群衆とリリィの涙
「王子様、お願いです……どうか、私の話を信じてください。セレナ様は私に、こんなにもつらい思いを……」
リリィが再び涙に濡れた瞳で王子を仰ぐ。可憐な顔立ち、儚げな声。その姿は、まさに守ってあげたくなるヒロイン像そのもの。周囲の視線が彼女に向かい、「可哀想に」「セレナはなんてことを」と囁きあっている。
――でも、本当にリリィが言う通りの被害者なのか? 私はまだ記憶が曖昧で、どういう嫌がらせをしたのかも思い出せない。それでも、ゲームの設定を思い返すと、リリィは確か“平民出身の聖女”で、王子や貴族の人々に愛される存在……。
しかし、断罪の場面では普通ヒロインは悲しみながらも、王子とともに悪役令嬢を厳しく追及するのがセオリーだったはず。ところが目の前のリリィは、王子にべったりと取りすがって、周囲の sympathy(同情)を総取りしようとしているように見える。それが、どこか不自然に映る。
王子はそんなリリィに軽く手を添えたが、その瞳は決して優しいとは言えない。それなのに、当のリリィは王子に庇ってもらえると信じ込んでいるのか、さらに大きな声で泣き続けている。
群衆はその構図に呑まれ、「リリィを救ってあげて」「セレナを罰して!」と声を張り上げている。もう私の弁明など聞く気もない空気だ。