幽かな御影は狐連れ / feat.御影幽斗
「せんせー、さよならー」
茜色に染まった校舎の中で、帰ることを伝える声がまばらに響いていく。
某月某所。放課後の時間帯に移り変わった学校は、授業から解放された生徒たちによって活気にあふれていた。
真っ先に帰路へとつく者、部活のために校内を移動する者、教室に残り友だちと駄弁っている者。
それぞれの自由が見える空間は、服装にも表れている。
ここの学校は比較的だが校則が緩くされており、多くが制服と私服を組み合わせた着こなしをしていた。
それは生徒に限らず、教師も同様。
なかには完全に私服の人物も。
そして大声で声をかけられた教師の彼もまた、休日に町へ出掛けるかのような格好をしていた。
「はい、さよなら。気をつけて帰るんだよ」
生徒たちの声に手を振って応える彼は、過ぎ去っていく少年少女たちに柔らかな笑みを向ける。
過ごしやすい衣服でまとめた姿は、黒を起点として灰色やオレンジを。
掛けている眼鏡はらしさを強め、その穏やかな物腰は生徒に好かれる教員そのものだろう。
彼は教師──御影幽斗。
この学校に所属する、ただの一教師。
そんな幽斗は何人もの生徒たちに別れを告げながらも、人の減っていく校内を進んでいく。
「気をつけてね。……はあ、僕はまだまだ仕事かぁ」
一人、また一人。
青空が夕日に追われるように、茜色が強くなればなるほど人の気配が消えていく。
そしてコツコツと廊下を歩く音は、一人分。
幽斗の影は長く伸び、眼鏡を外した彼の姿に紫が入り混じる。
「お待たせ、ルーク」
ポツリと呟いた幽斗の声に反応して、何かが物陰から飛び出した。
それは一匹の小さなキツネ。
幽斗の肩に乗るほどの大きさのキツネは、彼の言葉通り待ちかねたとばかりに駆け寄って、足元でグルグルと動き回る。
「分かってるよ。んじゃ、行こうか」
お詫びとばかりに幽斗はルークと呼んだキツネを撫で、一応の満足をして貰ったのを認めると、ルークを抱きかかえた。
その流れでルークは幽斗の腕を伝い、定位置とばかりに肩へと収まる。
どうしてキツネがこんなところにいるのだろう。
そして幽斗は、これからどこへ向かうのだろう。
そんな疑問を投げかける人は誰もいない。
これが当然、日常の一部。
だからこそ、ルークを連れた幽斗の歩みに迷いはなかった。
「皆、揃ってるね?」
誰もいなくなった黄昏時の教室。
その一室を開いた幽斗は、気楽な振る舞いのまま中へと入っていった。
軽い足取りで教卓に立ち、静けさに満ちているはずの教室を見渡すと、ここの生徒たちとは違う人影が複数、顔を揃えていた。
彼らの容姿を表現するのに、仮装というには現実味が足りない。
いってしまえば仮の姿。影に形をつけた想像上のものであり、幽霊のあり方に近しいものがある。
彼らはいったい誰なのか。
幽斗の友人か、それともどこかのあなた達か。
答えなんて現れる訳もなく。
全員が揃っていることを確認した幽斗は、一人にんまりと口元に弧を描いた。
「それじゃあ、授業を始めようか」