8話 真実と裏側
私はセンロティア・アレスで産まれ、センロティア・アレスで育って、センロティア・アレスの街を初めて歩く。
「いつも馬車で移動していたからなあ。こうやって外の道を歩くのは初めて」
家への帰り道なら覚えている。外を眺めるのが好きだったから。眺めていた景色を歩くのって、なんか自由でいいな。
「帰って来た。私の家」
ハクヤの家の何十倍大きな家なんだろう。改めて見ると自分の家が特別大きかっただろうなってそう思えてくる。
「あれ……」
庭や花壇が草で生い茂っている。手入れしていないのはおかしい。お父様がいるなら、人を雇って手入れしてるはずなのに。そうか。それは多分私のためだったんだ。私は外が好きだったから、庭くらい手入れしていたんだ。
「私のこと忘れてないよね」
私は今、昔居なくなった時に着ていた白いワンピース姿でいる。この日のために、普段着るのは一切控えていた。
「お邪魔します…」
って、自分の家なのに門を開くとそう言ってしまった。鍵いつも閉めていたはずだけど、私がいないからする必要もなかったのかな。
「お父様!私です!アリシェです!帰ってきました!お父様!」
大きな声で屋敷に向かって叫んだ。聞こえたかな。これくらいの声なら聞こえたはずだけど。お父様の部屋は庭を眺められたからきっと気付いてくれるはず。
「お父様!!」
また叫ぶ。すると、屋敷の玄関がゆっくり開いた。お父様かと思ったが、違う。
「…誰?」
知らない若い男。面識はない。
「君のお父様なんて知らないよ」
「どうして、私の家から出てきたのはお父様ではないんです?あなたはどちら様でしょうか?」
「外で話すより中で話すとしよう。君の白い肌が焼けてしまうからね」
「お気遣いどうもありがとうございます」
一応何者かわからないが礼儀正しくする。もしかしたらお父様をよくしてくれている人かもしれないから。
「この部屋でなら思う存分話せるだろう」
私とお父様が昔、食事をしていた場所だ。今思えば12人席で2人しか使わないのにこんな長テーブルで食べていたなんてね。
「君の呼ぶお父様はここにはいない。少なくともここには住んでいないよ。持ち主だった人はよほどショックだったのだろうか。この家を売りに飛ばした。もうこの家には住みたくはないとね」
「今、その人はどこに?」
「噂だと偉い人の執事になっているそうだが、ショックのあまりで自殺して死んでいるとも聞く。最近目にしてる奴はいないそうだ」
「随分詳しいのですね。あなたは一体何者なんですか?」
「君には昔、手紙を送ったよね。見てもらえたかな?」
まさか、私がこの家から連れ出された時、その前にストーカー気質の手紙があった。この人は、2年前にあの事件を引き起こした張本人。
「扉が開かない!?」
部屋を出ようとしたが、外で鍵を閉められていてびくともしない。わざわざ窓のない部屋を選んでいたのも、私を逃がさないため。この人と2人だけの空間にいるのは非常にまずい。
「まあそう焦らず話をしようよ」
「わ、私に何しようとする気なの!」
「君のことはもう守った。第一段階は思い通り、僕の計画した通りに事が進められた」
「どういうこと?私をあんな森の中に放り出されたのは何?何のためにそんなことをしたの?」
「君は外の世界憧れていた」
「なんでその事を知ってるの?」
その話は親しい人でもそれを知っているのは限られる。あまり人には話してないはずたのに。
「君はこの家に閉じ込められるのが嫌でいつか外の世界へ旅がしたかった。僕は君の理想に応えたに過ぎないのだけども。嫌なら2年も待たずして帰ってくるのは可能だったはずだろうに。僕の計画に甘えて帰ってこなかった」
「何が、言いたいのよ」
「君は僕の策にハマってしまってるんだよ。もう君は僕の思い通りになる」
「なるわけないでしょ!誰があなたみたいな人に!」
「君の好意なんて関係ないんだよ。君は僕の思い通りのまま、君は変わることになる。それとも、こんな屋敷の中に閉じこもるだけのお嬢様になりたかったわけではないだろ。君は外に出たいと願ったはずだ」
「なんで…その事をあなたが知っているの?私が外に出たいって…」
「君のことは昔から知っている。君の事をずっと考えていた。ずっとずっと。僕は君の業だ。君にどう思われようと、僕は君の人生を狂わしてでも、なにもしないお嬢様には戻れなくしてやる。外の世界へ連れ出してあげる」
