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流れて、春  作者: うみneco
1/3

00 プロローグ

はじめまして、うみnecoです。

文字書き初心者すぎて言葉の表現って難しいんだなぁ、やっぱ漫画かくほうがらくだよ~なんて思いながら、なんとか書いています。

お見苦しいかもしれませんが、読んでいただけたら幸いです。

 ひりつくような陽射しに身体を焼かれる暑さで目を覚ました。


 ぼんやりと目を開けると真っ白い天井が視界で揺れる。もの一つない寂しげな10畳程度の部屋には南西に向いたベランダからのみ風が入ってくる。梅雨があけまだ間もない時期だが、夏がすぐそこにあるかのような蒸し暑さが立て込んでいた。


 茶色いフローリングはベランダ側が日に焼けて、薄く剥がれかけている。そこからすぐ見渡せる隣の閑静な住宅街から、この時間帯は小さな子供の遊ぶ声が聞こえる。


 遠くでさおだけ屋の軽トラックがくぐもったスピーカー音を響かせながら今日もゆっくりと住宅街の周りを走っている。南風がベランダのカーテンをゆらりとはためかせ、照りつける陽射しの強さを際立たせていた。


「暑いな…」


 ぽそりと呟いた声は子供の声でかき消され、声を発した本人すら聞き取れなかった。


 最寄りの駅から踏み切りを越えて緩やかなカーブの坂を上ってすぐにある築22年のおんぼろアパートは、鉄筋作りのためか夏は暑く冬は寒い。単身赴任者や学生が多く住むこの3階建てのアパートは間取りが1Kの小さな部屋が12部屋はいっている。エレベーターがなく階段を上らなければならないこのアパートで、東から2番目の303号室の部屋に茂木佳代子は住んでいた。暮らしはじめてもう5年目になる部屋はあまりに殺風景で、生活感が一切感じられなかった。


 時計を見ようと壁に視線を移したが、そこには何もなくただ真っ白い壁があるだけ。数週間ほど前までそこでかちりかちりと時を刻んでいたふくろうに模した緑色の木の掛け時計は今はもうない。ふぅ、とため息を漏らし、床にあるスマートフォンを手探りで手繰り寄せ時間を確認する。


 時刻16:12。西日が暑いのも納得の時間だった。


 佳代子は重たい身体をぎしりといわせながら起き上がると、腕を広げてぐっと伸びをした。顔にかかった長い前髪を無造作にかきあげて、今度はぐいっとくびれを横に回して伸びをする。腰の方からピキピキと音がしたのは聞かなかったことにして、キッチンに向かって重い足を引きずった。ワンルームの扉を開けると右側にあるキッチンの電気をつけ、足元のケトルに水道水をいれ、かちりと電源をつける。ボロボロで蓋が空かなくなったアルミ製のゴミ箱に腰かけるとコンロ下に無造作に置かれた鳩の絵柄がついた黄色いパッケージのタバコを手に取る。残り三本しかないのを確認してまたため息を漏らし、うなだれた。


 タバコの近くにおいてあったライターで火をつけると、さっきより大きなため息と共に煙を吐き出した。


 なぜこうなってしまったのだろう。佳代子は頭をがしがしとかきむしった。


 慣れ親しんだはずのこの部屋が今は空しい。


 タバコをくわえたまま部屋に投げていたギターを取るとチューニングのあってない弦を爪弾いた。


 じゅっと焼けるような音と匂いが髪を焼いてしまったのだとすぐにわかった。吸いかけのタバコを灰皿に揉み消すと、佳代子はかすれた声でギターに合わせて歌う。お世辞にも綺麗とはいえない声で燻る煙のように歌った。


