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転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした  作者: はりねずみの肉球
【第四章】学園祭は、あなたと
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(閑話)ノエルとセレナの出会い

はじめて画像入れてみました。うまくいったら過去の話にも画像入れたいです。

挿絵(By みてみん)


――公爵家の広大な敷地にある、静かな中庭の片隅。

まだ幼さの残るノエル・グランディールは、その日、公爵家に“預けられる”形で屋敷の門をくぐった。騎士見習いという名目でありながらも、実際にはノエルの出身先にあたる小さな貴族の家が没落寸前で、彼の生涯の行く先を求めて紆余曲折の結果、公爵家に仕えることになったのだ。


それまでノエルには特別な居場所というものがなかった。幼い頃から剣術の才能こそ認められたものの、家の破産で行き場を失い、遠縁の伝手を頼って“公爵家の従者候補”として引き取られたに過ぎない。公爵家にとっては無数にいる奉公人の一人であろうし、特に期待もされずにこの屋敷での暮らしをスタートさせた。


◆はじめて目にした“公爵令嬢セレナ”の姿


そんなノエルにとって、公爵家の庭園はあまりにも広大だった。蔵書や美術品は華美を極め、噴水や植栽が行き届いた敷地は、少年の目を見開かせるほど美しく、そして息苦しいほどに整然としていた。――およそ、自分が落ち着ける場所ではないと感じていた。


まだ新人の奉公人として見習い状態のノエルは、周囲から雑用を指示されながら、屋敷の裏手にある倉庫へ足を運んだ。そこでは庭師や侍女が道具を取りに来ることがあるらしく、彼も備品の確認に駆り出されたのだ。誰もいない小さな裏庭で一人、ノエルは倉庫の扉を開け、古い道具を紙に書き出す作業をしていた。強い日差しを避けられたのは救いだったが、心は沈んでいた。


――そのとき、何かが視界の端を横切った。倉庫の脇の小道を、ひらりと軽い足取りで通り過ぎていく人影。


「……あれは……どなた…?」


ノエルは思わず手を止めて振り返った。そこには少女がいた。瑞々しい光沢のあるドレスを纏っているが、飾りは控えめで、それでも品格が漂う。髪を一つにまとめるようにして、首筋を涼しげに見せているのが印象的だ。


一目で“ただ者ではない”と感じた。おそらく、この公爵家の令嬢……しかも身なりと雰囲気からして、“当主の娘”か“身分の高い貴族客”か、そのどちらか。――実際、ノエルには公爵家には令嬢がいて、確か“セレナ”という名だと聞いていたが、これがその人なのか確信が持てなかった。


少女はノエルの存在に気づいたのか、足を止める。視線がこちらに向けられた瞬間、ノエルは身をすくめて、慌てて頭を下げた。奉公人である以上、令嬢に対して礼を尽くさないわけにはいかない。


だが、その令嬢――セレナ・ルクレールは、ノエルの思い描く“高慢なお嬢様”という印象とは違う、どこか冷めた目をしていた。表情は作り笑いでもなく、興味を欠いたような無表情に近い。


「誰……? 見ない顔ね。……新しい奉公人?」


声音に嫌味はないが、そっけなく感じる。ノエルは緊張しながらうなずき、低い声で答える。


「は、はい……。えっと、今日から学園騎士として見習いをしながら、公爵家に仕えることになりました。ノエル・グランディールと申します……」


ノエルの声が震える。自分でも嫌になるほど情けないが、ここで失敗すれば追い出されるかもしれないという不安があった。上手く振る舞わなければならないと分かっていても、どうすればいいのか分からないまま。


セレナはじっと彼を見つめる。ノエルは戸惑いながら下を向きかけたが、ふと相手の瞳が揺れた気がした。まるで、何かを測るように観察している……。その沈黙が妙に居たたまれなくて、ノエルはさらに視線を落とした。


「……まぁ、頑張りなさい。公爵家は楽じゃないわよ」


不意にそう言って、セレナは踵を返そうとする。あまりにも素っ気ない言葉だったが、ノエルはなぜか救われた気分になった。こうして最低限の会話が成立しただけでも、令嬢としては優しいのかもしれない、と感じたからだ。


