01 はじまり
どうも、うみnecoです。引き続きプロローグをお読みくださりありがとうございます。
本編まで長いですよね、わかります。
なかなか進みませんよね、わかります。
本当ごめんなさい。どうにか簡略化できないものか…悩んでます。
スワローズは地下にある箱で、階段をおり重たい扉を開くと縦長の空間になっている。扉脇にバーカウンターがあり、奥に一段上がったステージとステージを区切る柵が設けられている。バーカウンターの裏側にトイレがあり、それを過ぎると二重の扉になった楽屋がある。この作りは、スワローズの店長・幸人さんの拘りらしい。
既に車を持っていた恵は美穂とそのバンドメンバーに頼まれ、機材の運び係として呼ばれていた。佳代子は言わばおまけで来ただけだった。だけど、おまけでも来てよかったと佳代子はこの日を思い出す度思った。
佳代子はその日の桜子のステージとパフォーマンスに釘付けになってしまったのだ。所謂、一目惚れというやつだった。
ドラムボーカルをつとめる桜子の圧倒的な声と小綺麗な見た目からは想像もつかないダイナミックなドラムに心を持っていかれてしまったのだ。
「打ち上げどーすんの?」
先に声をかけたのは桜子だった。
ライブが終わり、自分達はこのまま帰るかどうするかと、美穂やそのメンバーに話しているところだった。しかし、佳代子は二つ返事で
「打ち上げ出ます!」と、勢いよく答えていた。
隣で美穂たちが爆笑していたのは言う迄もない。
薄暗いライブ会場から一転。証明が全体に照らされ、箱の中は完全打ち上げモードに変わっていた。幸人さんの挨拶と主催のバンドの挨拶をかわぎりに、乾杯の音頭が取られ、みなが一斉に飲み始めた。
様々なバンドメンバーがバラバラに座り、みな思い思いに飲み始めていた。
佳代子は緊張しながら、桜子に話しかけた。
「あの、お名前教えてもらってもいいですか…!?」
声が上ずってしまったのが恥ずかしかったのか、佳代子は顔を手で覆った。するとコロコロとした声で桜子は笑った。
「ははっ、改めて挨拶しなきゃやんね!
私は松戸桜子。アナフラのドラムです」
はい!と、大きく佳代子は返事をして、また桜子に笑われてしまった。「あんたほんま可愛いなぁ」なんて言いながら。佳代子は桜子の訛りのある話し声に、またも惹かれてしまっていた。
「あんたの名前は?」
「あ、かよ、佳代子って言います。S芸大の3年生です…一応ギタボやってます…」
しりすぼみになりながらも、佳代子も挨拶をする。
なんとも新鮮で楽しかった。今思えば、軽やかにコロコロと笑う桜子に一目惚れ、二目惚れをしてしまっていたのだろう。その日話しているうちに、桜子が佳代子より1つ年上で、高校卒業してからフリーターをしながらずっとバンドをしているということを知った。そして母親が幼い頃に亡くなっていて、父親がスタジオミュージシャンとして全国を回っていること。そのお陰で自分もバンドをしていることなどを知った。今までのライブの話や自身の好きな音楽、父親のステージについて話す桜子はとても楽しそうで、「音楽に生きているんだな」と、佳代子は桜子の話に耳を傾けた。
「佳代子ちゃんはさ、バンドって好き?」
桜子の問いかけに佳代子は悩んだ。
「じゃあさ、絵描くのは?どうなん?」続けるように桜子は佳代子に疑問をぶつける。
しかし、やはり佳代子はすぐに答えられなかった。何となく絵が好きで目指した芸大、そこでなんとなく入った軽音部、今までピアノを習っていたことから音楽のハードルが低く感じていた佳代子は簡単にコピーバンドをしていること、真剣に人生で音楽を楽しんでいる桜子に正直に言うか悩んでしまったのだ。恥ずかしいと感じてしまっていた。
今までの人生、真剣でこそあれ、理由はどれもなく、ただなんとなく続けているだけだった佳代子にとって、苦手な質問のひとつだった。好きなのか嫌いなのか。はっきりいうには理由が必要。物事には原因が必ずある。そう教えられ、しかし分からずに今日まで育ってきた佳代子にとって、目の前の桜子に素直に伝えるには難しいものだった。それを見つめていた桜子は、何かを感じたのか、ぽつぽつと話し始めた。
「ふふ、悩んどるなぁ。でもさ…
なんでもいいんじゃないかな?
