたしがもっているね」

最後は静かな決意をにじませるユアであった。


ーーーこの頃はまだラウマ様の奇跡の力を説明してなかったね。

ーーそうですね。また寝顔を見られてる‥‥多い気が‥‥

ーーーだってアミュアすぐ寝ちゃうんだもん。

ーーみゅう‥‥仕方ないのです小さかったので。

ーーーあ、次はアイギス義兄さんがでてくるね。

ーー順番だとそうですね。


 パキッと薪がはぜる。ゆらゆらと揺れる灯と暖かさは、食後の旅人をやさしく眠りへと誘う。

 暖炉前のソファーに沈むアミュア。

ユアと二人共に包む短毛の茶色い毛布も手伝い、ユアの右肩に頭をのせすっかり夢中の人となっていた。

スヤスヤと規則的な寝息に、やわらかく笑みを向けるユア。

 すぐ隣にテーブルセットから借りてきた木の椅子を置き、座っているアイギスに静かに話しかける。

アミュアを起こさぬよう注意しているのだ。

「結構疲れていたのかもね。私も少しねむい」

小さな声で話し目を伏せているユアはいつもよりむしろお姉さんに見える。

残念ながら本人には自覚がない。

「今夜はゆっくり寝たらいい。」

何時ものように言葉少ななアイギスの声も低く抑えられていた。

「ううん、まだ大丈夫。…聞かせて、おかあさんとおとうさんの事」

夜ご飯の頃から、何か言いたげな様子から察していたユアが水を向ける。

「そうだな。お前の父上から伝言を預かっている」

すっと目を伏せ続けた。

「遺言でもあった」

ユアの目もつむられた。

目をそらしたわけではなく、聞き漏らすまいと思ったのだ。

静かに調子を変えずアイギスは告げる。

「たった一言。健やかであれ、と」

未だ生まれぬ子へ向けた、死にゆく男の健やかなれとの思い。

どれだけの想いか。

どれほどの慈しみか。

パチッとまた火種がはじけた。

閉じられたユアの眼のふちに、音もなく小さな雫が結ばれた。

声は最後まで漏れなかったが、少し肩は震えていた。

しばらくは薪の音だけが静かに流れ、一時の後についにユアが口を開く。

アイギスはそれを待つように、じっと口をつぐんでいた。

「ありがとう」

ぽつっと漏れた言葉にいかばかりの思いがあったのか。

今は気持ちも落ち着いたのか、肩も動かない。

そうしてついに少女は両親に別れを告げたのだった。


ーーユア‥‥ごめんね寝ちゃってて。抱きしめてあげたかったな

ーーーいいの‥‥アミュアがそこに居るだけで耐えられるんだよ‥‥


少しだけ落ち着いた暖炉の火が、壁や天井にゆらゆらと影を揺らしていた。

アミュアと二人で毛布に包まり、ソファにしずんだユア。

いつも胸元にしまっている大事な封筒を出す。

ユアがそっと一枚の紙を抜き出し開く。

もう何度読んだか覚えていないくらい読み返した、母の手紙。

読んでは仕舞った手紙は、すこしずつ端が痛んできた。

あちこちにユアの涙が染みていた。

まだアミュアにすら見せたことはない母の言葉。

ゆっくり最後まで読んだユアは、丁寧に手紙をたたみ封筒に戻す。

そっと微笑み胸元に封書を戻した。

今日暖炉の前でアイギスから父の言葉を聞き、また泣いてしまった。

ちゃんと愛されていたのだと初めて実感できたのだ。

会ったこともない父親の愛を。

最近の自分は泣いてばかりだ。

こんなんじゃ健やかなんて言えないなと、少し反省した。

右側にあたたかな熱。

アミュアだ。良く寝ている。

話し終わったアイギスは、別の部屋で寝ると言い去っていた。

そっと起こさないように気を付けて、アミュアのおでこに自分の頬を押し当てる。

(いつかアミュアにみせたいなおかあさんの手紙)

暖炉よりもずっと暖かく感じるアミュアの存在。

その温もりが速やかに悲しい気持ちをぬぐってくれた。

(いつもありがとうアミュア)

薄い背中にも手を回し入れ、感謝を込めそっと抱きしめる。

とてもやさしい匂いがする。

(なんだかおかあさんみたいな匂いだな)

ユアは微笑みながらも胸の奥にちくりと来る。

せっかく収まっていた寂しさが湧き出しそうになる。

アミュアの暖かさがそっと、その悲しみをほどいてくれる。

こうしてアミュアに支えられているのだ。

改めてユアは思ったのだった。

眠りに落ちる意識の片隅で。


ーーこのあとはミルディス公国への旅ですね。

ーーーうん、カーニャが馬車を出してくれて進んだね。

ーーそしてあの気持ち悪い死体達にあったのです‥‥

ーーーほんとねえ‥‥ダウスレム戦は死体多かったね。アミュアもこの頃は死体で失神しちゃう可愛らしい女の子でした。

ーーぷぅ‥‥死体くらいもう平気です!



