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お茶会当日②

「……という訳です。お父様、申し訳ございませんでした」


「ううむ……何とも言い難いな。した事は指を咥えただけだろう」


「あなた、それでは済まないでしょう? 貴族令嬢としての体面にも関わります」



 お母様のご心配はごもっともだと思います。

 私は同年代と比べて小さい体を更に縮こまらせてしょげかえりました。



「我が家特有の【血】がこんな事で災いするとはな……」


「本当に申し訳ありません……」



 私の奇行の原因は一言で言うと古代種族の血の性なのです。

 そもそも、人が古代種族の血を引いている事は珍しくありません。

 魔力を持つ者全てがその影響を受けていると云っても過言ではないでしょう。

 なぜなら人が魔力を持つようになったのも人類の歴史の中で様々な古代種族が混じった影響と言われていますから。

 

 その証拠に私は普通に精霊魔法は使えます。でも特に秀でたものはありません。

 ただし、他の方にない特徴があります。

 血を吸った後だと私自身の自然治癒能力が少しの間向上します。

 更に、夜目が効く様になって身体能力も魔力も飛躍的に向上するのです。


 その反面、短所もあります。

 でも何代も世代を経たおかげでしょうか。

 特有の致命的欠点が屈服されたのかもしれません。

 日光アレルギーとまでは言えない程度に少し皮膚が弱めなだけです。


 勘のいい方ならばここまで言えばお判りでしょう。

 要するに我が子爵家は吸血の民の末裔なのです。


 お父様も亡くなられたお爺様も聞いた話ではひいお爺様も至って普通の方です。

 私もそのはずでしたが幼少期高熱にうなされた事が私の変質の原因だと思います。

 当時熱から覚めた時、体の中で何かが目覚めるのを感じましたから。

 おそらくこの時、隔世遺伝された特性がたまたま私のところで目覚めたのでしょう。

 