さくらは何でもやっとることはみんな好きやで。
ドラムも今のバイトも、ごはん食べるのも。嫌いなもんはやりたくないしさ。
ただ目の前にその環境があって、やれるところに自分がいて、ただなんとなく好きだなって思ってる。今はこれにただ向き合ってるってだけでも全然エエんやないかなぁって思っとるからさ。
意味なんて後からついてくるもんだからさぁ、好きに理由はなくていいんじゃない?って。
楽しいか楽しくないか。それだけやもん、さくらは」
佳代子のなかで、何かが溶けていく感覚がした。
桜子の言葉は軽かったが、それが佳代子にとってはとても嬉しかった。何となく、が正当化された瞬間だった。
桜子と打ち解け、仲良くなるのに時間はかからなかった。
桜子が佳代子を誘ってバンドを始めると同時に、今の家に二人で引っ越した。両親は少し怪訝な顔をしたものの、了承してくれた。
坂の上のアパートで住むために佳代子は貯金していたお金を全て使って車を買った。音楽が聴きやすいからという理由で、中古のbBは桜子と二人で決めて選んだものだ。
大学卒業の頃には桜子、佳代子、恵、美穂の四人のバンドは県外でもファンがつくほどには活動が広がっていた。UDの愛称で親しまれ、芸大生によるバンドグッズは当時かなり人気があった。その後、バンドを続けながら、恵と美穂はそれぞれデザイナー事務所とアクセサリー工場に就職。佳代子は学生時代から続けていたイラストやウェブサイトのデザインの仕事を独立させ、事務所を立ち上げた。家で仕事を出来るように事務所を立ち上げたのは自分のためでもあるが、桜子の存在も大きかった。桜子の知名度はかなり高く、音楽事務所からのオファーやプロのサポートのオファーが来ることもしばしばあり、少しでも一緒にいる時間を作るために在宅を希望したのが、事務所立ち上げのきっかけだった。桜子の趣味で始めたドライフラワー作りや、ユーフォーキャッチャーなどで、二人の部屋は思い出や宝物でたくさん増えていった。
料理が苦手な桜子と掃除が苦手な佳代子は家事を分担したり、それで喧嘩をしたりと、幸せといえばその通りの時間だった。
佳代子にとっても、桜子にとっても。
二人が暮らし始めてから4年目の秋だった。翌年の夏フェスに出演オファーが来た。美穂は飛び上がって喜び、仕事で忙しかった恵はぐったりとしながらも「絶対休みとる!」と意気込んだ。
いつも集まる美穂の家の近くのバーで飲んでいる日だった。
「どうせならさ~、夏に新曲ぶち当てん?佳代子の作詞で」
桜子の突然の提案に三人は驚いた。「え?まじ?!」と一番に驚いていたのは美穂だった。何せ中学からの付き合いで佳代子が国語が大の苦手なことを知っている唯一の存在だったからだ。
「流石にかよには無理なんじゃない?」
「そんな全面否定しなくても…」と、佳代子はムッとするも確かにと内心同感していた。
「でもさ~さくら的には佳代子に書いてもらいたいんよ」
ほろ酔いの桜子は佳代子にしなだれかかっている。
「無理か無理じゃないかは、佳代子が決めることじゃん」
「そうよね、私も佳代子がやるって言うなら大賛成よ」と、恵も同調した。
え~、とブー垂れているのは美穂だけである。今まで作曲はもとい作詞に関してはずっと恵がやってきていた。彼女の書く歌詞と桜子の作曲でバンドの曲はやってきていたのだ。
美穂がビールのおかわりを店主の蓮実さんに頼むとすぐにキンキンに冷えたビールが運ばれてきた。
「今すぐやれって訳じゃないし、佳代子書いてみ?」
にやにやと桜子が笑う。
「まあ、時間あるしやってみたら~」
美穂は冷えたビールをぐびりと飲み、ガンっとテーブルに叩き置いた。美穂も相当酔ってきているようだ。
飲み始めてからいくぶんか時間もたち、既に深夜の2時を回っていた。蓮実さんの好意でもう少しだけ、と飲ませてもらっている状況だったので、そろそろお開きにするかと解散になった。帰路につく途中、たばこを切らしたという桜子のために一度コンビニに立ち寄った。
コンビニから出てきた桜子は上機嫌にたばこを1本取りだし、アニメのロボットキャラクターが描かれたお気に入りのライターで火を着けた。深夜の肌寒い空気に白い煙がもわりと浮かぶ。今日は新月なのか月が見当たらなかった。
「佳代子は空見ること多いよねぇ」
「え?」
「歩いてたらしょっちゅう空見よるもん」
「無自覚だったわ…」
「へへ、さくらは佳代子の知らん佳代子も知ってるってことよ」
コロコロと桜子は笑って煙を吐いた。
(桜子のためにこの人の知らない桜子のこと書きたいな)
ふと、そんなことを考えた。佳代子は胸のうちがすーっと綺麗になっていく気持ちになった。穏やかだ。
佳代子は桜子の顔をちらと見やった。ばちりと目が合う。
「やるかぁ」と、佳代子は呟き、桜子の空いた左手を握った。桜子もその手を緩くふんわりと握り返す。くすくすと二人の笑い声が夜に飲み込まれていった。冷たい空気がたばこを美味しくするのだ、と桜子は言う。佳代子はうんうんと頷いた。
幸せを噛み締めるように二人は坂を上った。
さいごまでお読みくださりありがとうございます。
やっと次で一章に入りますね。
どうぞ次もお楽しみいただけると嬉しいです。




