決意―「恋愛ゲームをバグらせる」
私は校内の廊下や図書室をぶらぶらと歩き、記憶が曖昧なりに“セレナ”としての足跡を探ってみる。図書室には彼女が読み漁っていたらしい魔法学や社交辞令に関する本が何冊もあり、教科書の余白にメモが書き込まれている。
成績優秀と言われているだけあって、彼女――いや、私――は勉強への情熱をそれなりに持っていたのだろう。前世の私も真面目な方だったが、ここまで本格的に貴族の嗜みを学んだ経験はもちろんない。
(セレナは“悪役令嬢”と言われながらも、地味な努力をしていたのかしら? それなら、リリィに対するいじめは本当だったのかな……?)
疑問は尽きない。でも、今の私は自分を“悪役令嬢”と思いつつも、そこまで腹黒い感情を抱えていない。ただ、リリィに不快感を覚えているのは確か。それは彼女の“聖女らしさ”が真実なのか疑わしいから……あるいは、無意識にアレクシスを取られそうで警戒しているのかもしれない。
いや、違う。私はもともと王子に興味などなかったはず。なのに、最近は彼のことで心を乱されることが増えている……これが恋? そんな馬鹿な。まだ認めたくない自分がいる。
図書室を一巡りして外へ出ると、ノエルが「セレナ様、先ほどリリィ嬢が教師陣に何やら相談を持ちかけているという話を聞きました。お気をつけください」と伝えてきた。
「教師陣に……?」
嫌な予感がする。もしかしたら、リリィは王子の“再調査”発言を受けて、先に既成事実を固めようとしているのでは? 学園という場を利用して、セレナを罰しようとする動きかもしれない。
――一瞬めまいがした。どうせ“悪役令嬢”の烙印を押されかけている身。それなら、いっそ徹底的に“ゲームのルート”を壊してしまうほうがいいかも。
思えば、前世でも私は“ゲームの攻略ルート”をそれほどガチガチに守るタイプではなかった。新しい要素やバグ技を使って攻略を変化させるのがむしろ好きだったのだ。ならば今、私が生きるこの世界でも――
「よし、決めたわ。恋愛ゲームなんて、全部ぶっ壊してやる。リリィが想定している“正史ルート”を徹底的にバグらせてやるわ」
心の中でそう宣言すると、奇妙に気が楽になった。このままただ受け身でいたら、きっとリリィに悪役の汚名を着せられて退場させられるだけ。だったら、私のほうから思いっきり動いてやればいい。
アレクシスが私に傾きかけているなら、その方向をさらに強化してやるのもありだ。王子からの優しさを、逆手に取ってゲームの筋書きをめちゃくちゃにしてやろう。――もちろん、本当に彼を好きになるかは別問題だけど。
ノエルは、私が急にニヤリと笑ったのを見て驚いた顔をした。
「セレナ様、いきなりどうかなさいました?」
「いいえ、何でもないわ。……ノエル、ちょっと私に協力してもらえない?」
「もちろん。セレナ様の頼みとあらば、どんなことでも」
ノエルが静かに微笑み、手を胸に当てて誓ってくれる。その頼もしさを得た私は、早速リリィへの“カウンター”を考え始めた。
――恋愛ゲームとしては、ヒロインが正義、悪役令嬢は断罪される運命。そんなお決まりはもう沢山。私はあえて、アレクシスとのフラグを乱立させ、学園での立ち位置をかき回してみせる。
リリィが泣き言を言おうが、王族や教師が何を企もうが、こちらが先に“既成事実”を作ってしまえばいいのだ。




