回想 アグネス
「お、お付き合いしたいって、私とですか!?」
「うん。交際を申し込みたい。……出来れば婚約を前提として」
いきなりの申し出と婚約という言葉にも驚きました。
私達は貴族令息と貴族令嬢です。
我が国での貴族子女の結婚パターンは主に2種類あります。
①親の決めた婚約 ⇒ 結婚。半分以上はこのパターンです。
②自由な気風の家柄同士で自然なお付き合いの先に婚約 ⇒ 結婚。
いずれ別れる事があり得ますが私の家はどちらかといえばこちらです。
アルベルト様によると辺境伯様から学生身分の内に伴侶を決めろと云われたそうです。
ご姉弟がアルベルト様以外皆女性である事に危機感を抱いているらしいです。
そして、辺境伯様は相当な恐妻家(失礼)らしく奥様のいう事には反対しない。
その母は自分が決めた相手には口を挟む事はしないと云っている、とも。
要するに、どういう訳か私を見初めてくれた。
そしてアルベルト様ご自分は私との婚約を視野に入れている。
その様な話です。
「正直、今まで積極的に自分の将来の伴侶を見つけ様なんて気持ちはなかった。君を見るまでは」
あの憧れのアルベルト様に私が……。
『嬉しい』という感情が浮かびました。でも次に浮かんだ感情は『なぜ?』です。
正直、卑下する様ですが私は他の御令嬢と比べると地味な存在です。
特別アルベルト様の目に入る様な場面は全く無いと思うのですが。
「あの、一体いつ私が……」
「実を言うと今年の新入学生のオリエンテーションの時からだよ。
目が留まったんだ。正確に言うと君の瞳に」
「瞳……?」
「気づいてない? 私からは君の目が光って見えたんだけど」
「?」
「金色にね。気になったからその後も遠目だけど君を見た事が何回かある。
でもわからなかったな。
今はまたうっすら金色に見えるけど……陽の当たり具合かな?」
そう云われて思いつくことがありました。
『遺伝』が発覚してからの変化がもう一つあるのです。ささやかな事ですが。
その事に気が付いたお父様に教えてもらった事があります。
どうやら今の私は感情が高ぶると目の色が変化する様なのです。
赤目がかった黄色から完全な金色に。
「君の特性かどうか知らないが私の目も同じかもしれない。
私の先祖は吸血の民を見分ける事が出来たとお爺様から聞いたことがある」
「……」
と、いう事は私はあの時感情が高ぶっていたのでしょうか。
またまた心当たりがあります。
アルベルト様を見た時に憬れの偶像を見る気分でしたので。
実は色々入学前からお噂は聞いていたのです。
私の在学期間は王子殿下やアルベルト様といった名うての貴公子達と重なると。
一体どんな方かとあの日、オリエンテーションで司会するアルベルト様に興味津々でしたから。
(は、恥ずかしいです……まさかこういう感じで向こうに興味を持たれたなんて)
いえ、でもアルベルト様はどういう時に私の目の色が変化するのか知らない筈です。
どうやらご自分の瞳の力だけと思われているのならその方が都合がいいです。
「素敵なお方」と思って興味津々だった事がバレバレだったと知られない方が。
「まぁ瞳の事は単にきっかけなんだけどね。
他に君に興味を持った理由がいくつかある。その一つは花の事だ」
「……花ですか?」
「王立学園の教室の花を君が定期的に差し替えている事だよ」
日差しを避けたい体質のせいで早く登校すると当然教室には私が一番乗りです。
職員以外、生徒はまだ誰も登校していません。普段よく話す友人達も同様です。
必然的に何かする事は無いかと思っていた所、教室の窓辺に置かれているテーブルが目に留まりました。
テーブルの上には花瓶が置かれています。王立学園職員によって管理されているものです。
そこにある花が少ししおれ気味なのが気になりました。
そして思いついたのです。
先に述べた通り、父の趣味は植栽です。
勿論季節ごとの多種多様な花々を愛でる事もその範囲に入っています。
その趣味が高じて領都の屋敷も王都の屋敷には季節の花々が沢山咲いております。
私は学園の許可を取って花の管理を引き受ける事にしました。
そして毎日屋敷から季節のお勧めの花を持って学園に登校するのが習慣となったのです。
「たまたま生徒会役員の仕事で何回か早朝に登校する事があったんだ。
そこで君の姿を見かけてね。強く印象に残っている」
「そうだったのですか……」
「すぐにあの時の金色の瞳の令嬢だとわかったよ。
窓辺で花の世話をしている君の姿が強く印象に残っていた。
作業の邪魔をするのもどうかと思ったので話しかけていなかったけど」
そう云われて思い出しました。
遠目から誰かに見られている気がして振り返ったらアルベルト様が居た事を。
縁が無い雲の上の方だし、一度軽く会釈した程度だったと思います。
「今回父や母が王都に来た時、気になる令嬢は居るのかと聞かれたんだ。
その時はいないと答えたんだけど……君とまだ話した事が無かったしね。
思えばあの時言っておけばよかったな」
「何かあったのですか?」
「うん。云われたんだ、父に。
次期当主がいつまでも伴侶を自分で見つける気が無いならこちらで決めるとね。
私は卒業まで一年以上あるのだからせかさないでくれと言ったんだが」
その後、辺境伯様とアルベルト様はしばし言い合いをしたそうです。
埒が明かないものだから別室に居た母上を呼ぶと云ったら黙ったそうですが。
辺境伯様の事をお話しするアルベルト様の様子でとても仲の良い親子関係なのだという事がわかります。
私の中で辺境伯様の堅苦しい厳格なイメージが少しづつ解消されていきました。
「他にも理由はあるんだけど、とにかくそういう状況で今回のお茶会があった」
「はい……」
「あの件は君にとってはトラブルかもしれないが打ち解けるいいきっかけになった。
君の好ましい印象も変わらなかったからお茶会の後に再度、父と話した。
いきなり何の興味も持たない女性を婚約者にされるのも抵抗があったから」
「……何と言ったのです?」
「この前、気になる令嬢などいないと言ったけど、あれは嘘だ。
実は一人いる、とね。……君の事だけど」
「……っ!」
熱を出しているのでしょうか?
