お茶会翌日
翌日お父様の言いつけ通り私は生徒会室に向かいました。
と、云っても朝一ではなく昼休みの時間です。
執行役員は昼休みそこに集っている事が多いと以前聞いた事があるからです。
謝罪というのも微妙な事なので朝一に生徒会室に押しかける事はしませんでした。
本来一生徒が生徒会室に訪問する理由などそうありません。
ですが今回、私が訪問する口実が幸いにも一つありました。
生徒会執行役員の来季メンバーとして勧誘されていたからです。
この国の王立学園は三学年制です。
三年生の卒業に伴って生徒会執行役員メンバーの入れ替わりがあります。
因みにアルベルト様は翌年の生徒会長と目されています。
生徒会執行役員には共通点が一つあります。
それは全員、いずれかのお茶会に参加した経験があるという事です。
つまり生徒会役員希望の人はお茶会に出る事が暗黙の条件となっている訳です。
稀に家柄で所属している方もいるらしいですがあくまで例外です。
お茶会に参加が決まった時点で私は現生徒会長である第三王子殿下から執行部入りの打診を受けていました。
正直、私はぽやっとした感じで目立つ事は苦手。そして社交性も今一です。
生徒会役員なんて自信が有りませんので乗り気ではありませんでした。
でも他にここへ来る言い訳が無かったので利用させてもらう事にしたのです。
生徒会室は校舎の一階奥にあります。
私はどこか敷居が高く感じる入学以来初めての場所に足を踏み入れました。
緊張してドアをノックすると中からのんびりとした声で返事が返って来ました。
私は一度大きく息を吸ってから入室しました。
「お、珍しい来客だなぁ。生徒会執行部室へようこそ、ノイマン子爵令嬢」
「ご休憩の所、失礼致します。殿下、皆様」
「おいおい。学園では私は一介の生徒会長に過ぎないよ。会長と呼んでくれ」
生徒会室の中の応接テーブルのソファには現執行部役員の方々が並んでいました。
会長以下、六名の役員は全員が貴族です。
平民階級が居ないのは別に差別という訳ではなく、たまたま今の役員が決まる時に暗黙の条件を満たす方が居なかったからでしょう。
どういう訳か肝心のアルベルト様が居ませんでした。
「それで今日はどの様な件で? 執行部に加わる決心を固めてくれたのかな?」
「その、正直まだ決心はつきかねておりますが、宜しければ執行部役員のお仕事について少しお聴きできれば、と思いまして……突然申し訳ありません」
決心してきた割にはいざとなったら何とも微妙な答えをしてしまいました。
殿下がご在籍の年度については付き人を兼ねた優秀な同年代の方々がお傍に居ます。
殿下ご自身とそのお二方は来年にはご卒業です。
でもそれ以外の方も私にとっては少し気後れする方々ばかりなのは変わりません。
どういった風に話を進めてよいものか少し迷ってしまいました。
すると殿下、いえ、会長は安心感を抱かせる感じの笑顔を浮かべて口をお開きになりました。
「勿論構わない。君なら十分務まる仕事だよ。お菓子でも食べながら話そうか」
「ぜひ、入って欲しいわ。今の役員は女性が私しかいないで寂しい思いがしたの」
会長の勧めに従ってソファに座ると役員の一人である公爵令嬢様が手ずから紅茶を入れて下さいます。
恐縮しつつ口に近づけるとさわやかな香りが鼻孔を刺激しました。
促されるまま事前に考えて来た質問をすると役員の方々が代わる代わる説明してくれます。
こんな素敵な方々の仲間になれる機会があるならなりたい。
そんな気持ちになってきて生徒会室に入る前の消極的な気持ちも無くなっていきます。
でも、そんな中で一つだけ気にかかる事があります。
アルベルト様がいつまでもここに現れなかったからです。
やはり気になってしまってさり気なく話を振ってみると今日は学園をお休みしたとの事でした。
一番の目的を果たせなかった事に少しだけ気落ちします。
すると何かお察しになったのか、会長が私を見据えて口を開きました。
「ノイマン嬢」
「……はい?」
「仮に何か心配事があっても後で振り返れば大抵取るに足りないくだらん事さ。
口さがない連中も居るがそう心配する事は無いよ。
成人しているとはいえ今の我々は学生身分だ
ま、些事にとらわれず気楽にやっていこう」
「そうよ? 可愛い後輩と学園の規律を守るのは私達の義務だから。
ぜひ貴方も執行部に入って、二人で学園の男共を支配してやりましょう」
「前半は同意だけど、後半は矛盾してない? 君が言うと冗談に聞こえないや」
「同じく。来年、アルベルトを押しのけて君が会長になりそうだな」
「本当にな。会長の言った通り学園生活は楽しく気楽に、だよ」
皆様はお茶会の翌日に私がここへ来た本当の理由を薄々察した様です。
逆に言えば皆様私の奇行を知っているという事ですが。
切りのいいところで皆様にお礼を言ってから私は生徒会室を失礼しました。
何も言わなくても察してくれた役員の方々に少し気持ちが救われた気分になります。
でもすぐにその気分も胡散霧消する出来事が起こりました。
廊下を歩いているとどこからかクスクス笑う声が聞こえてきたのです。
振り向くとヒューゲル侯爵令嬢とその取り巻きの方が3人程固まって私を見て笑っていました。
「あら? 噂の方がいらっしゃるわ」
「ヒューゲル侯爵令嬢……様」
「あら、一緒にお茶会に参加した者同士じゃないの。
気軽に名前で呼んでくれても構わないわよ?
私もあなたのお名前で呼ばせて頂くから。ごきげんよう、アグネス様」
悪意がこもっている事はさすがに私でも分かります。
王立学園在籍中の貴族も二種類に分かれます。
彼女はおそらく『学園では身分の前に皆一生徒』という建前は通用しないタイプだと思います。
「珍しい所でお会いしますわね? 生徒会室に何の御用だったのかしら」
引っかかるような物言いに私は短く返答しました。
「……個人的に、用がありましたので」
「用? もしかして、どなたかの指を舐めたくなったのかしら?
私の指で宜しければどうぞ?」
またクスクス笑いながらそう言って私に手を差し出しました。
周りの二人も同様に笑っています。
傷ついていない綺麗な白魚の様な手ですが脳裏にあの時の光景が蘇ります。
情けない話ですけど急に気持ちが悪くなって目を伏せてしまいました。
彼女達はそんな私に笑い声を浴びせ続けます。
「……昨日はお見苦しい所をお見せ致しました。失礼します」
何とかそう言って私は逃げる様に屋敷に帰りました。
家に到着すると馬車から降りた私は自室に直行しました。
そして昨日と同じく自室のベッドに突っ伏します。
カテジナの呼びかけを無視してしばらくそうしていると私を心配したのかお母様がやってきました。
「アグネス、どうしたの?」
「すみません。ちょっとめまいが強くなってしまって……」
「……もしかして血? それとも王立学園で何かあったの?」
「いえ、何も。ご心配なさらないでお母様。少し部屋で休みます」
自業自得なのにほんの少しの悪意も耐えられないのでしょうか。
叩かれ弱い自分に、昨日に続いてうんざりしてしまいました。