想いのすれ違い――ノエルの秘めた想い
数日後。
ノエルが学園を出発する朝、私は彼を玄関先で見送っていた。護衛の馬車と最低限の物資を用意し、彼は単身で北方へ向かう。私としては心配で仕方ないが、ノエルは笑顔で「大丈夫ですよ」と繰り返すばかりだ。
「セレナ様、どうかお元気で。……私がいない間、殿下があなたを守ってくれるでしょうが、くれぐれも無茶はなさいませんよう」
ノエルの穏やかな声に、胸が温かくなる。彼はいつも私を気遣い、支えてくれた。
「ありがとう。本当に、気をつけてね。わざわざ危険を冒してごめんなさい。あなたを失うのは嫌だから、絶対に無理しないで」
私がそう懸命に言うと、ノエルは微かに眉を下げて、そのまま「セレナ様……」と小さく呟く。
その瞳に、ほんのわずかに揺れる感情が見えた気がする――もしかして私に何か言いたいことがあるのか? だが、ノエルは言葉を飲み込み、軽く首を振った。
「いえ、何もありません。私には、セレナ様が幸せになってくださるのがいちばんの望みです。それだけは、どうか忘れないで」
その言葉だけを残し、ノエルは馬車へ乗り込む。御者が手綱を鳴らすと、車輪がきしむ音とともに学園の門を出ていった。私はその後ろ姿を見送るしかない。
――私の知らないところで、ノエルは複雑な想いを抱いているのだろうか。セレナがアレクシスを選んだと知りつつ、彼自身が何か感情を押し込めているのかもしれない。
けれど、今はそれを深く問えない。ノエルは私たちのために、危険な旅へと向かったのだ。私は信じて待つしかない。
(がんばって、ノエル。あなたが帰ってくるまで、私も“修正力”なんかに屈するものですか)
そんなエールを心の中で送りながら、私は学園の校舎へ戻る。あとに残ったのは、微かな孤独感と、アレクシスの庇護だけだ。
 




