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V虹  作者: 薪原カナユキ
3/8

彩とりどりの柘榴ねこ / feat.彩莉ざくろ

 こんな話を聞いたことがありますか?


 ネコを(まつ)るある神社。

 八十八にもなる階段を上ったその神社に、猫又(ねこまた)と呼ばれるアヤカシが住んでいるという不思議なお話を──


「にゃぁーん」


 ヒグラシは鳴き、沈んでいく太陽の色が移った空。

 風はそよそよと心地よく、夏の暑さをどこかへと運んでいく。


 そんな夕暮れの時期に、一匹のネコの声がこだました。


 ネコの見た目はよくいる黒いネコ……のはずが、空の色のせいか赤みもほんのり混ざっている。

 さらには尻尾(しっぽ)の影が二つに分かれているように見えるそのネコは、階段を上りきった場所にある鳥居(とりい)の前で、一匹ポツリと座り込んでいた。


「にゃん」


 ふと、階段に目を向けたネコは一声上げると、気分良く尻尾(しっぽ)を立てて鳥居(とりい)に向かって歩き出した。

 鳥居(とりい)の真ん中をトコトコと。まるでついてこいと言わんばかりに背中を見せて。


 そんな後ろ姿はついて行きたくなるほど綺麗(きれい)で。

 一輪(いちりん)可憐(かれん)な花と言えるぐらい、愛らしさがあって。


 待ってと思わせる姿が鳥居(とりい)をくぐり抜けたら……

 声をさえぎるような風の音が気持ちの足をすくい、鳥居(とりい)も空も、歩いていくネコすら遠のかせる。


「あの……大丈夫ですか?」


 たそがれに吹いた風はネコの声すら捕まえて、どこかへ隠して、手の届かない場所へと連れて行った。

 そう思ったところにポツリと、女性の声が割って入った。


 空の色と同じ、うすいザクロ色の瞳と目が合う。

 ひざを折り、少し首をかしげて目線を下げている女性は、衣装からすると神社の人なのだろう。


 紅白(こうはく)巫女服(みこふく)を着ていて、腰に巻く帯には大きな鈴。そしてスカートや帯には猫の足跡柄。

 明るめの茶髪には、狐の白面ならぬ猫の白面の髪飾り。


 髪も顔立ちも雰囲気も、ふわふわとした印象がある彼女は、(いろど)り豊かな茉莉花(ジャスミン)を思わせる。


「立てますか?」


 そうはにかみながら言う彼女は、そっとやわい手を差し伸べた。


 コロンと女性の足元にザクロの実が転がる音がするも、彼女には聞こえなかったんだろう。

 笑ったまま立ち上がる姿は八重咲(やえざき)のシャクヤクで。

 ひかえ目に歩き出した背中は、近寄りがたい百合(ゆり)の一輪。


 それなら音もなく(かが)んだ彼女は、きっとボタンの花だ。


「ここに人が来るなんて珍しい」


 境内(けいだい)を進みながら言葉を口ずさむ女性は、日の光が当たると不思議な見え方がする人だった。


 影にはネコの耳と尻尾(しっぽ)のようなものがときおり映り、その内尻尾は二手に分かれた道のよう。

 人なのか、ネコなのか。

 そう考えさせる赤と黒の階調(グラデーション)がかった影は、気になって足元を見るたびに彼女の笑みが光となって誤魔化(ごまか)されてしまう。


「そうだ」


 ポンと何かを思いついた女性は、くるりと振り向いた。


「ぼくはざくろだよ。彩莉(いろり)ざくろ。よろしくね」


 ザクロ色の似あう女性──彩莉ざくろは、(じゅく)したザクロの実で染めた空の下で、ニコニコと口元を(ゆる)ませた。

 そんな彼女に(こた)えが返ってくる間もなく、ざくろは階段の方へ手を振る。


「じゃあね。また会おう」


 リンとなった鈴の音。そしてざくろのその一言で、空のザクロ色が神社を染めた。

 次の瞬間にはざくろも、いたはずの黒いネコの姿もなく。


 残ったのは優しく吹く、彼女に似た赤色の風だけ。


 ──そう。こんな話を聞いたことがありますか?


「あるかもね。もしかしてぼくのこと?」


 耳にした話に対して、ざくろはネコのようにクスリと笑った。


 大人しい巫女姿(みこすがた)は今はなく、変えた衣装は赤を強調した黒猫のスカート姿。

 片結びの髪を止めるのは鈴のついたリボンで、彼女が動きを見せるたびにリンリンとなる。


 まるで神社での彼女とは別人に近い印象の姿だが、ネコとはそういうものだろう。


 ときには静かで、ときには(にぎ)やかで。

 気まぐれで、柔らかくて、人を振り回す愛らしい存在。


 それがネコ。そして、それが彩莉(いろり)ざくろという猫又(ねこまた)だ。


「なら、ぼくの話をしようよ」


 百年以上生きた猫又(ねこまた)の……ぼくの話をね。

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