17
夜道なのだから当然のように暗い。
遠くから聞こえる虫の声に耳を澄ませていると、目当ての人物が急ぎ足でやって来るのが見えた。
雅実は物音を立てず、すっと物陰に隠れる。
中学の制服を着た少女がそわそわと通り過ぎるのを黙って見送り、暫くその場に佇む。
程なくして大学生風の若い男が少女の後をつけてやって来る。
それを見て、雅実は男の後ろに回り込み声を掛ける。
「もぅし」
時は黄昏。
道行く人は誰もおらず、背後からは気味の悪い声。
男の肩が大袈裟なまでにビクッと震える。
その瞬間、藤原が反対側から飛び出して来る。
勝負はアッと言う間だった。
男はこんな所に伏兵がいるとは思っていなかっただろうし、雅実は兎も角として、藤原はどうやら喧嘩慣れしているようだった。
男の膝裏に蹴りを入れ、堪らず地面についた手を掴んで反対に捻り上げる。
容赦ない。
雅実は藤原と喧嘩になった時は即座に逃げようと心に誓いながら、男を引きずり移動する。
「急に何だよ!」
激昂して暴れる男の顔面に藤原が再び蹴りを入れて黙らせる。
鬼か、コイツは。
内心で呆れながら雅実は膝を折って男の顔を覗き込む。
茶色に染めた髪は毛先を遊ばせており、チャラい。左耳にだけピアスを付けているところなんか腹が立つほどにチャラい。
よし、極刑。
何の罪もない中学生の女の子を怯えさせたんだ。去勢ぐらいしても構わないだろう。
独断と偏見による判断を下し、男の髪を鷲掴みにする。
「返事は『はい』か『いいえ』だけ受け付ける。誰に頼まれた」
雅実の質問に藤原がプッと吹き出す。それにジロッと目を向けると、クツクツと笑いながら藤原が言う。
「安藤、お前面白いわ。はいかいいえで答えろって言っといて、それじゃ答えられない事聞くなよ」
細かい男だ。鬱陶しい。
「煩い、ニュアンスでそれぐらい分かれ」
「まぁそうなんだけど……はぁ、つくづく意外な奴だな。道理で国枝が懐く訳だわ」
気になる事を言われたが、今は目の前の問題を片付けてしまおう。
雅実は男の頭をグイと持ち上げ、「早く答えろ」と催促する。
「知らねーよ」
男の答えと同時にその横っ面を張り飛ばす。
「答えたくないと言うお前に選択肢は二つ。一つはこのままストーカーとして警察に突き出される、二つ目は今ここで再起不能なまでにボコられる。はい、どっち!」
急かすように早口で捲し立てる。
雅実の勢いに付いて来れないのか、男はキョトンとしている。恐らくこのような展開は予想していなかったのだろう。不意打ちに弱いタイプと見た。
トドメとばかりに雅実は男の耳を引っ張る。
「どっちか選ぶまでヒマだからピアス引き千切ってるね」
小さな金具を指で摘んでグイッと引っ張る。
その痛みに雅実が本気だと覚ったのか、男が慌てて「本当に知らねーんだよ!」と大声を張り上げる。
「ナンパした女に頼まれたんだよ、名前は知らねー!」
思った通りだ。
取り巻きの新メンバーとして中島は佐伯を強引に勧誘したのだ。
その理由は取り巻きの数が減ったからだろうと思った。ならば、佐伯の妹を脅す為に必要な男手も新規で勧誘したのだろう、と。
「幾ら貰った」
中島が女王様でいられるのは、誰にでも股を開くから。あと、もう一つ。
それは金をバラまいているからだ。
「二万……」
たったそれっぽっちの金で中学生の女の子を襲おうとしたのか。前科がついてもおかしくないのに。救いようのないバカだな。
雅実はうんざりとした溜め息をこぼして、男の耳からリング状の金属を引き千切る。途端、悲鳴が上がり、藤原がニヤリと笑うのが視界の隅に映る。だが、雅実はそれを無視してハンカチを取り出し指先を拭う。バカが伝染りそうだ。