王宮からの勅令――「殿下の苦悩と王家の思惑」
礼拝堂での出来事から数日後、私はアレクシスからある話を聞かされた。放課後の学園に残っていた私を、わざわざ呼び出して伝えたものだ。
「実は……王宮がリリィに正式な‘聖女資格’を与えるべく、審査会を開くよう動いているらしい。近いうちに学園内でも、王家主導の行事が行われるかもしれない」
王子の言葉に、私は即座に眉間に皺を寄せる。
「聖女資格、ですって? そんなものを正式に認められたら、リリィは誰も逆らえない存在になるんじゃないかしら?」
それが王家の思惑なのだろう。もしリリィが公式に“聖女”の称号を得れば、この国での影響力は絶大になる。たとえ王子自身が心の底で疑っていても、国の政策としてリリィを重用せざるを得ない。
アレクシスは苦々しい表情でうつむく。
「だからこそ、俺も焦っている。リリィが本当に力を持っていて、国にとって有益な存在ならいい。しかし、もしあれが虚飾であれば、王家全体が恥をかくことになる……」
王子としての立場と、一人の青年としての感情との狭間で揺れているのだろう。私が口を開く前に、彼は続ける。
「今、王宮では ‘リリィを早く王都に招いて、聖女として祭り上げるのが得策だ’ という声が強い。だが、俺は学園での彼女の言動を少し見た程度で、まだ判断しきれないと思っている。……そこで、お前の協力を仰ぎたい」
「私の協力?」
意外な申し出に私は目を丸くする。ゲームの王子ルートなら、ここで悪役令嬢の私などに頼るわけがないのに。
アレクシスは重々しい口調で説明する。
「お前はリリィに対して強い疑念を抱いているようだ。そして実際に、彼女の言う ‘聖女の奇跡’ がどこまで本物かを確かめようとしている。――ならば、王家の名代としてお前に動いてもらうのはどうだろう?」
「……どういうこと?」
「もしリリィが嘘をついているなら、お前なら見破れるんじゃないかと思うんだ。彼女が‘ゲームのヒロイン’を気取っているのであれば、その筋書きを乱す存在として、お前の嗅覚はきっと役に立つ」
さらりと“ゲーム”というワードを使ってきたが、もちろん彼はその仕組みを理解していない。あくまで私が意味深な言い回しをしてきたことを覚えているだけだろう。
それでも、王子がここまで私を信頼して任務を託そうとしているのは驚きだ。悪役令嬢としては異例の展開だと言わざるを得ない。
「……なるほど。もしリリィが本物なら、私の存在なんて簡単に蹴散らされるでしょう。偽者なら逆に私が暴けと」
「そういうことだ。もちろん、危険もあるし、気が進まないなら断ってくれて構わない。……だが俺は、お前にやってほしいと思っている」
アレクシスが真摯な眼差しでこちらを見つめる。私は息を呑む。王子のこういう真剣な表情を見ると、なぜか胸の奥がざわつく。
――もしかして彼は私を信じている以上に、私を“溺愛”しているんじゃないのか? そんな考えが頭をかすめてしまう。
(だめだめ、いらない期待はしないほうがいい。私は今、“ゲーム”を壊すために動いているんだから)
頭を振って雑念を払い、私はアレクシスに返事をする。
「わかったわ。協力する。私だって、彼女に好き放題されるのはごめんだしね」
すると、彼はわずかに安堵の笑みを浮かべる。
「助かる。そうと決まれば、早速動こう。リリィが最近、どんな噂や動きをしているのか詳しく調べたい。それに、近日中に開かれるかもしれない王家主催の行事にも備えたい」
こうして、私とアレクシスは“リリィの真偽”を探るために手を組むことになった。周囲から見れば、悪役令嬢と王子が一緒に行動するなど異常事態だろう。実際、私自身もやや気恥ずかしさを感じる。
しかし、あのゲームの筋書きとは違う道を進むためには、これくらい大胆な行動が必要なのだ。




