その1
※こちらはカドゲ・ボドゲカフェ企画の参加作品となります。
全部でその9まであります。本日6/6中にその9まで投稿する予定です。
「……どうしておいらのこと、みんなきらうんだろう……」
一か月前におとぎの森に引っ越してきた、オオカミのワオンは、はぁっと小さなため息をつきました。誰もいないカフェのテーブルにすわって、ワオンは自分で入れた紅茶を一口飲みます。
「……おいしい」
森でつんできた、野イチゴのジャムを入れた紅茶は、ほんのり甘酸っぱくて、そして優しい香りがします。ワオンはおとぎの森の外れに、小さな喫茶店を開いていたのです。『ワオンのおとぎ喫茶』は、オープン初日こそ、おとぎの森のお友だちがやってきたのですが、ワオンのすがたを見ると、みんな我先にと逃げ出してしまったのです。
「おいら、別にみんなのこと食べたりなんて絶対しないのに……」
ワオンはオオカミですが、甘い紅茶とおいしいケーキが大好きな甘党だったのです。喫茶店を開いたのも、自分で紅茶を入れたりケーキを作ったりするのが大好きで、みんなに喜んでもらいたいからでした。
「せっかくがんばって喫茶店を建てたのに……。あーあ」
おとぎの森に引っ越してくるまで、ワオンは知らなかったのですが、このおとぎの森には、昔とっても怖いオオカミが住んでいたのです。そのオオカミは、ずいぶん前に亡くなっていましたが、それでもみんなその怖さを忘れてはいなかったのです。
「やっぱり、住んでいた山に帰ろうかなぁ。でも、山の仲間たちは、みんなケーキなんてきらいだっていうし……」
「おぉい、ワオン、『ワオンのおとぎ喫茶』繁盛してるか……って、あれ、なんだ、今日は休みか?」
ぐったりとうなだれているワオンを見て、甘党仲間のマーイが大きな目をぱちくりさせました。マーイは旅する三毛猫で、人間の町にくりだしては、いろいろと面白いお話や、おいしい食べ物をおみやげにくれるのでした。『ワオンのおとぎ喫茶』を開くときも、いろいろと手助けしてくれたのです。
「あぁ、マーイか……。はぁー」
「おいおい、なんでおれの顔見てため息ついてんだよ。……もしかして、繁盛してないのか?」
マーイに聞かれて、ワオンはうなだれたまま、オープン初日のことを話しました。
「やっぱりそうか……」
「ちょっと、やっぱりってなんだよ! ひどいよマーイまでそんなこというなんて」
「あぁ、すまんすまん、じょうだんだよ。だけどまぁ、そんな気を落とすなよ。大丈夫、お前がみんなを食べたりしない、いいやつだってことは、森のやつらもそのうちわかってくれるはずさ。……あぁ、そうだ、また人間の町で面白いものを見つけたぜ」
テーブルにだらんとなっているワオンを起こして、マーイはかついでいたふくろから、なにやら取り出しはじめました。それはどうやらなにかのカードみたいでした。
「マーイ、なんだいそれ?」
「これはな、人間たちが遊ぶ、『カードゲーム』ってやつだよ。ネコカフェでさ、人間たちとたわむれて、それでお小遣いもらったから、その足でまた喫茶店めぐりしようと思ったんだけどさ、『ボドゲカフェ』とかいうおかしな名前のカフェがあったんで行ってきたんだよ」
マーイにとってはラッキーなことに、その『ボドゲカフェ』はどうやらネコお断りではなかったようです。最初はネコがゲームをしたいといいだすので、とまどう人間たちでしたが、そこは口のうまいマーイのこと、すぐに人間たちととけこみ、あまーいキャラメルとおいしいミルクをごちそうしてもらったのです。
「そこはさ、ただ単に甘いものを食べたりできるカフェじゃなくって、食べたり飲んだりしながら、この『カードゲーム』ってやつで遊ぶことができるんだよ。これがまた面白くってさ。人間たちは、おれがネコだからってタカをくくってたのか、油断してたのか知らないけど、けっこう勝てて、楽しかったぞ」