最早頬が赤くなっているのを自覚しながら私はアルベルト様を見つめています。
「そうしたら、父が云うんだよ。
昨日は居ないと言ったのに急に気になる令嬢が出来たなんて信じられるかと。
適当な事言ってごまかしているんじゃないか?
もしやお前男色とかじゃなかろうな、許さんぞとまで言い出してね……。
いくら何でも酷いと思わないか?」
「ぷっ…」
呆れたといった感じで両の掌を上に向けておどけたアルベルト様に、思わず私は少し吹き出してしまいました。
はしたないですがその時のやりとりを想像して笑いがこらえきれません。
必死に耐えている私を面白そうに見ながらアルベルト様は続ける。
「ま、そんな訳で嘘だ嘘じゃないとなんだかんだやり取りがあって。
実はお茶会の翌日に私が休んだのは話題を蒸し返した父と言い合いになってしまってね。
学園なんぞ休め。この際お前の考えている事を聞かせろってさ。
恥ずかしい話だが」
「そうだったのですか」
「ああ。その時に君の事を知っている限り色々詳しく話した訳なんだ。
ついでに君の金色の瞳の事もね。
先祖の話に絡めて話したら父は寧ろそちらに興味を持ったみたいだ」
「……悪い印象では?」
「いや、特に何も。
因縁、といってはなんだが関係深い一族同士だけどそういう事は無かった。
先ほども言ったが大昔の事だしね。
それよりも色々話した事でその事も大分前から君の事を意識していた証拠の一つとして役に立ったよ」
「そうですか」
「そして自分で話していて思ったんだ。君が本当に『吸血族』の末裔なんじゃないかって」
「……」
「実際、そう考えるとしっくり来たからね。金色の目も血を舐めた事も。
早めに登園していたのももしかして極力日光に当たりたくない為かなって。
普通に日中に出歩いている君を見るとあまり関係ないかもしれないけど」
見事に当たっています。
そんな乏しい情報からそこまで思いつくなんて。
逆に言えば我が先祖と因縁深い家系の方しか思いつかない気もします。
そしてアルベルト様はご自分の家系側から見た我が家系との対立の原因をお話ししてくれました。
その内容を聞いて私がどうしてアルベルト様の血を欲したかが腑に落ちました。
「でも……私などが受け入れてもらえるでしょうか」
「勿論だ。父も母も反対なんかしていないよ。だからここに来た。
それに寧ろ、さっきも言った通り父は君の【特性】について興味を持ってね」
「どういう事でしょうか?」
「『吸血族』は血を吸う事で自らの力を分けた眷属を生み出すと聞く。
そんな話を聞いた事は無い?」
「そこまでは知らないですが……」
実際、そんなお話はお父様から聞いたことがありません。
【忌むべき血】として考えていたからかもしれませんが。
「血を舐められた程度では気が付かなかったけど、君にも出来るかもしれない
正直に言うと私自身も君に対してもう一つ別方向の興味が出てきたんだ」
「もしかして、だから先ほど私に血を吸わせたのですか?」
「その通り」
アルベルト様はにっこり笑って頷きました。
「でも、今までの感じだと変化を感じないな。
こればっかりは見当違いだったのかもしれないね。君は何か変化がある?」
「今こうしてると特に気が付きませんが、そう云われると何か妙に冴えた気分です」
「もしかしたらもう少ししたら出てくるのかな……楽しみだなぁ」
「……その私の【特性】が仮に発揮されてしまったら眷属になってしまうのでしょう?
アルベルト様はその危険を考えなかったのですか?」
何か当初の私への告白、という甘い流れから完全に別方向に話が行った気がします。
勝手ですが面白くないのでちょっと憎まれ口を叩いてしまいました。
「伝説の彼方の大昔ならいざしらず、君はちょっと変わった特性を持つだけの人間だろう?
大体、そんな特性があるなら隠す必要も無いだろう。
血を吸われると私の能力も多少なりとも上がるし損はないじゃないか」
「血を吸われるという忌避感は……」
「別に無いよ。というより、血筋で多少の特性がどうこういうのはあっても今の時代、人が人を眷属にするなんて事は正直言って信じてなかった。
実際何の問題もなさそうだし、仮に君の眷属になっても悪くない気もする」
アルベルト様はけろっとした感じで言いました。
でも、私はさりげなく思わぬ一撃を逆に受けてしまいました。
見えなくても顔が赤くなるのを感じます。
「話がまた逸れてしまった。それで先に言った提案、というかお願いだが……。
ぜひ考えてみてくれないかな。君の変な風評も意味が無くなるし。
何より、私自身が一人の男性として君と交際したい」
「本当に、私などでいいのですか?」
「などなんて言い方をしないでほしい。君が好きなんだ」
アルベルト様が私の頬に手を添えました。その視線が真っすぐ私を見つめています。
私は半分夢心地で了承しました。