取り沙汰される“もう一人の転生者”説――王宮の噂
王妃と会談した翌日、私は王宮近くの公爵家屋敷で書類の整理をしていた。そこへノエルが慌てた足取りで入ってきて、衝撃的なことを伝える。
「セレナ様、ちょっと困った噂が流れ始めているようです。……“もう一人の転生者”が学園に潜んでいる、という話が一部で広まっているそうで」
「もう一人の転生者……?」
反射的に、私は心臓がドキリとする。というのも私自身が転生者であり、そしてリリィもそうだった可能性が高いからだ。二人どころか、“もう一人”という言い方がひどく不自然だが、何を指しているのか読めない。
ノエルは言葉を選ぶように続ける。
「詳しい出どころは不明ですが、王都の一部貴族の間で‘学園にはゲームの世界を操る者が複数いる’という形で語られているとか。その対象がセレナ様なのか、ほかにいるのかは分かりませんが……少なくともリリィ一件を受けて、そうした怪情報が生まれた模様です」
ゾッとする。リリィが自ら“ゲームの世界”を口走ったり、“私こそがヒロイン”と狂言していたことで、関係者が奇妙な噂を持ち帰ったのだろうか? もしかすると、それを聞いた誰かが“転生”の真相に近づこうとしているのかもしれない。
私は眉をひそめる。
「リリィが取り調べ中に何か漏らしたか、それとも彼女を擁護する派閥がでっちあげたのか……。どちらにせよ、転生なんて概念が公になったら大ごとよ」
最悪の場合、私が転生者であることが発覚すれば、邪教扱いされる恐れもある。そもそも前世の記憶など誰も信じまいが、ここはファンタジー世界、“禁忌”だと判断されればリリィのように危険視される展開もあり得る。
ノエルは少し表情を曇らせ、私に苦言を呈するかのように言う。
「セレナ様、このままでは次のターゲットにされるかもしれません。……どうか気をつけてください。下手に真相を探る者が現れれば、セレナ様の立場に影響が出ないとも限りません」
「わかってる。でも、具体的に何をすればいいの? ‘私は転生者じゃないです’って叫んだって、逆効果な気がするし……」
腕を組んで考え込む。やはり“転生者”なんて概念、普通の人には到底受け入れられないから、噂として流れているうちは無視するしかない。
とはいえ、学園に復帰すれば“悪役令嬢”が王子を射止めた事実が残るわけで、その不可解な展開に疑念を抱く人も少なくない。そこへリリィのように“ゲームを知る者”がいるとなれば、私も同類と思われるかもしれない。
(どうしよう、アレクシスに相談するべきか……。でも、彼に‘私が本当に転生者だ’とは言えない。彼は私の曖昧な言動を信じているけど、ここまで詳しく知られたらドン引きされるかも)
葛藤に囚われるが、ノエルが静かに微笑んで言う。
「安心してください。殿下はセレナ様を信じていますし、王妃も好意的でした。もし噂が広がったところで、あなたがリリィのように暴走するはずもなく、周囲を説得できるはずです」
その言葉に、私はかすかな安堵を得る。――そうだ、私はリリィと違って“禁忌”なんて使っていないし、謎の黒杖も持っていない。あくまで周囲には「ゲームや転生などただの戯言」だと扱わせればいい。
やがて胸のざわめきが少し収まり、私はノエルに礼を言う。
「ありがとう。……もし私がまた余計な噂を聞いたら、力を貸してね。私だけじゃどうにもならないことも多いし」
「ええ、いつでも仰ってください」
ノエルの落ち着いた声に気持ちを救われた私は、少しだけ穏やかな気持ちで書類の整理に戻る。――リリィとの直接対決は終わったが、ここからは“転生”をめぐる見えない戦いが始まるのかもしれない。
悪役令嬢が正ヒロインを奪ってハッピーエンドを得るなんて、ゲーム的に言えばバグ展開だ。だからこそ、何かしらの“修正力”が働こうとしている――そんな仮説さえ頭をよぎる。
(それでも、私は悪役として破滅せずに生き残り、アレクシスと結婚する道を選んだ。……絶対に、譲りたくない)
胸の奥で再び決意が燃え上がる。リリィがいなくとも、私の戦いはまだ終わらないのだ――。




