9話 アリシエーラ
雨が降ってきた。私の代わりに涙を流してるみたいだ。こういう時は涙を流せばいいのだろうか。叫べばいいのだろうか。
「おい、お前。風邪引くぞ」
「………」
誰?私に呼び掛けてくる人は。今は、放っておいてほしい。色々あって私に考えが追いついてないから。考えないと。
「…何があったか知らねえが、そこで腐ってても、コケ生えるぞコラ!」
「触らないで!」
「じゃあ、自分の足で歩け!雨宿りする場所が近くにある。そこまで付いてこい」
「なんで…私に手を差しのべるの?」
「…ああ?俺に突っかかる余裕あるならそこでくたびれてんじゃねえぞ」
「………」
歳は30代のおじさんでしょうか。信用できる相手には見えない。
「ここが俺の家だ。古くさい家だが文句言うなよ」
「………入らないですよ」
「ああ?風邪引くだろうが。ああそうか。俺はお前みたいなガキには手は出さねえよ。チッ…なんで俺はこんなことしてんだ」
「…わかりました。雨宿りしていきます」
「わかった?ヤケに素直だな…」
うわ。なにこの家は。ゴミが散らかってて、異臭がするし、歩く場所もない。これで生活してたなんて考えられない。
「よく、私を誘えましたね」
「文句言うなって言っただろが」
「片付けます」
「あ?ちょっと待て!勝手なことすんな!」
元お嬢様育ちが2年間自然と隣合わせの生活をしたら、自分の身の回りは何でもできるようになった。
「ゴミはちゃんと捨てる場所に持って行ってくださいね」
「人の家を勝手に片付けやがって…」
「せっかく家を掃除したのに感謝もしないんですね」
「誰が頼んだ?勝手にやりやがって、余計なお世話だ」
「あ、そう」
別に感謝してほしくてやったわけじゃない。まだ異臭はするけど、居心地悪い部屋にいるのは嫌なの。私はまだゴミ底辺に成り下がったわけじゃない。
「お前、何かあったのか?」
「………あった」
「話したくはなさそうだな」
「あなたに話しても何の意味があるの?」
「それもそうだな。俺は善良な人間じゃねえし」
「盗賊なんでしょう」
「!?」
「この古くさい家に似合わない宝石があった。恐らく盗難品ね。私の家にあった物と同じものもあったし。私の家からも盗んだようね」
「お前、どこかのお嬢さんか?じゃあ、ただでは帰さねえぞ。何をされるか分かってんだろうな?」
「それで食って生きるしかないなら、私は誰にも言わないわよ。善良でないなら、私に手なんて差しのべないでしょう」
「…やりづれぇ女だな」
「はいこれ」
「あ?なんだよ」
「落ちてたわよ。あなたが私に手を出せないのはこれでしょ。これで私はあなたを信用するわ」
「…これ、失くしてと思ってたアイツとの指輪…」
「見た目の歳から想像はしてました。言い方にも自身ありげで引っ掛かったから、掃除ついでに見つけたのだけど。ちゃんと整理してないから大事なものを見落とすのよ」
「……感謝する。この指輪はな、俺の命より大切な指輪だ。お前、名前なんて言うんだ」
「アリシェよ」
「俺はカギナだ。もう失くしたりはしない。もう肌身離さずこの手に付けておく」
「それ、婚約指輪?」
「ああ、そうだ。相手はもう10年以上も前に死んでしまったがな…」
「そう……」
「ところで、お前」
「アリシェです」
「…アリシェ。その服装。そしてあの場所。何があったか知らねえが、この指輪を見つけてくれたんだ。礼として話は聞いてやるぞ」
「…じゃあ、私はあなたより罪が深い人殺しなのよ」
「お前みたいな女の子がか?ウソだろ?」
「ある男の企みで、私は人殺しにされてしまった。私はある男に狙われているの。その男がまた何か仕掛けてくる。私はその男と戦わなければならない」
「事情は何となくわかった。お前にストーカーがいて、その男がお前を人殺しの罪を被せた。けど、人殺しなんてやってないことを証明すれば」
