舞踏会への準備――ドレスに込める決意
夕方が近づき、私たちはいよいよ舞踏会の最終準備に入る。
会場となるホールは、午後の混乱を振り切るように、美しく飾られた花とランプの灯で彩られていた。生徒や来賓たちは「リリィの事故があったけど、舞踏会はちゃんとやるらしい」と話し合いながら、まだ期待を失わずにいるようだ。
私は自室――学園内にある臨時更衣室代わりの部屋に入り、ドレスを広げている。以前から仕立てていた“公爵家特注の逸品”で、シルクとレースをふんだんに使ったブルー系のロングドレス。
本当はもっと派手な装飾を考えていたが、最終的にシンプルで気品のあるスタイルに落ち着いた。胸元には細かな刺繍、腰から流れるスカートにはわずかなラメを散りばめて、光が当たるたびに淡く輝く仕掛けになっている。
「……これで、いいはず。王子の隣に立っても見劣りしないように、頑張ったんだから」
自分で選んだドレスに両手を沿えながら、小さく息をつく。鏡に映る自分の姿は、胸がドキリとするほど大人っぽい。前世ではコスプレ染みたパーティードレスしか着たことがなかったから、こんな本格的な貴族仕立ての衣装には少し緊張すら覚える。
メイドが器用な手つきで私の髪を結い上げ、ブルーのリボンを添えてくれる。余計な装飾を避け、飾りは控えめにすることで上品な印象になるよう工夫しているのだ。
――今夜は“悪役”を演じるより、“公爵令嬢”としての誇りを見せるべきだろう。それがリリィに代わる、新たな物語を生み出す鍵になるはず。
「セレナ様、とてもお似合いですよ。きっと殿下も見惚れますわ」
メイドが楽しそうに微笑むのを見て、私も少しだけ笑みを返す。緊張のせいで肩が強張っていたが、こうして少しずつ“主役としての意識”を高めていく。
頭の片隅では、リリィがどうしているか気になって仕方ないが、今はそれを振り切るしかない。
(リリィが何を企もうと、私は舞踏会を絶対に成功させる。……それが、アレクシスとの約束だし、私自身が転生して得た最後のチャンスなんだから)
ドレスを纏い、髪を整え、化粧を軽く施せば、あとは会場へ向かうだけ。
深呼吸をして、ドアを開ける。廊下にはノエルが待機しており、私を見て少し感動したように「素敵ですね、セレナ様」と呟いた。私は照れを隠すようにツンと顎を引きつつ、彼に問いかける。
「王子は? 先に会場入りしてる?」
「ええ。既に殿下はホールの控室で待機中だとか。……では、私がご案内しますね」
ノエルのエスコートを受け、私は舞踏会のホールへと足を運ぶ。王子と踊る――それが簡単なことではないとわかっていても、胸が高鳴る気持ちはどうしようもない。
(悪役令嬢らしくないかもしれないけど、今は素直に“ヒロインのドキドキ”を味わいたい……)
そう思いつつ、華やぐ空気の向こうへ踏み出す。今夜の舞踏会が、私の運命を大きく変えるかもしれないのだから。