 ノイマン子爵家当主であるお父様は植栽を愛でる事が趣味です。

 それが高じて庭師に交じって自ら屋敷の植栽の剪定をする事があります。

 お父様についてそれを眺めていた私はある時、傷つけて血が少し出た父の指を舐めた事がありました。

 同様の状況で庭師に対してもそのような事をした事があります。

 一度ならず数回そういう事をしたので父も血を欲する私の異常性に気が付きました。

 そして私を医者に見せる前にある事を思い出したのです。


 『家族以外には誰にも言うな』


 そうお爺様から聞かされていた代々受け継がれてきた秘密の話。

 すなわち、我らが先祖に吸血の民の血が流れているという事実を。


 繰り返し言いますが現代人に古代種族の血が混じっているのは珍しくありません。

 でも普通はよく知られたエルフなりドワーフなりの精霊魔法の血筋です。

 現代では得意な魔法の属性や髪の色や耳の形が多少違う程度になっています。

 それこそ多少の差異で見た目は皆ほぼ変わりません。


 だからと言って私の場合、おいそれと人に明かす訳にもいかないのです。

 周りで知る限り吸血族の血を引く人など聞いた事などありませんから。


 人は理解できない少数のものを迫害して排除しようとします。

 古代種族というより物語では魔族とされていますし他者の血を吸うという事実が最悪です。

 実際はひと月に一度くらいお父様かお母様の指を切った血を一舐めする程度で収まるのですが。

 いずれにしろ私の秘密は両親しか知らないまま隠し通される事になったのです。


 それにしても、あの時の私はどうかしていました。

 特に飢えていたわけでもないのにアルベルト様の血を見た途端、理性がはじけ飛んだのですから。

 戻れるものなら過去に戻って無かった事にしたいです。



「それで、お前はとっさにどの様に謝罪したのだ?」


「その……幼い弟が怪我した時にしてあげている事をついしてしまいました、と……」


「く、苦しいな」


「ですよね……」



 喋りつつまた気持ちが落ち込んで来ました。

 アルベルト様と面と向かって話したのはあの時が初めてです。

 そんな人にしてしまったのですからどう取り繕おうと奇人変人の仕業です。

 実際、あの時は血を舐めたくて仕方なかったのですが……。



「アルベルト殿の反応は?」


「少し驚かれた後、すぐ何事もなかった様に笑って許してくれましたが……」


「そういう問題では無いな」


「はい」



 第一に、お母様の言う通り淑女として……いえ人としてあり得ない事です。

 よりによって衆目の中で人様の……下級貴族令嬢が上級貴族令息の指をいきなり舐めるなど。

 こういう話はどこからともなく噂としてすぐ広がります。

 平民であればどうでもいい些細な奇行の類ですが貴族社会では違います。

 自業自得ですがあれによって私の貴族令嬢としての立場は著しく低下したでしょう。


 第二に、なぜそんな事をしたのか本人や周囲に納得させる理由が説明できません。

 そもそも定期的にほんの少しでも血が欲しくなるなど信じてもらえるとも思えないです。

 話したところで頭のおかしい危険人物と思われるだけです。


 第三に、よりにもよって粗相した相手がアルベルト様だった事が問題です。

 年頃の令嬢がいる貴族が将来の婿にと縁を結びたがっている将来性豊かな方ですから。

 そこに私がいきなり変な形でしゃしゃり出た形の様にもとれます。

 王家に連なる血筋を持つ辺境伯家と我が家では家格で比ぶべくもありません。

 辺境伯様に睨まれたらどうなるか。我が子爵領にどの様な影響を与えるのか。

 想像するのも恐ろしいです。



(この弱小貴族の小娘が! 大事な自慢の跡取り息子にくだらん噂をつけおって!

 未婚だからと文字通り唾でもつけおったか!)



 会った事もない辺境伯様が激怒する姿を思い浮かべて私は気が重くなりました。

 それに今回のお茶会は王立学園主催と言っても国王陛下も顔を出す様な場でした。

 貴族社会は簡単な噂ひとつで命取りの場合もあります。

 だからこそ貴族はみな公の場では立ち振る舞いに厳しいのです。


 誰が云うともなく人の変わった行動などは噂として広まります。

 私がアルベルト様にした振る舞いもそうなるでしょう。



(こんな事してしまうならお茶会になど出なければ良かったわ)



 あの時、テーブルが無かったら土下座していたかもしれません。

 した事は単に指を舐めただけですが、思考も内向きになって悪い妄想が次から次へと湧いてきます。



「あなた、どうしますか?」


「うむ……してしまったことはしょうがない。

 単に傷ついた指を舐めただけだ、と言いたい所だが」


「はい……」


「とりあえず、(王都の)伯爵家に行ってくる。

 国境地の領主の一人として外周塀増設の件で参考にお聞きしたい事もあるしな。

 お互い王都に居ていい機会だしそれを口実に謝罪と言わんまでも伯爵に一度お会いしておこう」



 自分の子息が今回のお茶会に招かれるのは親として名誉な事です。

 そしてお茶会が行われるこの時期は大抵の貴族が領地から王都に来る社交シーズンと重なります。

 普段は領地にいる私の両親が王都(ここ)にいるのも久々に私の顔を見る為と社交と王都の事業視察を兼ねてです。

 逆に言えばアルベルト様のご両親も王都に来ている可能性が高い訳です。


 急な事だし向こうの予定が空いていればいいが。

 そんな事を呟きながら父は執事を呼び伯爵邸に先ぶれを出す様命じていました。



「お父様、では私も行きます」


「いや、お前は屋敷で休んでいなさい。今にも倒れそうなとんでもない顔色だぞ」


「え?」


「別件の用事でお会いする形を取るしな。

 さり気なく詫びておくが何か言われたとしても家長として私が娘の非礼を詫びる。

 お前は明日生徒会室にでも赴いて本人に改めて謝罪しておきなさい」


「で、ですが」


「お茶会は生徒会役員の者が多いと聞いた。

 アルベルト殿もそうだし、その場にいた何人かもそうだろう?」


「はい、そうです」


 

 王立学園主催とはいえ、元々このお茶会は生徒会執行部が中心になって後輩の為に催すものです。

 ですから代々、生徒会役員の三年生が仕切り役になっています。

 ちなみにアルベルト様も執行役員ですが二年生ですから招待を受ける側でした。

 生徒会役員とは無縁の一年生は私含め今回は三人くらいです。

 


「王立学園では生徒会執行部の影響力が強い。

 アルベルト殿以外の者にも流言を避ける様にさり気なく念押しできないか?

 積極的にお前の失態を公言する者が居るとも思わないが……」


「わかりました……。すみません、お父様」



 お父様は先ぶれを出した後で急遽伯爵邸に向かいました。

 暗くなってから帰ってきたお父様に聞くところ、伯爵様がお呼びになったアルベルト様も少し同席された様です。

 私の時と同じく、気にしていませんからと返答されたそうですが……。

 同席しないでいいとお父様は言いましたが、その場に不在だった非礼さを考えて私は更に落ち込みました。

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