保健棟の朝――リリィの行方と王家の決定
翌朝。祭の名残がまだ学園に漂う中、アレクシスが早々に王家の使者から連絡を受けた。リリィの処遇について至急検討に入るので、王子としても立ち会うようにとの要請らしい。
つまり、リリィは罪人として取り調べを受け、禁忌の魔法を使った証拠があるなら相応の罰を受けることになる。もっとも、それがすぐに公開されるとは限らないが……。
「セレナ、お前も同席してほしいが、さすがに転生の真実を暴露するわけにもいかない。表向きは‘リリィの暴走を止めてくれた当事者’として話を聞く形になるが、構わないか?」
朝早く、学園の控室でアレクシスからそう尋ねられ、私は躊躇いもなく頷く。
「もちろん。リリィが何をしたのか、私も当事者だもの。正直に話せばいいわ。彼女が本当は転生者だとか、ゲームの話は王家に通じないでしょうけど、禁忌の道具を使って暴走したのは事実よ」
アレクシスも深く頷き、憂いを帯びた表情で窓の外を見やる。
「リリィが悪魔崇拝者か、あるいは何らかの邪教に通じていたなら、王家としては厳罰を下すだろう。……彼女を推していた貴族たちも少なくないが、もう弁明の余地はあるまい」
そう、リリィは“聖女”ではなく、むしろ“邪教の魔術”に身を投じていた形になるのだ。政治的に見ても救いようがない。
少し切ないが、これがリリィ自身の選択の代償だ。――ある意味で、彼女こそ本当の“悪役”になってしまったと言えるのかもしれない。
私とアレクシスが保健棟へ向かうと、そこには厳重に護衛がつけられ、リリィの姿はどこにもなかった。既に馬車で王城近くの医療施設へ搬送され、専門の魔術師による診断を受けているらしい。
教師が申し訳なさそうに説明してくれるが、私としても複雑な気分だ。もう彼女とは直接話す機会もないかもしれない。
――これから、王家のもとで審問を受け、禁忌魔法の罪状が固まれば、追放か、それ以上の処刑が下される可能性すらある。
帰り際、アレクシスが私の肩を軽く叩く。
「お前は優しすぎるから、リリィのことを憎みきれないんじゃないか? でも、これは仕方のないことだ。彼女は……ああなるしか道がなかった」
私は苦笑して下を向く。確かにそうかもしれない。私が“ゲームの破滅ルート”を拒んだように、リリィもまた“王子ルート”を死守しようとして、結果的に禁術に手を染めた。
――同じ転生者のはずだったのに、選んだ道がここまで違うのは皮肉なことだ。
「大丈夫よ。彼女がどうなろうと、私が悩んでも仕方ないもの。……ただ、リリィだって本当は普通に学園を楽しんで、王子と自然に結ばれる道があったかもしれないのに」
ため息混じりに呟くと、アレクシスは小さく微笑む。
「彼女が本当に優しい心の持ち主だったら……俺も、こうしてお前を選ぶ結果にはならなかったかもしれないな。どこかで道を誤ったんだ、あいつは」
そう言い切る彼の瞳には、もはやリリィへの未練など微塵もないように見える。――王子にとっての“聖女”は最初から存在せず、むしろ私をずっと見ていてくれたのかもしれない。
そう思うと胸が温かくなり、同時にリリィへの憐憫が消えない。けれど、これ以上は考えても仕方ない。私たちは私たちの道を行く――それだけだ。




