「宝物」
「宝物」
如月視点
学校の最寄り駅に電車が着いた頃、いつも一条は俺より先に電車から降りその後俺が電車を降りる。ずっと見つめられていたので電車から降りたその瞬間から俺の全てが解き放たれたみたいな感覚に陥る。
口だけでなく体全体から空気を吸い込むような感覚。
俺は少し歩くのが遅いのかいつも直ぐに一条の姿は見えなくなっている。
そこからは一条に見られず学校までの道のりを何も考えずに歩いて行った。
学校に着くといつもと変わらぬ時間がただ過ぎていく。
淡々と授業をこなし学食で昼食を食べまた授業。つまらない時間を過ごしやっとの思いで帰宅。
半年間の間変わらぬ毎日に飽き飽きしていた。
家に帰ると誰も居ない。物心ついた時から両親は離婚していた。俺は母に連れられておばあちゃん家で暮らしていた。片親なので平日母は毎日ずっと外で働いてくれている。
母には本当に頭が上がらない程だった。
そして幸い俺は家で勉強をしなくとも学校でただただ授業を聞いていればそれだけでテストの点数を取れていた。
だから俺は家で勉強をしなくても大丈夫だった。
なのでいつも帰宅後は比較的自由に過ごしている。
ゲームをしたければゲームをし外に出たければ外に出て遊ぶ。友達は居ないので一人でだが。
土日は母が居るので土日以外は食事は自分と母の分の夕食作りほとんど毎日一人で食べていた。
俺は昔おばあちゃん子で家に帰るといつもおばあちゃんが居た。なので母が居なくても寂しくなかった。四年前までおばあちゃんの家で俺、母、おばあちゃんの三人で一緒に暮らしていたが病気が発覚し治療の為に入院したが三年前病気が悪化してこの世から去っていってしまった。
いつからか俺は一人になってしまった。
初めはすごく悲しくて苦しくてどうしようもなかった。だが悲しんでも悔やんでも時間は待ってくれない。
誰も俺を待ってくれずただ過ぎる日々。いつの間にか俺は寂しいのか寂しくないのかも分からなくなっていった。
毎日誰からも求められること無く日々を過ごしていた。
これからもずっと変わらないのだろうと入学してからも思っていたのだが一条に毎日見つめられるようになってから三ヶ月が経過した。
なにも楽しい事が無ければいい事も無いそんな日々。
学校が嫌いと言うか日常全てに嫌気がさしていた。
だが実際一条本人ははどう思っているのか分からないが一条が俺の事を求めてくれているような気持ちになり心のどこか黒く濁った所が少しだけうっすらと消えていく気がした。
怖くて見ないで欲しいという気持ちが心を占領していたがそれがある意味良かったのかもしれないと家で一人考えていた。
そう考えている内に時間が過ぎていたので夕食を作りいつも通り一人で夕食を食べお風呂に入って眠りについた。
朝起きるとまたいつもと同じ生活が始まる。
学校に行く準備をし駅まで歩いて徒歩十分。電車に乗って二駅後一条が乗ってきたと思えば座っている俺の前に来て一条からの視線を感じる。この視線だけが普通ではなかった。今日も上から見下ろしてくるこの視線で俺は今にも焦げそうだった。
学校までの最寄り駅まで四駅。時間でいうと十五分。一条はスマホの画面を見るのではなく俺を見ていた。
学校の最寄り駅まで俺は毎日ドキドキが止まらなかった。
やっとの思いで駅に着き今日も先に一条が電車から降りる。
そこからはただ平凡なつまらない学校生活が始まっていく。
今日も何も変わらないいつもと同じ。学校から家の行き帰り。
今日違う事があったと言えば体育の授業の時に走って転けた事くらいだろうと帰りながら考えていた。
帰宅後、俺は荷物の整理をしようとスクールバッグを机に置いた。
教科書の入れ替えをしようとした時いつもと違う違和感に気が付いた。スクールバッグの横側に付けていたおばあちゃんの形見であるキーホルダーが無くなっていた。傷が付かないよう大切に透明のカバーを付けお守り代わりにしていたキーホルダーが無い。
昨日はちゃんとあったキーホルダーが今は無い。
学校帰りに無くしたのかと焦りが止まらない。どうしよう。探してもなくなっていたら。不安の気持ちでいっぱいになった。
直ぐに俺は玄関を飛び出しさっき学校から帰ってきた道にキーホルダーが無いか探しに行った。
さっき帰る時に通った駅までの道を隈なく探したが無かった。どうしようと不安は募るばかりだった。生前おばあちゃんが大切にしていたキーホルダーを俺にくれた。あのキーホルダーはおばあちゃんにとってかけがえのない大切な宝物だった。それを俺にくれたのに俺は無くしてしまったと自分を責める言葉で頭が埋め尽くされていた。
そんな事を考えながら駅の係員さんに落し物が無かったか聞きに行った。だがさっき起こった事なのでまだ落し物の情報はある訳が無かった。
俺は慌てて電車で学校まで向かった。電車の中俺は不安で不安で仕方がなかった。おばあちゃんの宝物を本当に無くしてしまっていたらどうしようとまた嫌な自分を卑下する言葉が頭の中を締め付ける。
気が付くと学校の最寄り駅に着いていた。
電車を降りまた探し回る。記憶を辿ってさっき学校から帰ってきた道にキーホルダーが落ちていないか探す。でもどこにもない。学校の近くまで来たが本当にどこにも落ちていない。
もうここまで探してもないなら学校に落としたとしか考えられない。俺は学校まで走って行った。
学校に着くと急いで下駄箱から上靴を取り出し教室に向かおうとした。その時だった。
「ねぇ、これ君の?」
誰かから声を掛けられた。
俺は靴を履き替えようと下を向いていた。顔を上げると声を掛けてきたのは一条だった。え?なんで?