これは間違いなく村でみた影獣と同じと思い、ユアの剣が金色を纏い瞬時に4人の手足を切飛ばす。

ユアが左手で浄化しようとしたとき。

「いやああああああぁぁぁぁ!!」

と引き裂くような悲鳴。

アミュアだろう。

(またアミュアに辛いものみせちゃったな…)

相変わらず浄化する痛みに左手は震えるが、その痛みなどアミュアを心配する心の痛みに比べれば、何のこともないユアであった。


そんな中アミュアの足元に膝を抱えて座るユア。

顔色は悪く少し震えているようだ。

(アミュア…ごめんね嫌だったね、辛かったね…あたしがもっとしっかりしてたらな)

 どうしても自分を責めたくなるユアであった。

(あたしがもっと強くならなきゃ)

 きゅっと握った拳は、決意のためか怒りのためか。

アミュアは寝息さえ聞こえず、怖くなったユアはちょこっと出ている顔に近付く。

自分の髪がアミュアに当たるころ、やっとかすかな寝息を感じほっとするユアであった。

ふわっと感じたアミュアの甘い匂いが、余計にユアの胸を締め付けるのであった。


ーーーそんで色々あってカルヴィリスとも会って、最後の戦いに挑むのね。

ーー‥‥なんだかアミュアは裸が多い気が‥‥

ーーーさーびすさーびすぅ!

ーー理不尽です‥‥


ユアはかなりの速度だったが、身体強化と熟練の受け身でなんとかしのいだのだった。

「いたたた」

それでもお尻のあたりをなでながら声が漏れたので、痛かったようである。

その横にふわりと全裸のアミュアが降りてくる。

「ユア!」

短く声をかけ抱き着くアミュア。

ちょっと革鎧があちこち固くて痛かったが我慢した。

きゅっと抱きとめ

「アミュア服がないよ!ちょっと待ってね」

ポーチから予備のTシャツをだし、ヒマワリが真ん中にプリントされた白いそれをアミュアに頭からかぶせた。

ユアのシャツは少し大きかったので、超ミニワンピのようになりアミュアを隠すのだった。

「ふう、これでいろいろ大丈夫だ」

「いろいろですか?」

なにか事情があったのか安心しているユアであった。


ーーー彼ティー最高じゃん!!しかも裸で!!

ーーいわないでぇ~

ーーーそしてその格好でラストバトル!!あついぜ!!

ーーくふぅん‥‥


「はあはあはあはあ」

ユアは心臓が限界まで鼓動を打ち、気力も尽きてひざを付いた。

一足先にギブアップしたアミュアが着せてもらったシャツの、お腹部分でユアの額の汗を拭いてくれる。

「はあはあ、あり、がとうはあはあ」

ユアはまだ言葉が出ない。

そうして休憩している二人の少し離れた横で、ダウスレムが鎧とマントを外した。

汗はだらだらと流れているが、呼吸に乱れは少なく話しかけてくる。

「見事な練度であった。ここまで力を出したのは何年振りか、楽しませてもらった事、礼を言おう」


ーーーふいてもらいつつ色々堪能しました!

ーーいやん!ユアのえっちぃ

ーーーぐふふ

ーーそして結末はさみしいものでしたね‥‥

ーーーそうだね‥‥でもこれがダウスレムの望んだ事でもあったんだよ。

ーーもっと違う形にもなれた気がします。

ーーーうん‥‥そうだね


次に目覚めたユアは、なんだか柔らかくていい匂いのする所に寝ていたのだった。

「あれ?アミュア?」

開いた瞳に映ったのはひまわりのTシャツ。

その上には見慣れたアミュアの顔があった。

すみれいろの綺麗な瞳に、つややかな長い銀髪。

いつもより柔らかい笑みが見えて、ユアはとてもうれしくなった。

「よかった、アミュアがちゃんといる」

少しだけ動こうとするとふにゅっと柔らかく頭の下で形を変える。

(膝枕されてるから、これはアミュアのふともも?アミュアってこんな柔らかかったっけか?)