「……あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします……」


頭を下げるノエル。その横をすり抜けようとしたセレナは、倉庫の中の様子にちらりと視線を移し、一瞬だけ眉をひそめた。乱雑に積まれた道具を彼が必死に整理しているのを見て、些細な感想を口にする。


「こんな雑用ばかりさせられてるの? まぁ、新人だから仕方ないか……。……でも、気を落とさないでね」


言葉自体は淡々としていて、まるで“私は興味がない”とでも言わんばかり。しかし、その最後の一言にノエルはほんの少し驚かされる。“励まし”に近いニュアンスを感じ取ったからだ。


「い、いえ、大丈夫です。僕は……公爵家に雇ってもらえただけで幸運ですから。なんでもやります」


必死な思いが声ににじむ。セレナはそれを聴きながら、一瞬だけ軽くため息をつくように見えた。「そう。まぁ、頑張りなさい」とだけ返し、今度こそ足を進めて行く。


◆初対面がもたらした胸のざわめき


彼女が立ち去ったあと、ノエルは倉庫の扉の前で呆然と立ち尽くした。“冷たい”とも“優しい”とも形容しづらい、不思議な空気を纏っていた令嬢――セレナ。


「これが、公爵令嬢セレナ・ルクレール……。王子の婚約者になるかもしれない人、なんだよな……?」


そんな噂は耳にしていた。だが、“高慢な悪役令嬢”というイメージとは微妙に違って、もっとドライで無関心にも感じた。むしろ、優越感を振りかざすタイプではなく、何も興味を示さないタイプの“クールさ”のほうが強い印象だ。


不思議と、ノエルの胸はざわついた。踏みにじられたわけでもないのに、妙な孤独を感じる女性だと思ったのだ。“この人、本当に幸せなのかな”と、奉公人としては僭越な疑問が頭をよぎる。まるで、守るべき弱さを抱えていそうな雰囲気を感じてしまい、騎士見習いとしての自分が「助けにならないといけないのでは」と勝手に思ってしまうほど。


彼女は悪役として王子に嫌われる運命――そんな噂がまことしやかに囁かれているのを知っている。だが、もしそれが本当だとしても、ノエルには納得できないものがあった。さっきのセレナの姿は“本当に憎むべき悪女”なんかではなく、“一人で戦っている人”に見えたからだ。


◆心に芽生える“仕えたい”気持ち


それ以来、ノエルはセレナのことが気になって仕方なかった。公爵家で働くうちに、彼女が普段どんな表情で過ごしているのかを遠巻きに見守る癖がついた。


たとえば、セレナが母親と会話を交わすときは嫌そうな顔をしている。令嬢としてのお稽古や社交界の振る舞いに関心が薄いらしい。家の使用人にも、必要最低限の指示しか出さないし、言葉には尖りこそないが距離感がある。


(まるで、自分の心を殻に閉じ込めているみたいだ……。それが、貴族の令嬢としてのプライドなのか、ただ無関心なのか……)


ノエルはそう分析するたびに、妙な苦しさを感じた。生まれついて王族と縁付けられた立場ゆえに、自由に感情を表せないのかもしれない。あるいは、そもそも何事にも興味を持てず、孤独に耐えているのかもしれない。


どちらにせよ、ノエルには“守ってあげたい”衝動が芽生えていた。幼い自分にはまだ騎士として胸を張る実力も実績もないが、彼女のそばで“いざという時には盾になりたい”と強く願うようになる。だから、剣の修練や奉公人の仕事を疎かにせず、常にセレナの周辺に仕える役割を求めた。これが、後に“護衛騎士”として傍らに立つきっかけになるのだが、その頃のノエルは自覚していなかった。


◆セレナとの微妙な距離感


もちろん、セレナはノエルの存在を特段気に留めるわけでもなかった。時折、屋敷内で顔を合わせれば「あなた、また雑用?」と淡々と言うし、ノエルが頑張って報告をしても「そう、ありがとう」で終わることが多い。それでも罵られないだけマシと言うべきか、彼女なりの配慮なのか、はたまた本当に興味がないのかはわからなかった。


それでもノエルは、セレナの側で過ごす時間が増えるにつれ、彼女のふとした仕草や寂しげな背中を見るたびに“この人がいつか笑顔になれる日が来ればいい”と思うようになっていく。