 頭ではわかっていても、身体はいうことを聞かないもので。瞳からポロポロと塩水が溢れてくる。かすれた声が嗚咽にまじって狭い部屋にじわりと虚しく響いていた。


 佳代子にとって音楽は正義だった。


 彼女と作る音楽が佳代子の生き甲斐だった。


 彼女と歌うことだけが唯一の人生だった。


 それだけで今日まで生きていた。


 いや、生きてこれていた。


 半年ほど前、駅1つ先の小さな箱で彼女は自身が組むバンド仲間と練習をしていた。


 メンバーの美穂、恵、桜子と、その日もいつも通りの練習をしていた。


 美穂はベースを担当しており、いつもカラフルなワンピースを着、顎の下辺りの長さで切り揃えられた真っ赤なおかっぱがよく似合う可愛らしい風貌をしている。パッチリとした二重の瞳と小さい口から覗く大きめの歯が小動物のようで男性からモテるのだろうな、と想像してしまう。恵はギターを担当しており、身長が168センチと女性にしてはなかなかの長身で、真っ黒でサラサラのロングヘアーとモードな服装が彼女の色気をより醸し出している。本人曰く、つり上がった目がコンプレックスらしいが、桜子からすればそれがチャームポイントだと主張していた。


 恵とは正反対に、桜子は小柄で背も低く、アーモンドのような瞳とすっと通った鼻筋は綺麗で可愛らしい顔立ちで頭の形に添ったショートヘアーがよく似合っていた。担当楽器はドラム。毎回違った系統の奇抜な服装をしており、練習中に「これじゃ叩けんわ」と自分で着てきた服に文句を言うこともしょっちゅうだった。大体そういう日はデートのあとだったり、服のモデルをしてきたあとのようだった。


 他愛もない会話を挟みながら、およそ3時間程度の合わせを終えて彼女たちはいつものごとく重たい機材を抱えて箱を出た。練習前はまだ少し明るかった空が真っ暗になり、街頭や道を走る車のライトで町は照らされていた。


 恵のワゴン車に美穂が自分のと恵の機材をを積み込み、桜子は佳代子の車、bBの後部シートにシンバルやキックといった自身の荷物を乗せ、その隙間にガチャガチャとうるさい自身のエフェクターを詰め込んだ。いつも通りの、さも代わり映えのない、流れである。


「晩御飯どうする?」と、美穂が恵の車の助手席の窓を開け呼び掛ける。


 うーん、と皆が首をかしげるも、すぐに桜子が「いつもの店で」と、提案する。


 いつもの店とは、美穂の家の近くにあるこじんまりとしたバーのことである。そこの女性店主もバンドをやっており、佳代子たちとも気の知れた仲であった。


「それでいっか」と、少し低めの落ち着いた声で恵が答えると同時に美穂も「さんせーい」と甲高い声で答えた。


 恵が先に車を出し、あとに続くように佳代子も車を出発させた。


 その時だった。


 一台の車が猛スピードで佳代子の車に衝突してきた。


 道路に面した箱の駐車場は、道を出てすぐのところに十字路があり、時差信号と横断歩道がある。緩やかに道が駐車場側の路側帯に向けて傾いている。見通りはよいものの十字路を中央に道が少しカーブがかっていた。


 爆発音のような大きな音をたてて佳代子のbBと突っ込んできた車はぶつかった。急ブレーキを踏むキーっという音もなく、勢いよくアクセルを踏んでいた相手の車はbBを押し付けて止まり、電柱に挟まれるように停止した。サンドイッチのように挟まれた車は電柱に触れた助手席を中心にくの字にへこみ、運転席側は大きくひしゃげ、相手の車のフロントはばっくりと大口をあけていた。


 一瞬の出来事だった。


 暫くして救急車とパトカーのサイレンが駆けつけ、そこから先は地獄のような光景だった。


 救急車を追いかけるように恵たちもすぐに病院に向かったが、救急治療室に入った佳代子たちにはすぐに会えなかった。


 佳代子が目を覚ましたのはその約二週間後のことだった。


 何が起こったのか、なぜ自分がここにいて、なぜこんなにも身体が痛むのか理解するのに時間はかからなかった。


 病室にはすすり泣く友人二人と父と母、東京に出ていたはずの妹と末の妹が自分を囲うように立っていた。母と目が合い、口を開いたが、息が喉の奥からヒューと漏れるのみで、佳代子の声は出なかった。