くんくんと匂いを嗅いでみれば、間違いなくアミュアの匂いだ。

「あんまりむにむに動かないでユア、くすぐったいです」

はっと起き上がるユア。

「ええええ!!」

指さす先には確かにアミュアがいる。

ただしとても成長している。

声がいつもよりわずかに低いのが気になって起き上がってみれば、そこには成長したらこうなるだろう、というアミュアがいた。

「ひまわりのゆがみで気づくべきだった…」

そう、見上げたアミュアの顔の前に持ち上げられたひまわりがあったのだ。

 不思議なことに、今いるここはルメリナからほど近いラウマの祠。

かつて始まりのときにアミュアに名付けた場所であった。

その後ひまわりだけでは隠し切れなくなったアミュアの体を隠すため、ユアが鎧下にしていたオレンジ色のTシャツも提供した。

 ちょっとだけ加工して安全ピンでとめると、見事にくびれが落ちるのを止めた。

「前のストンとしたアミュアなら落ちてるねこれ」

ユアは革鎧だけになったのでお腹とか色々出ているが、二人共法的には通りそうな格好になった。

「ひどいこと言わないで、前だってくびれてました」

「いやくびれは全くなかったよ」

食い気味に否定するユア。

ぷくっとなるのアミュア。

見つめ合うと、ぷっとふきだして笑いが溢れるのであった。

ちちちちと小鳥が飛んでいく。

正午くらいなのか真上に来ている太陽がサンサンと光を落としていた。

二人の笑いに誘われたかのように。


ーーーああぁ‥‥芸術品のような10才アミュアが‥‥

ーーひどいユア!今のわたしは嫌いなの?

ーーー大好きだよぉもちろん!

ーーふふ、まだこの時のわたしはユアのことそんな風にみていないの‥‥大事だってだけ。

ーーーアミュア‥‥うれしい。


 そうしてルメリナに帰る前に、ラウマ像の祠に入ってみた二人。

アミュアは最後の瞬間にラウマから逆流してきた断片的にフラッシュした映像から、ほぼユアとであった時の失われた記憶を導いていた。

半分この奇跡も、その内容も。

ーーーきっとわたしは、ここでうずくまっていたんだ。ユアに出会うまでとても長い一人の時間を

ーーーわたし…ううんラウマさまは寂しかったよね…

 そのほんのわずかなアミュアの表情の変化から寂しさを読み取るユア。

 ちょっと真剣な顔でユアが像に顔を寄せ、舐め回すように見る。

その美しいくすんだ像は優しい笑みを浮かべている。

ラウマ像の面影は今のアミュアにとても似ているのだった。

 キスするほどの接近に自分のビジョンがかさなり、急にアミュアは恥ずかしくなってユアを引っ張り離そうとする。

「やめてユア!そんな近づいて見てはだめです!」

いまや同等の体格となったアミュアに引かれては、ユアも踏みとどまれない。引き離されつつもユアのにんまりした笑みは確信犯的にふかまる。

「なんかさ…この像だけ周りより汚れてないよね?」

ユアの声色は少しずつ、いつものからかうような調子を取り戻していく。

「もしかしたら誰かがずっと手入れしてたのかもね?ほらっここなんか磨いてすり減ったんじゃない?」

罰当たりにも像のくちびるをなぞるユア。

まるで自分の唇に触れられたかのように、真っ赤な顔でグイグイとひっぱるアミュア。

たかなる鼓動を意識したとき、先ほど自分の感じた一抹の寂しさが癒えていることに気づいた。

忘れたのではなく。

癒えたのだ。

「いやいや、これきっと男だね!え!?もしかして唇だけキレイに??」

 どんどん意地悪顔がひどくなるユア、恥ずかしさが限界を超えたアミュアに投げとばされた。

きれいに半円を描いて地面へと落とされる。

派手に見えて、その勢いほどは大きな音はしなかったのだが。


 アミュアの中に走馬灯のようにここから始まった物語が流れていく。

 ソリスに出会い。

 カーニャに出会い。

 ミーナと出会い。

 沢山の優しい人と出会い。

 そして数えきれないくらいのユアとの思い出。


「ユアはずるいです!…」

 仁王立ちのアミュアが腰に手を置き、怒ったようにユアを責めるが、だんだん声量が落ち最後の方は言葉にならなかった。

ーーーこんなの大好きになっちゃうにきまってる!

 ころがったまま、いじわる顔からふっと一瞬だけ優しい笑顔になるユア。

静かに吹き抜けた風がアミュアの火照った頬を優しく冷やした。

すこしだけ甘い香りは野イチゴだろうか?


ーーーやっとわかった…これがわたしのつなぎたい手だ。



ーーーくふぅんかわゆすアミュア!おっきくてもかわいいぃ!!

ーーいやぁ‥‥こうして見ると恥ずかしいよぉ‥‥

ーーーこれから先にもまだまだ旅は続くね。

ーーうん‥‥そうやって近づいていったんだもん。大事な旅だった。

ーーーそうだね‥‥



拙い編集で申し訳ないです!

テーマと雰囲気だけでも伝わったら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