ホワッツ・ユア・デマンド?
あたし:とある特務機関のエージェント。いわゆるオペレータで、後方支援担当。
なっちゃん:“あたし”の戦友。現場担当で、四肢を戦闘用に機械化している。
夜の喫煙ルームにて。
「あっ」
と、隣に立つなっちゃんが声を上げた。
足元には今しがた咥えようとしていたのであろうタバコが落っこちている。
なっちゃんは屈んでそれを拾い上げ、口元へ運んでいって……また落とした。
顔をしかめながらもう一度拾おうとするなっちゃん。あたしが代わりに拾って、咥えさせてあげる。
どうも、と素っ気なく言いながら、なっちゃんはライターを取り出した。百円で売ってるフリント式ライター。タバコの先端に近づけ、ヤスリを回そうとして──バキッ、と。まるごと握り潰してしまった。
「「……………………」」
ポタポタと油が溢れる。
なっちゃんはそれをひたすら不機嫌そうに見下ろしながら言った。
「これだから嫌なのよね、腕やられんの」
そんな彼女の両腕は、まるでお人形さんのようだった。
一見すると生身っぽいけど、よく見ると関節の部分に隙間がある。その奥にはチタン合金製のフレームが見え隠れしていて、それが人工物であることを教えてくれる。それも結構お手頃な価格の。
普段ならもっと見た目も性能も良い特注の腕がくっついているところ、そちらは生憎木っ端微塵に壊されてしまっていた。一昨日の戦闘でね。
替えが届くのは明日の朝……だからそれまではこの代用品で我慢してね、というわけだった。なんとも力加減の効かないこの安物で。
「……ねえ」
なっちゃんはあたしを横目に見た。
「うん?」
「火ぃ貸してよ」
「……えー、どうしよっかなー」
「なんでそこで勿体つけんのよ」
「だって、ねえ?」
「何よ」
「対象を追い詰めすぎるなって口酸っぱくして言ったのに、言うこと聞かずに追い撃ちかけて、最後の悪あがきで腕持ってかれたのは一体どこの誰だったか……それを思えば、ねえ?」
「うぐっ……。そ、それはアタシが悪かったわよ……」
「もう一声」
「……要求は……?」
「む」
要求か、要求と来たか、そう来たか。
その返しは想定外だったな。あたしとしてはこう、言うこと聞かなかった申し訳なさとかをちゃんと滲ませつつ、可愛げのある口調で言い直してくれればそれでよかったんだけど。ま、捻くれ者のなっちゃんらしいと言えば、らしいか。
それで? 何でも言うこと聞いてくれるっていうなら、折角だし聞いてもらっちゃおうか。でもそうだなあ、どうしようか……あ、そうだ。
「じゃあさなっちゃん、まず顔を上げて」
「……? ん」
眉をひそめて訝しみつつ、なっちゃんはあたしの言うことに従ってくれる。変なところでだけ素直ななっちゃん。作戦中もこうだったらいいのに。
それはそうと……これじゃやっぱり届かないか。なっちゃん身長150ないもんね。あたしは180あるけど。というわけで次行こう。
「目を閉じて、できるだけ高く背伸びして」
「???」
それでもまだ届かない。
だからあたしがなっちゃんの前に回って、少し身を屈めて。
「息吸って」
あたしのタバコの先っぽを、なっちゃんのタバコの先っぽに押し付ける。
火が、移っていく。
「………………何のつもり?」
あたしがタバコを離すと、なっちゃんは煙を吐きながらそう言った。
何のつもり、かあ。うーん……
「なんだろうね?」
「何よそれ」
「もしかしてイヤだった?」
「別に。ただ意図が謎だっただけよ」
意図。
意図ねえ。
なんでいきなりシガーキスなんてしたくなったのか。
それは自分でもよく分かんないけど。
なんだろう。
とりあえず次の作戦のときは、今みたいに素直でいてほしいなーって思ったよ。
それだけは確かかな。
(ホワッツ・ユア・デマンド? 終わり)