死に損ないの魔法少女(仮)
【プロローグ】
荒れ果ての大地は、瓦礫と陽の短い日の光で影を長くしている。
少女はその華奢な体つきに似合わない重装備を背負い、息も絶え絶えにその場に立っていた。
対し天にそびえる巨大な黒装束の塊は、荒い鼻息をしながらも身動き一つしないでいる。
「デス・レクイエム!!」
少女が唱えたその言葉。これで少女のいた光の発現地からあたりが一瞬にして光に包まれる。
険しく広大な大地も少女のその言葉で地響きを鳴らす。
まさに、死の世界、死の空間。
デス・レクイエム。禁忌の呪文の威力というものを、その瞬間まで世界は現実味を持って知らずにいた。
【第一話】
体が動くのでとりあえず動かす。
死ぬか生きるかの一本道においてそれは、感情や理性などではなく、もはや本能だ。
地鳴りがしたら息を止めるのも、障害物があったら避けるのも、背後に何かを感じたらとりあえず壊すのも、もっこりとした地面は避けて通るのも、色の付いたなにかがあったら決して触らないのも、近くに生命体がいたら身を隠すのも、その本能のひとつだ。
そうしないと生きていくことはできない。
「スゥーーーーー…ハーーーー」
あっさい呼吸をする。
慣れるまでは何度死ぬかと思ったが、慣れれば何度も命を救ってくれるありがたい技だ。
ところでここは…?
かろうじて這い出すことのできた左腕と頭を回して、ここが瓦礫の山の中腹部であると確認する。
瓦礫の山の全体像は、クレーターのように中心を広く高く囲うようにできているらしい。
「ここが異世界ってやつですかね。随分荒れてますが。ちょっと残念ですが、生きてるだけあやが…いやここが死後の世界ってやつで私はもしかして死んでるのか?」
やっと息が整ったところで、私の長セリフ。
「あーあ。異世界なんて馬鹿げたワード、生きてるうちに言ってみたかったな」
手足をジタバタさせるが、もうやめておこう。
このまま放置されたら死ぬしかないだろうが、神様がいるのなら…。
「神様がいるなら!魔法少女として!こんなに!世界平和の為に頑張って!何度も!何っども死の縁から蘇って!戦い続けた私を!見放そうなんてっ!しないっ!はずっ!でしょう!」
でしょう…でしょう…
語尾が何度もこだまする。
「神様!?神様!いるんでしょう!魔法少女が実在するだから、天使くらいよこしなさいよ!」
なさいよ…さいよ…
語尾がまたこだましている。
「それで私っ、ボンキュッボンのセクシーウーマンになって!チートの力で青春謳歌…」
涙がにじむ。
だめだよ、泣いたりなんてしたら。これから私は青春を…謳歌…してやるんだ!
「あーもうなんでもいいから!なんでもいいからなんかちょうだい!」
返事はない。
「私の…なにがいけなかったのよ!」
世界を崩壊させたのがいけなかった?
私が目の前で救えなかった人々が恨んでいた?
旅の途中で仲間をお花畑に置いてきたいけなかった?
ラスボスを一回で殺さなかったのがいけなかった?
魔法少女になるのが遅すぎた?早すぎた?
聖女の泉に写る自分に嫌いと言ったのがいけなかった?
貧血になって倒れるまで自分の血を流すべきだった?
魔法や魔物を故意に復活させ、手に負えなくなるまで育てた先王を憎んだのがいけなかった?