「証明できない。手遅れ。死体は回収され、証拠も回収してるはず。私に姿を現さない時点で慎重に行動してるはずだから。人殺しの罪からは逃れることできない」
「なんで確信できるんだよ?打開する方法を考えれば」
「問題はそこじゃない。そんな問題に割く暇ない。それよりもあの男をどうにかしないと、私は人殺し以上にタチの悪い存在に果ててしまう。あの男は何をしてくるかわからない」
「その目は本気で戦ってる目だな。その問題、どうにかできると思ってるのか?その男に人殺しされてる時点で助けを呼ぶ人は限られるだろ?お前は誰を頼る?」
「私には兄がいたけど、兄は兄で違う問題を抱えてて、兄も命を狙われてるの。助け呼べる人なんて…他にいない」
「…なんだよ。兄がいるのならなぜ頼らない?命を狙われてる同士なら分かり合えるだろ?」
「そんな相手を気遣える余裕はないのよ!」
「怒るなよ…なら他に宛があるだろ。目の前に」
「…助けてくれるの?」
「お前の身の安全くらい守ってやる。指輪の礼だ」
「命を賭けるかもしれないわよ」
「俺は昔、傭兵をしていたんだ。腕も自信がある。頭を使うのは苦手だが、そういうのはお前…アリシェの方が得意そうだ。それとも、俺では力不足か?」
「いえ、指輪1つで私を助けるなんて、私としては都合は良いのだけど、なんでそこまでしてくれるの?」
「困ってる人が目の前にいるんだから助けたいに決まってんだろ?」
「私1人でも大丈夫ですよ。意地張って命まで私のために張らなくてもいいんですよ」
「それだとお前が1人だろ。また1人でくたびれていたら、見るに耐えねえ。俺が見捨てたようなもんじゃねえか。それだと俺が俺を許せねえ。助けてやるからお前はそれを了承しろ。文句は言わせねえぞ」
「わかりましたよ。じゃあ、条件があります」
「条件か?わかった。聞いてやろう」
「目立つ行為は避けてください。盗賊も私を守るのであればやめてくださいね!」
「な、なにぃ!?そ、それは…」
「守ると言うなら、まずは行動から示してもらわないと」
「それだと稼ぎが無くなるわけでな、俺の長所なんだが!」
「そんな長所は捨ててしまいなさい!」
「……っ!わかったよ!その条件飲んでやる!じゃあ、こっちからは提案させてもらうぞ!」
「提案?」
条件とは言わなかったから、断ることもできる言い回しね。
「アリシェって名前は本名だろ。姿を隠さないといけないのに、そのままの姿を晒すわけにはいかないだろ!名前とか着ている服とそれに髪型くらい変えられるだろ」
「名前、服、髪型。そうね。それくらいにしないとね」
丁度ナイフは持ち歩いてるのよね。
「髪長いって思っていたところなのよね」
「おま…ここで切るつもりか!?あ……」
肩まで伸びていた髪をバッサリ切って、首辺りまで髪を切った。あとで鏡使って細かいところを切ろうか。獣を切るためのナイフだとそれができないのよね。
「そんなあっさり切っちゃって良いのかよ?」
「覚悟はしてるもの。後悔しないから。服も編んで作るから、あなたの服をちょうだい」
「え…自分でやるのか?」
「当然でしょ」
「何者だお前…お嬢様育ちだと何でもできるのかよ?」
「んなわけないですよ。そうだ。本当の名前は隠さないといけませんね。名前は…アリシエーラにします」
「アリシエーラ…ってそんな名前変わってなくねえか!?」
「名前が長くなったので、省略していいですからね」
「少しでもバレないようにエーラってこれから呼ぶことにするわ…」
「はい。わかりました」
カギナというアリシェより歳は過ぎたおじさんを仲間にした。こんな私にもまだ仲間ができるものなのね。けど、まだ不安だ。まだあの男には敵わない気がする。