ある日、セレナが庭園で物憂げに花を眺めていた際、ノエルは思い切って「少し冷えるかもしれません」と上着を差し出した。令嬢としては余計なお世話かもしれないが、彼は小さな勇気を振り絞ったのだ。すると、セレナは少し意外そうにノエルを見つめ、ほんのり微笑した気がした。


「あなた……そういえば、まだ剣の見習いなんでしょう? 風邪をひかないように、あなたこそ気をつけて」


その一言でノエルの心は満たされた。些細なやり取りだけれど、“ちゃんと気にかけてくれる”彼女の優しさを感じたからだ。公爵令嬢としては不愛想かもしれないが、悪意の冷酷さではない。むしろ、踏み込みすぎない優しさがあるのではないか、とノエルは思う。


◆“私が彼女を支える騎士になる”――小さな誓い


こうして、ノエルとセレナは出会い、最初はほとんど意味のない会話ばかりだったのだが、次第に両者の間に“暗黙の理解”めいたものが生まれる。セレナはノエルに過剰な期待はしないが、少なくとも“自分を傷つけるような人間ではない”と信用してくれる雰囲気が感じられた。


ノエルは、彼女が抱える孤独や、政略婚の重圧に負けないように陰ながら支えたいと願い始める。だからこそ、学園に入学した後は“セレナ付きの護衛騎士”として、できるかぎり近い場所で彼女を守ることを選んだのだ。王子に振り向かれようが、悪役にされようが、ノエルには“彼女の笑顔を見る”というごく個人的な使命が生まれていた。


彼がその誓いを決定的に固めたのは、あるときセレナが庭先でつまずいて転びそうになった際、咄嗟にノエルが腕を支えた出来事がきっかけだった。彼女は顔を赤らめながら「大丈夫よ。ありがとう……」と呟いた。その小さくも素直なお礼に、ノエルは胸が熱くなるのを感じ、この人を守る騎士になりたいと痛感したのだった。


◆そして“今”へ――物語の中で


そんなふうにして、ノエルがセレナに仕えはじめ、やがて学園でともに生活しながら、微妙な距離感を保ちつつも“護衛”としての使命を果たしていく。公爵令嬢で悪役とされるセレナの孤独を間近で見てきたからこそ、ノエルは彼女の苦悩や本来の優しさを知っている。だからこそ、学園内で起きる数々の波乱に際しても、常にセレナの心を案じ、そっと支えているのだ。


“彼女がいつか本当に笑えるときが来るなら、俺はその場にいたい”――それがノエルの正直な願いであり、学園生活のモチベーションになっている。彼女が王子の婚約者としてどう動くか、それとも別の道を選ぶのか、まだわからない。だけれど、ノエルにとってはセレナこそが“一緒に戦いたい相手”になっているのだ。


こうして、二人が初めて邂逅した“公爵家の裏庭”での些細な会話が、ノエルにとっての運命を大きく変えた。――もし、あの時、セレナが冷たく罵ったりしていたなら、ノエルはこんなにも尽くす気持ちを持たなかったかもしれない。


しかし、実際はセレナは無関心を装いながらも、不思議な優しさを垣間見せ、ノエルを傷つけることはしなかった。彼女自身も孤独を抱えているからこそ、ノエルの孤立感にもほんの少しだけ理解があるのかもしれない。悪役と言われようとも、根底には誰かを排除するような悪意がないのではないか――と、ノエルは信じている。


やがて、物語が進む中でセレナが自覚のないまま王子に想いを馳せるようになり、リリィや周囲との衝突が深まっていっても、ノエルは遠巻きに見守りつつ、危ないときにはすぐに助けたいと行動を起こす。彼の出発点は、まさにこの“出会い”のときに芽生えた気持ち――「彼女の盾になりたい」という衝動に根差しているのだ。


自分のことなど顧みず、セレナの背後に控える騎士として生きる覚悟は、この出会いの瞬間から少しずつ醸成されていった。ノエルは騎士道を学びながら、ただひたすらに“彼女を守る存在”として力を蓄え、そしていつか、彼女がもし王子に選ばれないような結末になっても、彼女の隣で支えになれるような男になりたい――そう、心の奥底で小さく誓っているのである。

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