学園での新たな騒動――噂の渦と王子の苦悩
ノエルの出発から一週間ほどが過ぎたある日、学内でまた別の問題が起きた。
昼休み、私は教室で昼食をとろうとしていたが、急に周囲がざわつき始める。「殿下が来た」「何か大変なことが起こったらしい!」と囁きが聞こえた。
すると、教室の扉が勢いよく開き、アレクシスが血相を変えて現れた。普段は落ち着いた彼がこんなに焦る姿は珍しい。
「セレナ……! 今、第二王子派が学内で派手なデモを起こそうとしている。お前に関する怪文書をばらまくって情報があるらしい。……すぐにノエルがいれば守りを固められたんだが」
うわさを直接仕掛けに来た? ノエルが不在なのを狙ったようなタイミングで、まさに彼らの動きが本格化しつつあるらしい。
アレクシスは私の手をつかみ、「すぐ学園長室へ」と促す。学園当局と王子の権限で対処するつもりなのだろう。
教室を出ると、廊下で騒ぎ声が聞こえた。遠くから数名の生徒が「転生者を排除せよ!」と叫んでいる。なんという露骨な言い草だ。周囲の学生は何が何だかわからず混乱しているが、第二王子派の一部が煽っているのは明らかだ。
「くっ……すぐに止めに入る。セレナ、お前は学園長室に避難しろ。俺も後から合流する。いいな?」
アレクシスの真剣な顔に、私は頷くしかない。まさか本当に“転生者排斥”などというデモが起きるとは思わなかったが、脅しではなかったようだ。
(本当にこんな形で攻撃してくるなんて……!)
走って学園長室へ向かう途中、廊下のあちこちで生徒たちが何事かとざわめく。大半は状況を把握できていないが、“セレナが転生者?”などという言葉がちらほら耳に入る。
どうやら敵が持ち込んだ怪文書には私の悪役令嬢としての経緯や、王子との破天荒な恋路を“ゲームの筋書きに反している”などと書き立てているのだろう。
(まさかこんな公の場で……いったいどう止めれば?)
頭が真っ白になりそうになるが、今は学園長室へ急ぐしかない。私は走り、後ろから騎士が追走してくれる。――しかし、曲がり角で数名の男子学生が立ちはだかった。彼らは激しい目つきでこちらを睨み、声を荒げる。
「セレナ・ルクレール、お前は悪役令嬢なんだろう? 実は異端者だって噂もある。殿下を騙しているんじゃないのか?」
「俺たちの学園を乱すな! リリィを破滅させただけじゃ飽き足らず、今度は王子まで取り込むつもりか!」
怒りに駆られた表情の彼らが、私を取り囲む。騎士が前に出ようとするが、廊下には他の生徒もいて自由に剣を振るえない。私は喉の奥がヒリつくのを感じながら、冷静に言葉を探す。
「私は王子を騙してなんかいないし、転生者かどうかは関係ないわ。……こんな不毛なデモを起こしても、学園が混乱するだけで得るものなどないでしょう?」
「黙れ! 俺たちは第二王子派を支援している貴族の命令を受けて動いてるんだ。お前のせいでリリィが破滅したのは事実だろうが!」
――リリィへの同情を利用して、転生者の私を攻撃する計画か。やはり彼らは馬鹿正直に利用されている。私はため息を噛み殺し、なるべく静かな口調で返す。
「リリィが破滅したのは、自ら禁術を使って暴走したからよ。私のせいではない。それに、あなたたちだって、私を異端扱いして何の得があるの?」
「そんなの知らない! 下らない理屈はどうでもいい。お前さえいなくなれば、殿下が失脚するかもしれないって……上から聞いたんだ!」
私を責め立てる生徒たちの口ぶりに絶句する。完全に“第二王子派の扇動”に乗せられているだけだ。
騎士が私の肩を引き、「ここは突破しましょう、セレナ様」と耳打ちする。逃げるというより、学園長室へ向かうため彼らの包囲をかいくぐるしかない。
ちょうどそのとき、廊下の奥から怒気に満ちた声が響いた。
「お前たち、そこまでだ!」
見ると、アレクシスと別の騎士たちが駆けつけてきた。生徒たちは一気に萎縮し、列を崩す。さすが王子の威圧感は絶大で、反論しようとする者も口を閉ざすしかない。
私が安堵する間もなく、アレクシスが冷ややかな視線を彼らへ向ける。
「第二王子派だか何だか知らないが、学園を騒がせる行為は容赦しない。何が転生者だ、くだらんデマを振り回して学びの場を乱すとは……!」
その一喝に、周囲の生徒が震える。アレクシスは切れ長の瞳をさらに細め、「騎士たち、こちらの者を連行しろ」と命じる。
抑え込まれた学生たちが口々に「殿下を失脚させる!」と叫ぶが、騎士たちに取り押さえられ、廊下の奥へ連行されていった。やがて静寂が戻り、私は大きく息をつく。
「助かったわ、ありがとう……」
アレクシスは苦渋の表情を浮かべ、「またこんな事件が起こるとは」とつぶやく。周りにはまだ野次馬が集まっているため、彼は私の手を引きながら小声で話す。
「セレナ、もう安全な場所へ移るぞ。これ以上、表に出てはお前が危険だ。……第二王子派が本気で動き始めた以上、俺も王家の権限を用いて一掃する必要がある」
私は頷きながらも、ほんの少し罪悪感を覚える。こんな大騒ぎになって、学園の普通の生徒に迷惑をかけている。リリィに続き、再び私が原因かのように見られてしまう。
(でも、私は間違ってない。絶対に。こんな卑劣な手段に屈するもんですか……)
心に炎を燃やし、アレクシスについて行く。周囲の視線は痛いけれど、殿下と共にあることが私の選んだ道だ。




