お茶会ひと月後
私達の将来についての両家の合意は問題なく進みました。
アルベルト様はご両親の反応を見て猶予を設けていたつもりでしたが杞憂だったそうです。
大して間を置かず私達は正式に婚約者となりました。
「相手を決めたら早い方がいいだろう」という伯爵様の一言です。
貴族同士の結婚は個人というより家同士の結びつきの意味が大きいです。
そういう意味では貴族の場合、お互いの所領の状況は大体公表されています。
後は逆に婚姻に当たって気になる部分の調査がお互い問題無ければ比較的スムーズです。
しばらく続いた学園での質問攻めや噂からも完全に解放されました。
今回の私達の婚約の反響で改めて思い知らされたのはアルベルト様の将来的価値の大きさです。
川を隔てて隣国と、そして他方では魔獣の森へと陸地続きの境でもある伯爵領はこの王国の要衝です。
危険もあれば実りも多い。
伯爵領次期領主といずれの貴族が縁を結ぶのかはある意味国家の重大事です。
本来我が子爵領とは全く関わりない筈の話でしたが急転直下、その縁を結んだのは我が家となりました。
父と母は今でも現在の状況の変化について感慨深げに振り返っています。
たまたま粗相をした事がきっかけで私が婚約者に変化する事になった訳ですから。
「でも多分、遅かれ早かれこうなっていたと思うな」
「そんな事無いと思いますが」
「どうして?」
「だって……」
お互い存在を認識してはいたものの積極的に交際したいと動く程でもなかった感じがするからです。
なぜなら私はアルベルト様を自分と縁遠い、華やかな方だと思ってましたから。
性格的にも自分から積極的にお近づきになりたいなど思わなかった筈です。
アルベルト様の方だって私の事を「好ましく思った」事がある程度で後は単純に「吸血族」に対する生物学的興味だけだったのではないでしょうか。
「それは誤解だよ」
「そうですか?」
「アグネスは気づいてないのかい? お茶会で私が隣の席だった理由を」
「……もしかして、アルベルト様が?」
「勿論、そうだよ。
せっかく生徒会執行部役員なんだから使える手段を使わせてもらった。
君と親しくなりたい一心で。健気で可愛い不正だろう?」
元々アルベルト様から私へアプローチしようとしていた。
そう聞いて嬉しい思いでいっぱいになりました。
「ところで、やはり父上にはあの日以来勝てないよ。
王都に居る間、何度も対戦しているんだけど……。
分かっていたけど、あの時一本取れたのはやはり君の力のおかげだったね」
アルベルト様が私に血を吸わせたあの日、確認の為にお屋敷でお父上様の辺境伯様と模擬戦をしたそうです。
辺境伯様は家督を継ぐまでは王国騎士団で最強と言われた程の剣の使い手です。
私自身は半信半疑だったのですがアルベルト様の推測通りに本当に効果が感じられたみたいです。
「舐めただけじゃわからない訳だよ。
嚙む事によって血液を吸う代わりに君の八重歯から何らかのそういう成分が私に入ったんだろうと考えている
従属化なんてされてないし身体能力向上と痛み止めのいい所取りみたいだね」
どうやら私に血を吸われるとその被害者?は多少身体能力が向上するらしいです。
アルベルト様が以前私の吸血を蚊に例えたのは言いえて妙です。
次の日には効果は失われたそうですが。
「全然父上には勝てなかったのに君に血を吸われた途端に勝ってしまった」
辺境伯様はアルベルト様の底上げされた能力に驚いたそうです。
私達の婚約に際しては『希少能力に関しての機密』があったと公言しています。
隠さず正式に婚約して公に保護する方向に変えた、との事です。
その詳しい内容に関しては今に至るまで公に語られていません。
ですが後日、ある噂が立ちました。
私が不思議な魔法の使い手で他者の能力を底上げ出来るという噂が。
その噂の出所は学園に教官として剣技指導に来ている王宮騎士様からです。
実はその王宮騎士様は辺境伯様が騎士団に一時所属していた時のかつての部下だそうで、たまたまアルベルト様がお父様に勝った模擬戦に居合わせたそうなのです。
あまりに驚いた騎士様は授業中、誰かにその話を漏らしたそうです。
名高い最強剣士である辺境伯様にご子息アルベルト様が模擬戦で一本取ったと。
王宮騎士様は選ばれた騎士。
その様な方が喋った事ですから妙に説得力が出てしまいました。
私自身が何か言われるのはともかく、アルベルト様に負の噂が立つ事が心配になります。
「え? 私の強さは君の力によるものだっていう噂?」
「はい。今度は私のせいで変な噂がアルベルト様に……」
「ああ、大丈夫だよ」
私の心配をアルベルト様は笑い飛ばしました。
「君と付き合った途端に急に強くなったら邪推されるだろうけどね。
何せ私は幼少期からあの父上に姉上と一緒にしごかれてきたんだよ?
