運命は舞踏会へ――決戦の序曲
次の瞬間、かすかな破裂音とともにリリィがよろめいた。彼女の抱えていた魔道具がオーバーヒートを起こしたのか、火花が散り、短い悲鳴が上がる。
「きゃあっ……!」
反射的にリリィがそれを手から落とすと、あの光が一瞬にして弱まった。宙に浮いていたような青い粒子がバラバラと崩れ、ステージ上の雰囲気がガラリと変わる。
舞台裏から火を消した教師たちが駆けつけ、リリィを取り囲む。客席は煙と混乱で大変なことになっているが、どうやら大事には至らず済んだようだ。
私も安堵の息をつき、膝から崩れ落ちそうになる身体を必死に支える。腕に焼けるような痛みが走るが、我慢できないほどではない。
――危なかった。あと少しで、私はあの暴走した魔法の巻き添えを食らうところだった。
「セレナ!」
そこへアレクシスが駆け寄ってきた。私はなんとか立ち上がり、彼と目を合わせる。彼は心底心配した様子で、私の腕を見て「傷を負ってるじゃないか……!」と血相を変えた。
見ると、衣装の袖が少し焦げ、肌にも火傷が残っている。軽度だが痛みが強い。アレクシスはすぐに騎士を呼んで「早く治療師を」と叫んだ。
だが、ステージ上の騒動もまだ収束していない。教師たちがリリィを立たせようとするが、彼女は力なく震えている。――あの禁忌の魔力を使い果たした反動なのか、意識も朦朧としているようだ。
(今は追及どころじゃない……。リリィをどうにか治療して、観客に怪我人がいないか確かめて、それから事情を聞くべきね)
アレクシスも同じ考えのようで、状況把握と救護の指示を的確に行い始めた。私は見守りながら、一歩引いて深呼吸する。
――転生して初めての学園祭、しかもリリィとの本格的な衝突がここまで激しいものになるとは……。けれど、まだ祭は終わっていない。このあとに“舞踏会”が控えているのだ。大丈夫だろうか、こんな惨事のあとで。
周囲がなんとか落ち着きを取り戻し始めると、ノエルが私の傍に駆け寄ってくる。
「セレナ様、無茶をなさいましたね……でも、よくご無事で。殿下がそばにいるので、どうか治療を受けてください」
「ええ……ごめんね、ノエル。あなたには心配ばかりかける」
さすがに疲れた。痛む腕を押さえながら、私は視線を舞台下の方へやる。観客はまだ混乱が残るが、大きな怪我人は出ていない様子だ。
リリィは教師たちに支えられて退場している。あれだけ強引な禁術を使ったのに、当人に大けががないのは不幸中の幸いかもしれない。
(やはりリリィも、この世界の‘ゲーム’を強行しようとしたんだわ……)
そう思うと、得体の知れない虚脱感が広がる。彼女を救うべきか、それとも倒すべきか――私の中でまだ答えは出ていない。ただ、今は嵐のような混乱を収束させることが先決だ。
アレクシスが教師らと一通り話し終えると、私のほうへ戻ってきた。顔には深刻な影が落ちている。
「大事故にならなかったのは幸いだが、リリィの行動は見過ごせない。……しばらく学園で隔離し、事情を聞くことになるだろう」
私は小さく頷く。ようやくリリィの“本性”を表に出すチャンスが巡ってきたといえるかもしれない。でも、胸が痛むのはなぜだろう。
そんな私を見つめ、アレクシスは声を落として囁く。
「お前が傷ついたのも、あいつが禁術を使った疑いが強まったのも、全部この祭のせいかもしれない。……こんな状態で、舞踏会を強行していいのか? お前が無理をすることはない」
彼の瞳は真剣だ。私が大怪我を負いかねなかったことに相当ショックを受けているのだろう。
でも、私は首を振る。――ずっと楽しみにしてきた舞踏会が、ここで中止になってしまうのは嫌だ。学園祭そのものも、リリィの失敗だけで終わりにしたくない。何より、私が“やり遂げる”と決めたからには、こんなところで逃げたくない。
「私、大丈夫。幸い浅い火傷だし、明日になるまでには治療できるわ。……学園祭はまだ続いてるし、ここで全部を台無しにしたら、リリィの暴走に負けたことになるもの」
アレクシスは目を見開き、やがてふうっと微笑む。
「わかった。お前がそう言うなら、俺も全力でサポートする。……じゃあ、舞踏会は予定通り決行しよう。今夜だ。俺はそのためにここに来たんだから、今さら後戻りする気はない」
「ええ……私も、絶対に踊る。あなたと一緒に、これまで準備してきた努力を無駄にしたくないの」
先ほどまでの惨事で、学園祭は最悪の雰囲気になりかけている。けれど、ここからが本当の勝負なのだ。私たちが舞踏会を成功させれば、人々の気持ちをもう一度盛り上げられるかもしれない。
王子と悪役令嬢の舞踏会――それは、リリィのご都合展開にとって最大のイレギュラー。
私は痛む腕を庇いながらも、静かに闘志を燃やす。こんなところで終わるはずがない。だって、私の物語はまだまだ続くのだから。




