ノエルの苦悩――護衛騎士の視点
「セレナ様は本当に殿下と共闘なさるのですね」
放課後、私がノエルと校内を歩いていると、彼がふいにそんな質問をしてきた。ノエルとしては、セレナが王子と深くかかわることに複雑な思いがあるのかもしれない。
私は軽く頷いて答える。
「ええ。リリィを調べるためだし、王家の依頼でもあるから。もっとも、私が彼に協力しているのはリリィへの対抗心が大きいけど……」
ノエルは穏やかな表情のまま、それでもどこか浮かない目をしている。
「セレナ様のお考えなら尊重します。……ですが、もし殿下と結託したことがリリィ嬢の逆鱗に触れ、あなたに危険が及ぶようなことになれば、私は――」
そこまで言ってノエルは言葉を詰まらせる。私は“護衛騎士としての忠誠”以上のものを感じ取って、少し戸惑った。
「ノエル……あなた、もしかして私に何か特別な感情があるの?」
思わず口をついて出た言葉。転生後の私には、ノエルとの過去の関係がまだよくわかっていない。しかし、彼はいつも私を心配してくれて、それだけの理由でない優しさが伝わってくるのだ。
するとノエルは一瞬だけはにかみ、そのあと微笑んで首を振る。
「……私はセレナ様の従者です。自分の役目は、何よりもあなたをお守りすること。ほかの感情を挟むべきではないと理解しているつもりです」
それは答えになっていないようで、十分な答えだった。ノエルは私を一人の女性として意識しているが、従者としての立場を崩そうとはしない。
こうなると、ますます私は心中複雑だ。王子といい、ノエルといい、ゲームの“悪役令嬢”にはもったいないほどの献身を向けられている。その事実が、私が想定していた「悪役ルート」とはまるで違いすぎて、困惑を深める。
(リリィはヒロインなのに、私はこんなにも人の思いを引き寄せている……。ゲームのルールが破綻し始めているのかな?)
私はそんな漠然とした不安と期待を抱えながら、ノエルに小さく微笑んだ。
「ありがとう、ノエル。私も気をつけるから、危ないときはすぐに助けてね」
ノエルは力強く頷く。それだけでも、私の胸に少し温かいものが染み込んでいく。――本当に、私が悪役なんかで終わるはずがない。そう信じてもいいのかもしれない。