私は子供の時から今に至るまで剣では同年代では一番を譲った事が無いから」
私の頭にお姉様とアルベルト様の幼少期が浮かんできました。
厳しくも楽しく充実した日々だったのでしょう。
「もし言いたい奴が居ても勝手に言わせておけばいい。
それなりに剣が使えて私の相手をした事がある者だったらそんな事言わないから」
「そうですか。ほっとしました」
「うん。それよりもう一度父上に勝ちたい。
前は君の力による不正で勝った様なものだから。
父上に本当の実力で勝てるようにならないとね」
「応援しています」
そう答えた私にアルベルト様は顔を近づけてきました。
「じゃ、ちょっとだけ具体的に応援してもらおうかな」
「え?」
ゴホン、と咳が聞こえました。
顔を逸らして赤い顔をしたローゼがそこに立っています。
彼女が迎えに来たという事は課外活動にそろそろ訪問する時間だという事です。
ローゼはじろりとアルベルト様を一睨みしてから口を開きました。
「クライバー様、私以外に見られたらアグネスの風評にも関わりますからどうかご自重を」
「確かに。気を付けよう。アグネス、ではまた」
「はい」
こんな時もどこか颯爽として去ってゆくアルベルト様を見送るとローゼが再び口を開きました。
「貴方達そのうち学園一の馬鹿ップルに認定されるわよ。少し控えなさいな」
ローゼが呆れた表情で私に忠告してくれました。
アルベルト様に相談した上で唯一彼女にだけは事情を話してあります。
入学以来最も親しい友人である彼女が知らなかったのは変だし嫌なので。
入学後、私は廊下の掲示板に課外活動募集の紙が貼られているのを見つけました。
そこには学園を通じて教会が募集しているボランティア活動内容が書かれていました。
教会に併設されている孤児院の子供達のお世話をする活動です。
中には体の不自由な子供達も居るそうですし一緒に遊んであげたり読み語りしたりする訳です。
体質的に日中あまり出歩かない自分の境遇と重ねた私は参加する事に決めました。
そこに話しかけてきたのが彼女です。
『立派な事だけど参加者の大半が平民階級でしょう?
貴族階級が一人で参加するのは悪目立ちするから私も付き合ってあげるわ』
善意で参加したとしても身分が加わればそこに悪意的な感情も発生する場合もあるという事まで考えが及んでいませんでした。
私が彼女から良くも悪くもぽやぽやしてると云われる所以です。
少し世間知らずで頼りない私にとって頼もしい友人の忠告は聞きたいところです。
この日から更に少し未来。
ローゼが云うには結局、予言した通り私達は学園一の『甘々バカップル』と認定されているそうです。
人目は気を付けていましたしそんなにべたべたした記憶もないのですが。
後悔してるかですって?
まさか。そんな訳ないじゃありませんか。
思っていた以上にアルベルト様がお優しくしてくれるのがうれしい誤算でしたけど。
愛する方の傍に居られて私はとても幸せです。