「………」
思い当たることは沢山ある。沢山あるけど、どれも後悔はしていない。国民に祭り上げられた分の、魔法少女としての義務は十分に果たしたし、思春期真っ盛りの乙女に人を嫌いになるなとか、いいとこ持ってくなとか、正直ノンフィクションじゃ無理でしょ。
「ねぇ!なんとか言ってよ!心の声もどーせ聞こえんでしょ!ねーえっ!」
おとさだはない。
せっかく貴重な体力消費して叫んでやったのに、無駄か…。
───ポツ………
頰に冷たいものが当たった。
───サァァーーーー
「くそくらえ」
私は親愛なる信仰の対象に侮辱的な言葉を言って、ちょっとした複合魔法を唱えて、瓦礫の山を水で溶かした。
そうして私は一応這い出たわけだが、なにか体の節々が悲鳴を上げている。
すぐ耐えきれなくなった足によって、私は気をつけようとする前に尻餅をついた。そのせいでお尻、背骨、その振動が四肢へと広がり、いっそなにかの拷問に思えてくる。
「…いったーーーいっ!」
今更だが、瓦礫の山の中でどのくらいか───見当もつかないが、不格好に埋められていた体は何箇所か折れているのではないかと思うほどの痛みを伴い、やはり立つこともできない。
「仕方ないっか。リスリープ」
私は仮死の魔法───というかむしろ呪い───を自分にかけた。
「ふぁぁあ…」
これでしばらくこうしていれば、獣に喰い殺されるか天使に助けられるかあるいは、何年かかるかわからないけど体力が完全回復するまで眠ることになる。
【第二話】
人間というのは生命力が強いもので、対魔法の防空壕の中で生き残った、たった数千万人が繁殖を繰り返し、立派な街を作り、いくつかの国も作った。
そこは国外。
危険都市とされる閉鎖空間で、ヒナリは目を覚ました。
「ふぁーーーーふぇ…」
デス・レクイエムを唱えた、今となっては最凶の魔女と言われる、かの有名な魔法少女ヒナリが、目を覚ましたのだ。
「おおっ生きてるよ」
自分の左胸に手を当てて、歳に似合わずまだふくらみこそないその胸からちゃんと鼓動があることを確認して、ヒナリはよろこんだ。
「へへっ!ザマーミロっ」
またヒナリは親愛なる信仰の対象に侮辱的な言葉を言って、朽ちた服の破片を叩いて落とし、近場に生えていた野草で服を編む。
「こういうのを器用貧乏っていうのかな」
正座して腰まで草が生えている野原に、もう瓦礫の山もクレーターも見る影もない。
きっとあの雨でクレーターの溝に瓦礫がたまって、長い間かけて自然な土を作ったのだろう。
とりあえず出来上がった草の服(?)をスカートにして腰に留める。
「次は胸」
こうして順調に円柱形をいくつも作り、魔法で溶接していく。
「さてと。最後は強化魔法に限るよね。何時間もかけて作ったんだもの」
そうしてヒナリは一度服を脱いで、近場の野草の上に放り、野草もろとも強化した。
ちなみに野草を強化したところで被害はない。その上に寝転んだら、背中が血だらけになるくらいだ。触るくらいでは小さな切り傷で済む。
「さて、煙の出てるとか行きますか」
ヒナリは遠く、遠い場所にある深緑の山をバックにうっすら見えるそこを目指し、のんびり歩いていくことに決めた。
え、なんで魔法使わないか?
そんなのは魔法に覚醒した時点から決まっている。いくら私のMPが高いからといって効力が高いからといって、手加減のできないポンコツ魔法少女の私が自分に身体強化や俊足の魔法をかけたら、四肢がちぎれるオチが目に見える。その点相手を倒すのには話が早くてありがたい。
死ぬか殺されるか、食うか食いつくすかの世界で、「みんなで仲良く」なんてお花畑の頭をしている形限りの仲間は、私が普段から瞬殺なので本物のお花畑に置いてきた。つまり、始まりの村から徒歩3日の始まりの深い森の事だ。
驚くことにいくら進んでも腰丈の黄緑色の野原なので、日の沈まない日々に適当に眠りながら進んでいく。
結局24回寝た。…二度寝含め。
そして私はついにたどり着いたのだ。山小屋らしきものに。
「こんこん」
返事はない。
「こんこん」
まだ返事がない。
今度は思いっきり声を高くして、可愛く言ってみる。
「こんこん?どなたかぁ、いらっしゃいませんかぁ?」
言っておくけど、私は普段からぶりっこぶりっ子してるわけじゃない。いないことがわかっているから遊んでいるだけ…
「誰?」
ドアが開いた。
「