夢の中の少年
「私、霊にとり憑かれてるんです」
青木先輩のところに相談したいと一人の女子生徒が部室にやって来た。
彼女の名前は信楽弥生。僕の同級生である。数日前から元気がないように見えたが、まさか怪奇現象研究会に相談しに来るとは思わなかった。周りから気味悪がられたり部室には幽霊がいるという根拠のない噂があるからだ。
「とり憑かれていると思う理由は何ですか」
「夢に、夢に出てくるんです。いつも同じ男の子が」
「男の子ですか。その子に見覚えはないんですね」
「はい」
信楽は見た夢を話し始めた。
最初は自分の家にいるらしい。いつものように学校へ行く準備をして出るとまっすぐ駅へ続く一本道を歩く。駅に着きホームへ向かう途中、階段に一人の少年が立っていた。そして、突き落とされたという。
「いつも電車に乗る前に男の子に突き落とされて目が覚めるの。朝起きたら汗びっしょり」
「悪夢を見せる霊ですか」
「悪夢だけだったらまだしも昨日は足を怪我したし」
包帯を巻いた左足をさすりながら信楽は言った。
「自転車とぶつかったんだっけ」
「ええ、そうよ。それだけじゃないわ。遅刻しそうになって自転車で駅まで向かおうとしたらパンクして遅れたし」
★★★★★
青木先輩と調査に乗り出した僕はまず、先輩に指示された通り信楽の家系を調べた。青木先輩は駅で起こった事故、事件の被害者に子供がいないか調べるようだ。霊感のない僕は除霊してもらった方がいいのではないかと思ったが、青木先輩曰く悪い霊はついていないらしい。
「アルバム持ってきたわ」
「ありがとう」
家系図と写真を見比べながら信楽が見た少年を探す。信楽家は彼女の住む地域を昔治めていたらしく、家族も多いらしい。
「さかのぼれば見つかるかと思ったんだけど」
「先祖が悪夢に出てきているってこと?」
「霊といっても悪さをするだけではなくて、これから起こることを注意するよう出てくることもあるから」
「へえ~あの子がね」
「実際起こっている怪我も電車に乗らせないためだろ?何かあるはずなんだ」
「青木先輩の助手みたい」
しばらくして僕と信楽だけでは限界があるとある人を呼んでもらった。
「おばあちゃんが来たわよ」
★★★★★
相談されてから三日後、夕方に青木先輩から連絡が入り駅で待ち合わせをした。
「何か収穫ありました?」
「ああ。大体分かった」
「ほんとですか!」
「今夜も現れる。その時になんとしても階段を登り切れ」
青木先輩の真剣なまなざしに頷くが、本当にできるか信楽は不安そうだった。
「男の子を押しのけてですか」
「今警戒すべきは信楽さんを追ってくる女性の霊だよ」
「女性の霊?そんなこと今まで一言も」
「言ったらきっと振り向くだろうから言わなかった」
黙ってしまった信楽の代わりに、僕が質問する。
「女性の霊は信楽の後方にいるんですね」
「駅で亡くなった霊だから道では手を出してこない。悪夢を見始めて今日はちょうど一週間だ。逃げ切れば終わる」
「逃げ切るなんて私」
「俺も行く。夢の中で会おう」
★★★★★
いつもと同じように自分の部屋で制服に着替え玄関に向かう。
「いってきます」
扉を開け右側を見ないようにしながら歩き始める。
コツ、コツ、コツ、コツ。
自分の足音に交じってカツン、カツン、カツンと背後から音が聞こえる。
来た。
信楽はそう感じた。じわりと背中に汗をかいている気がする。
「もうすぐ駅だ」
少し坂になっている道を登れば駅に着く。そう思ったら早く解放されたくて走り始めた。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
カツン、カツン、カツン、カツン。
(向こうも走りだしたの!?)
駅の改札口は開かれ、そのまま通り過ぎ階段に差し掛かる。
「えっ」
階段にいつもならいるはずの少年がいない。
(男の子がいないってラッキー)
一段飛ばしで登り、プラットホームが見える。
「やった!これで」
登りきる、そう思ったが何者かに足を掴まれこけてしまった。
「いやっ‼」
足を掴んだ方を見ると、髪の長い女がすぐ近くまできていたと分かった。
赤いワンピースに黒い髪、青白くて冷たい手にこの世のものではないと感じさせる。
「離して!はやく、はやく行かなきゃ」
掴まれていないもう片方の足で幽霊を蹴り、少し力が緩んだ拍子に階段を登りきった。
「青木先輩!」
「逃げ切ったようだな」
「なんとか。あれなんですか。なんで私が」
「信楽家の女子は皆体験しているようだ」
「え、そんな、だっておばあちゃん何も」
「彼女も来たようだ」
振り向くと例の少年が立っている。しかし、よく見るとボーイッシュな格好をしているが女の子だった。
「君の親戚の一也くんだ。男子の名前、格好をして両親は災厄を逃れようとしたが運が悪かった」
「あの霊に捕まったんですね」
「駅が作られる前にあそこで人が亡くなっている。近くに墓地もあって、飛び降りも起これば霊が集まるわけだ。信楽家はあの土地の所有者だ。被害者ともめて呪いをかけられているんだろうな」
「そんな、でも一言教えてくれていたら」
『信楽家一族を呪いで根絶やしにしない代わりに、信楽家の女子には成人になるまで一度だけ対決することになっているんだ』
一也は悲しげな表情で指を指す。
『電車が来たね。そこの女性の霊は僕が連れていくよ』
電車の扉が開き、中には透けて見える霊や人間の姿をしていないものまでいる。
電車が出発すると、青木先輩はまた明日と言って消えていった。