どうして?俺の頭の中にははてなマークで頭がいっぱいになった。
「これ、君のだよね。」
一条視点
俺は今日もいつも通り電車に乗り込むと座っている如月の前に立ち上からじっと見つめていた。
学校の最寄り駅に着くまでの一日で一番特別な時間だった。
名残惜しさを感じながら毎日電車を降りる。
俺はいつも如月より先に電車を降り少し歩いたところで如月から隠れるように行き交う人達に紛れ如月の後ろに歩く。
駅から学校までの道は如月の後をつけるように後ろを歩いていた。後ろから見る如月も変わらず可愛い。歩く姿勢も良くゆっくりゆっくり歩いている。歩いているだけでもどこか品を感じた。
学校生活は特に何もなく普通に過ごしていた。友達と話し授業を受ける。
学校で如月に会える事は少ないがたまにすれ違う時は内心嬉しい。
一日過ぎるのが早いと感じてしまう程だった。
俺は小さい頃から家に帰るのは好きでなはい。むしろ学校にいる方がいいと思っていた。
俺の家は帰ると特に誰かがいるという訳では無いが居心地が悪かった。綺麗に整頓されたテーブルの上にテーブルクロス等が敷いてあり荷物等は一切どこにも出されていない。
一見ただの綺麗好きに思えるかもしれないがただそれだけではなかった。
勉強に対してや外での振る舞い等厳しい上に身なりにうるさい父親とそれに従う母親。
この家では父が絶対だった。唯一俺と同じ立場である四つ年上の姉はもう家を出ている。この家での暮らしが耐えられなかったのだろう。
毎日毎日説教や罵声が家中に響いていた。父は俺達の為に厳しく育てたんじゃない。
父本人の品質を落とさない為だった。会社を経営する父は会社の部下に舐められないようにと見栄を張っていた。自分の見栄だけの為に家族を支配するどうしようもない父親。
母も父に支配されている一人だが母もまた自分の価値を気にし俺たちのことは気にも止めず父の言う通りにしていた。
そんな父親と母親に育てられた俺は自分の家族以外にも良いイメージを持たなくなってしまった。
どうせみんなそんなもんだろうとひねくれた感情が募って行くばかりだった。
裕福な家庭で育って俺は人から羨ましがられる事も多々あった。だが俺は小さい頃からこの家のそういう所も気に食わなかった。
人の家庭の事情も知らないくせに金持ちだからって羨ましがられる。父と母は人からどう見られているかを気にして外と家での態度をあからかに変えていた。
人から褒められれば謙遜するフリをしてここぞとばかりに自慢話を鼻高々にしていた。それが怖くて仕方がなかった。家での様子と違い過ぎており幼いながらに恐怖心を感じていた。
中学校卒業まで俺は極力親の金を使わず欲しいものも我慢していた。親の脛を齧っていると思われたくなかったから。
高校に入り直ぐにバイトを始めた。バイトしているのがバレると面倒なので親にはバレないように家から二駅離れたカフェでバイトしていた。バイトするくらいなら勉強をしろと言い直ぐに辞めるよう言われる未来しか見えないから。まぁバレてそう言われても絶対に辞めないが。
俺は誰もいない教室で机に伏せながら一人そう考えていた。バイトまでまだ少し時間があったがそろそろ駅前まで向かおうと教室を出て階段を降りようとした。
その時、階段の近くに光っている何かが見えた。
俺は何が落ちているのか気になり近くに行き確認しに行った。見てみると全体が綺麗な金色でピンクと紫の薔薇のような上品な柄に後ろは透明でステンドグラスのようになっており、筆記体でKな文字が書かれていた。
それは如月がいつもカバンに付けているキーホルダーだった。毎朝電車の中で如月を見ていたのですぐに分かった。
俺はこの時如月に話しかける最大のチャンスだと思った。
明日の朝にでも声をかけてこのキーホルダーを渡そうと考えながら階段を降りた。
階段を降りると下駄箱の前で慌てた様子の如月がいた。カバンを持っていなかったので何か忘れ物をしたのかと一瞬考えたが自分の手に持っているキーホルダーの存在を直ぐに思い出した。
急展開だったのでびっくりしたが大切なキーホルダーなのかもしれないと思い俺は如月に初めて声を掛けた。
「ねぇ、これ君の?」
如月は顔を上げると同時に驚いた顔をしていた。返事がなかったので俺はもう一度声を掛け直した。
「これ、君のだよね。」