 桜子は?と聞きたかったはずなのに、喉と肺が痛むばかりで、声が出ない。


 慌ただしく看護師らしき人たちと、たぶん医師であろう四十くらいの男がやってきて、佳代子の身体を見たり、繋がれた機械の数値をみて何やら父と話していた。


「よかった、ほんとによかった…」


 美穂が涙をつつと流しながら佳代子の手を握る。その手は微かに震えていた。恵はハンカチで顔をおさえ、声が出るのを必死で堪えていた。


「かよねぇ」と、何度も妹達は呟き、佳代子の被っている布団を握りしめている。


 きょろりと部屋を見渡し、皆のいる位置を確認した。


 その時佳代子はふと違和感を感じた。音が片方からしか聞こえないことに気づいたのだ。イヤープロテクターをつけているようなそんな感覚だった。ピ、ピ、という機械音、両親と医者の声、妹達の安堵の声、感覚的に片方からしか聴こえないのないのだ。


 しかし、そんなことはどうでもいいと、佳代子は友人達に目で訴えた。


『桜子は?』


 桜子はどうしたのか?と。


 自分の事などどうでもいい。


 あの子は。


 あの子は今どこにいるのか。無事なのか。そればかりが気になって。


 佳代子の思考を察したのか、恵は首を横にふるふると振り、目線を落とし顔を曇らせた。それが何を意味するか佳代子は容易に判断がついてしまった。


 いったのか、あいつ。


 自分の片割れともいえる、桜子。


 大切な存在。


 あの一瞬で、自分の全てを失ってしまったのか。


 佳代子は開いていた瞳をまたゆっくりと閉じた。心臓がばくばくと鳴り響く。頭の先から足の先まで心臓になったかのように、全身が鼓動を叩いていた。


 落ち着け、落ち着けと自分を言い聞かせようと考えるが、心は言うことを聞かなかった。ざわつく気持ちと吐き気のする胃。高鳴る心臓。今にも叫びたいのにヒューヒューとだけ漏れる喉。


 そうか。


 あの子はもう、いないのか。


 佳代子はまた、深い眠りについた。


 退院は目が覚めてから約三ヶ月後のことだった。外はもう春色に染まり、涼しげな風が頬をなぜる。鮮やかな緑が、時間の経過を物語っていた。近くの中学校から懐かしいチャイムが鳴り響く。たぶんお昼の休憩の合図だろう。病院の出入り口で母と立っていた佳代子の前に、父が車を近くまで回してきた。あの日の事故で車を潰してしまった上に運転の出来る状態ではない佳代子は、退院時の迎えを父に頼んでいた。


 松葉杖をついて父の車に乗り込み、久しく帰っていなかったあの坂の上の家に向かった。


 踏み切りを越えるとき、ふと、踏み切りのバーが歪んでいるのが目についたが、ぼうっとそれを横目に通りすぎてゆく。道中一緒に乗っていた母があれやこれやと話していたが、なにも覚えていない。家に帰りつくと、階段を上るのに父が肩を貸してくれた。


「人手が必要なら連絡してくれ。すぐにこっちに来るから」


 父はぶっきらぼうにも聞こえる声でそう言った。そっけない返事をして玄関で両親に手を降った。


 たぶん「引っ越すなら言えよ」ということだろう。


 部屋にはいると、ずっと誰も足をいれなかったのだろう。むわっとした空気が立ち込めていた。部屋のなかは桜子の好きだったホワイトムスクの香りで、懐かしさと虚しさで心臓が締め付けられた。


 ごうんごうんと水の入っていない空気洗浄機が棚の上で回っていた。ぐるりと部屋を眺めると、テレビ台の上の花がしなだれているのを見つけた。桜子があとでドライフラワーにすると言っていたトルコキキョウだ。


 花の首が垂れ曲がり、花弁が散らばり落ちているのを一枚取ってくしゃりと握りつぶした。


 片足でピョンピョンと移動し、セミダブルのふとんにぱたりと倒れこむと、埃っぽい匂いと懐かしい匂いで鼻の奥が詰まった。


 佳代子は自分が泣いていることに、初めて気づいた。


 自覚した途端に嗚咽がこみ上げ、ひんひんと声にならない音で泣いた。


 あの事故で失ったものはあまりにも多かった。




 6年前、佳代子と桜子はこの町から少し離れた『スワローズ』というライブハウスで出会った。まだ大学2年生だった佳代子は同じくまだ学生の恵と、美穂の出演するライブを見るために訪れていた。桜子はその対バングループの演者として来ていた。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

プロローグ…長いですね、すみません。

かなり長編になりそうな予感です。

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