王都への呼び出し――リリィ裁定の下準備
翌週、アレクシスから「セレナ、お前も王都に来てくれないか」という声がかかった。
理由はリリィの取り調べについて、宮廷魔術師や王家が具体的な証拠を確保したがっているため、私とノエルを含む“事件関係者”を集めて証言を整合させる――という名目らしい。
簡単に言えば「悪役令嬢セレナ」としてリリィの暴走を立証し、王宮サイドで公式な裁きの材料としたいのだろう。アレクシス曰く、大規模な裁判には発展させたくない意向が強く、可能な限り王家主導の“密やかな処分”で終わらせる算段のようだ。
私は正直、リリィに会いたくはなかったが、彼女がどう扱われるか気にならないわけでもない。ましてや、私が見た禁術の証拠や、黒杖を奪い取った経緯などを話さなければ、公正な判断に繋がらない可能性もある。
(……仕方ない。私は関係者なんだから)
そう思いつつ、アレクシスの呼びかけに応じて王都へ向かうことにした。
当日、私とノエルは学園の正面門で王家の馬車を出迎え、そこへ乗り込む。アレクシスはすでに馬車の中で待っており、「わざわざありがとう」と私に笑いかける。
普段なら一緒に乗って移動するだけで胸が躍るのだが、今日はリリィの件が頭にちらついて落ち着かない。アレクシスも真剣な表情で、移動中はほとんど口を開かなかった。
王都に入り、宮殿近くの離宮に到着する。ここは応接やちょっとした外賓の受け入れなどに用いられる小規模な建物だが、それでも非常に豪華。白い大理石の柱と煌びやかな内装が目を引く。
馬車を降りると、すぐに侍従の男性がアレクシスに頭を下げ、私たちを部屋へ案内してくれる。
「殿下、お連れの方はこちらに。先に宮廷魔術師のユーグ殿が到着されております」
ユーグ殿――名前だけ聞いて私はピンとこないが、王家の筆頭魔術師であり、リリィの事件を指揮している人物だそうだ。
廊下を進んで応接室の扉を開くと、そこには痩身の中年男性が立っていた。長い灰色のローブと尖った帽子を着け、古めかしい眼鏡をかけている。魔術師然とした容姿だ。
彼はアレクシスを見るや小さくお辞儀をし、私とノエルにも目をやって丁寧に挨拶をした。
「これは殿下、そして……セレナ・ルクレール様にノエル・グランディール様ですね。お待ちしておりました。先の学園祭での騒動、大変だったとか」
その声は穏やかだが、その奥には鋭い知性を感じる。私が軽く会釈すると、ユーグは続けて言った。
「リリィ・エトワールの件、もはやあれは‘聖女’などではなく、禁術に溺れた魔術犯罪者だと判明しております。実際、彼女が扱った黒杖の破片からは邪気を帯びた魔力反応が検出されました。……その点、セレナ様は直接奪い取ったそうですね?」
私は少し身を強張らせながら、「はい」と頷く。あの時の痛みや狂気が蘇るようだ。
ユーグは深く息を吐き、「お辛い思いをされましたね」と同情の眼差しを向けてくる。
「私どもも、この問題を大きく公にしたくはありません。王家の威信もありますし、貴女方が余計な心労を抱えずに済むよう、速やかな処分を下したいのです。そこで、最終的な確認として‘リリィが本当に禁術を使ったかどうか’を、セレナ様のお言葉で証言いただきたい」
ノエルが一歩前に出て、「私も現場を目撃しています。学園祭のステージや旧校舎での暴走は、紛れもなく危険な禁術の発動でした」と力強く補足する。
それに対してユーグは頷き、「証拠として十分ですね」とメモをとる。
「ありがとうございます。これで、リリィ・エトワールへの処罰は確定と言っていいでしょう。詳しい刑罰の程度は王家と魔術師協会が協議しますが、少なくとも当分は‘公の場に戻れない’どころか、もしかすると……」
「もしかすると……?」と私が聞き返すと、ユーグは言いにくそうに目を伏せる。
「最悪の場合、魔封術を施して完全に力を封じるか、あるいは死刑も選択肢にならざるを得ません。彼女が本当に邪悪な組織と関係していた可能性もあり、これほど強力な禁術を使う存在を野放しにはできないのです」
息を呑む。死刑……そこまでは想像していなかったが、あり得る話なのかもしれない。リリィの罪は国家転覆レベルの危険行為に近いからだ。
私の表情が強張ったのを察してか、ユーグはやや柔らかい口調で続ける。
「ただ、殿下をはじめ多くの方が怪我を負わなかったのは救いです。そこを勘案して、より穏便な処遇が検討される可能性もあります。……繰り返しになりますが、これは王家の内々で処理されますゆえ、セレナ様や殿下が世間の非難を浴びる心配はないでしょう」
確かに、私を断罪しようとしたヒロインが邪道に陥った末の転落――などというスキャンダルが大々的に広まれば、国民の混乱も大きいし、王家も面目を失うだろう。そのための“密室処理”というわけだ。
私は複雑な思いを抱えながらも、静かに「わかりました。お任せします」と言うしかない。
「ご協力ありがとうございます。ではこれで、リリィ・エトワールの件は一区切り。……あとは殿下に改めて伺いたいのですが、今後‘聖女’として国を支える人材はどうなるのでしょう? もともとリリィがヒロインの位置にありましたが……」
ユーグがアレクシスに質問を投げる。私も興味がある。リリィが偽りの聖女だったとなれば、国としては本物の“聖女”を探し出す必要があるのか、それとも聖女制度そのものを廃止するのか。
アレクシスは少し間を置いて答えた。
「我が国には‘聖女’という称号を公式に用いる習慣は、もともとそれほど古くからあるわけではありません。リリィが平民出身で注目されたからこそ、いつの間にか大きく扱われたが、今回の件で父王も安易に‘聖女伝説’に頼るのは危険と判断した。……よって、今のところ代わりの聖女を立てる予定はない」
それを聞いて、私は心の中で少し安堵する。“聖女”という立場がこれ以上広がれば、第2のリリィを生みかねない。
ユーグも納得した様子で「そうですか、では当面は王家の本来の政策を優先する、と……」とメモを続ける。
こうして、リリィの最終的な処分は王家と魔術師協会に委ねられ、私たちは形だけの“証言の場”を済ませることになった。――あっさりした結末だが、これ以上リリィと直接対峙する必要はないのだろう。
心の片隅には“リリィを救えたかもしれない”という罪悪感があるけれど、現実は非情だ。私はこれでいいのかもしれない……。
会見が終わって退室する際、アレクシスが私とノエルを見やり、静かに微笑む。
「大変だったな、お前たち。……だが、これで本当に終わりだ。リリィはもう二度と学園に戻れないし、俺たちに手を出すこともできない」
ノエルが深い礼をして「殿下、お疲れさまでした」と答える。私もやり場のない感情を抱えつつ、「ええ、もう……振り返らないわ」と強く頷いた。
(ここまで来たなら、私は前を向いて進むしかない。リリィが目指した“王子エンド”を掴んだのは私――悪役令嬢だったはずの私。今さら後悔しても仕方ないのだ)