なんとも得意げに話すマーイでしたが、ワオンはカードにくぎづけになっていました。なぜならそのカードに描かれていた絵が……。
「マーイ、これ、おいらが描かれてるよ!」
「おっ、気づいたか。そうなんだよ、このカード、お前そっくりのオオカミが描かれてたから、きっと気に入るだろうなぁと思って人間たちにおねだりしてもらってきたんだよ。まぁ人間たちも、ボドゲカフェならぬボドゲネコカフェを楽しんだんだ、おあいこってことで許してくれるさ」
軽口をたたくマーイでしたが、ワオンがまるで骨を前にした子犬のように目を輝かせて、しっぽをふりふりしているのを見て、ハハハと楽しげに笑ったのです。
「わかってるよ、ちゃんとお前にもルールを教えてやるからさ。……いや、待てよ。なぁ、ワオン。こうなったらいっそのこと、この『ワオンのおとぎ喫茶』も、『ワオンのおとぎボドゲカフェ』に改造しちゃったらどうだ?」
「ええっ?」
これにはワオンもびっくりした様子で、口をパクパクさせてしっぽをピンと立たせています。しかしマーイはすでに乗り気です。勝手にうんうんとうなずいて、ゆっくりひげをなでつけました。
「いや、我ながらいいアイディアだぜ。だってよ、ワオンのおとぎ喫茶には、みんな来てくれなかったんだろう? それならリニューアルして、ワオンのおとぎボドゲカフェにしたら、もしかしたらみんな来てくれるかもしれないじゃないか。それによ、そりゃあ喫茶店でゆっくり飲み物とケーキを楽しむのもいいかもしれないけど、みんなでワイワイ楽しむほうがいいじゃないか」
「そういわれてみれば、そうかもしれないけど……」
ワオンは考えこむように首をひねりました。ですが、マーイは完全にやる気満々になっているようで、肉球でぷにぷにの手で、器用にカードをシャッフルしていきます。
「ま、お前もこのゲーム、『赤ずきんちゃんのお花畑』でもプレイしてみろよ。本当はもっと人数がいたほうが盛り上がるんだけどさ、まぁ最初はルールと、カードに慣れてもらうために、おれとお前だけで遊んでみようぜ」
マーイにうながされて、ワオンはまだ考えながらも、配られたカードに目をやりました。裏返しになっているカードには、どれもかわいらしい女の子の絵が描かれていました。女の子は赤い頭巾をかぶっています。
「あれ、もしかしてこの子、赤ずきんちゃん? ほら、お話に出てくるあの……」
「そうさ。このゲームの名前は『赤ずきんちゃんのお花畑』だ。だから赤ずきんちゃんに関係するカードがいろいろ出てくるのさ。ま、とりあえずカードを手に取って見ろよ。あぁ、爪はちゃんとしまっておけよ」
マーイにいわれて、ワオンはこっくりしてからカードを手に取りました。爪を引っこめ、器用にカードを指でつかみます。
「わぁ、きれいなお花の絵だね。おいらの喫茶店のまわりにも、こんなお花を植えたらみんな来てくれるかなぁ?」
「もちろんさ。それにこのゲームで遊んだら、きっとみんなワオンのおとぎボドゲカフェに来てくれるぜ。毎日満席で、これからいそがしくなるぞ」
もうすでにワオンのおとぎ喫茶は、おとぎボドゲカフェに改名されることが決定したようなマーイのいいかたでしたが、ワオンはそんなことには全く気づかず、ニコニコ顔でカードを見ています。もちろんしっぽも、ふりふりとゆれてごきげんです。
「とりあえずゲームを始めるとするか。ま、ルールはやりながら説明していってやるよ。そこまで複雑なゲームじゃないからな」
マーイがひげをなでつけながら、へへっと得意げに笑います。ですが、そのときのワオンは知るよしもありませんでした。このゲームが、ワオンをカードゲーム、そしてボードゲームの面白さに目覚めさせるなんてことを。そして、おとぎの森の仲間たちが、みんなワオンのおとぎボドゲカフェに夢中になっていくなんてことを……。