02 家出少女
午後8時を回る頃、流石にお腹が空いたと身体が訴えてきた。
ぐるぐると鳴る腹の音に佳代子は苦笑いした。
「生きてたらお腹も減るよね」
涙でカピカピになった顔を洗い、洗面台に写った顔を睨み付けた。こんな顔だったっけ?と、鏡に写る自分をはたと見やる。ごしごしと乱暴に顔の水を拭い、玄関に置いてある車の鍵をパンツのポケットに突っ込んだ。潰れてしまったbBの代わりに、新しく購入した車は真っ赤なボディがかわいいミニクーパーを選んだ。理由は妹に勧められたから、と至極単純なものだ。
「何にしようかな」
坂を降りてすぐの駅近くのコンビニに入った佳代子はお弁当コーナーの前で頭を傾けた。
コンビニ弁当をいくつか物色し、結局いつもと同じデミソースオムライスを手に取った。レジでオムライスを差し出し、181番くださいとタバコを頼む。
「こちらでよろしかったですか?」
「はい」
「お会計953円になります」
「PayPayで」
「かしこまりました」
「どうもありがとうございます」
「ありゃしたぁ」
愛想のない店員からオムライスとタバコを受け取り、車に乗り込んだ。踏み切りの前でコーラを買っていないことに気がついたが、めんどくさくなりそのまま帰路についた。
踏み切りを越え、ゆっくりと坂を走っていると見慣れた人影が目についた。
窓を開けて大きく叫ぶ。
「ゆうき!」
人影はビックリしたようにこちらを向くと、無言で車に乗り込んできた。
「佳代子いるとかラッキーだったわ」
「いや、勝手に乗ってくんなよ」
「呼び止めたってことはそういうことだろ」
にたりと笑う男は佳代子の大学時代からの友人であり、今は某出版社で連載する漫画家様である。名前は榎本祐希。
祐希の手にはパンパンに膨らんだエコバックが握られていた。
「お前のとこ行く途中だったんだよ。コーラも買ってるんだからいいだろ?」
膨らんだバックは大量のコーラとお菓子であった。佳代子はそれを一瞥すると、はぁとため息をついてアクセルを踏み込んだ。
「階段」
ん?と、祐希が首をかしげる。
「階段上るの肩かしてよね」
勿論だ、と祐希は嫌みな顔でにたりと笑った。ふんっと笑い返すが、この男はどうしてこうも邪険な顔しかできないのか。佳代子は目を細めた。
「綺麗になったな」
家につくとコーラを冷蔵庫に突っ込みながら祐希が呟いた。
「前にきたのは…」
「桜子がまだ生きてたときだよ」
そうだったそうだった、と繰り返し答えて、佳代子にコップを手渡す。
「PCもないじゃん、仕事は?」
「休みにした」
「また、なんで」
「困ってないからよ」
「あっそ」
聞いておいてその態度かよ。むかりとした感情をそのままぶつけるが、祐希はお構いなしと寛いでいる。
「じゃあ俺の頼み聞いてくれない?」
はぁ?と、怪訝な顔を向けるが関係なしと祐希は続けた。
「知り合いの女の子がね、家出してんのよ」
「それで?」
「今うちにいる」
思わず飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。それもそのはず。祐希の家は男所帯の漫画家、同棲、激狭物件だからだ。
「彰人さんはなんて?」
「娘ができたみたいって猫可愛がり」
「そらようござんした」
「おかげで家に帰ってくるのがはやくなりましてね、彼ったら」
「もっとよかったじゃん」
祐希はよくねーよ、とごちてコーラを一気に喉に通した。
「その子しばらく預かってよ」
「なして」
「うちじゃ狭いし、なによりおっさん二人の家に女の子はまずいでしょ」
「でも二人ともゲイじゃん」
「そーゆー問題じゃない!」