「私はあなたに頼んだ覚えはありませんよ!私は…例え外に出たくても…」
「君は君に起きることだけを考えて行動する。それだけでいい」
「…私に、どうしてそこまでするのです。私を拐った時点であなたは罪人です…。国に捕まりますよ……」
「僕を捕まえることなんてできないよ。5年は早いね」
なんだか、目の前がうっすらぼやけてくる。あのときと同じように睡魔が襲ってくる。目の前の男も倒れてしまった。まさか、この部屋に睡眠ガスを放ったのか。そう気付いた時には遅かった。
目を覚ましたら、アリシェは同じ部屋で倒れたままだった。部屋の扉は開いており、他に変わった事があると言えば、目の前に倒れていた男は、ナイフで複数回刺された跡があり、殺されていた。
「そ、そんな……」
そのナイフを握っていたのは私自身。眠らされた時に、ナイフを握らされたのだろう。
「私が犯人にされてしまう…!」
指紋を検査されたら1発でアリシェが疑われてしまう。それに、わざとらしく私の身体にも服にも彼の血が染み付いていた。
「言い逃れはできない……!」
私はやってないと言って本当にそうだとしても、誰が信じてくれる?本当に私が殺してなくても、私が握ってるものは彼を殺した道具。血を浴びた私の身体。その場の状況判断だけでは私しか殺せる人はいない。
「…っ!?」
この人。指輪を付けていた。家族がいる。多分この人は、私を拐った男の被害者だ。私のために、人が犠牲になるのはおかしい。
「あの男は…私が捕まえる…!」
アリシェは自分の部屋で自分の持っていた服を漁り、身体に付いた血は拭き取ってすぐに屋敷を出た。
「…兵士?」
家の目の前になぜか兵士がいた。ここは上手く誤魔化そう。
「あれ、ここに人なんて住んでないと思ったのに。ここに住んでるお嬢様ですか?」
「はい、そうです」
「先程、通報を受けまして、ここら辺に事件が起きたそうなのですが。心当たりとか無いですかね?」
「いえ、全く心当りは無いですね。屋敷にずっとこもってましたので」
「宜しければ、屋敷の中を見させてもらえないでしょうか?」
「ええ。構いませんよ。けど、私は忙しいですので、気になることがあれば後で伺います」
「すいません。ご協力感謝します。えと、念のためにあなたの名前を教えてもらえないでしょうか?後で連絡したいので」
「私はアリシェ・ユケリア。ここの屋敷に住んでいた者です」
「アリシェさんですね。では、失礼致します」
できるだけ遠くへ離れよう。すぐに屋敷にいる死体は発見され、疑われるのは私だ。私はまだ捕まるわけにはいかない。
「困ったことになってしまった」
ハクヤなら私の事を信じてくれるはず。困ったことがあれば必ず助けてくれるはずだ。相談してみよう。いや、その前にハクヤの両親を探しの約束もしてたんだった。人前に出られる時間も間もないし、聞き込みするなら今のうちだ。手土産ついでに話を聞いてまわろう。
「あ、あの。すみません」
「なんだい?この馬車ならさっき予約が入って乗れないんだ」
「いえ、馬車に乗りたいんじゃなくて、えと、ロクド・エリートって人を知っていたら教えてほしいんですけど」
「あ?そりゃあこの国の英雄様、兵士の大将を務めているお方じゃねえか。あの人を知らないやつはこの国にはいねえよ。って目の前にいるのか」
「英雄…」
「あの人のおかげで15年前の三大陸戦争で帝国に勝ったんだぜ。今、平和でいられるのは紛れもなくあの人おかげだ。それに今でもこの国の治安を守っていて、自らこの国をパトロールする。英雄気取らないところがあの人の良いところだな。ロクドのファンも結構多く、自分の屋敷も持っている」
「屋敷ですか。1人で使うには大きくないですかね」
「何言ってんだ?ロクドは三人家族だぞ。娘さん確か4才か5才だったな。仲の良いご夫婦で羨ましいぜ」
今、この人なんて言った?
「あの!奥さんの名前。名前はなんですか!?」
「急にどうしたんだ?そんなに慌てて!」
「いいから!教えてください!」
ハクヤの母親はセレヌ。しかし、この人の口から聞いたのは別の女性の名前。この時、私は確信した。急いで、アリシェは教えてもらったロクドの屋敷へと向かう。
着いた頃には、手遅れだった。ハクヤはロクドと接触していた。ハクヤに剣を向けるロクドの姿が目に写った。
「ハクヤ……」
私は近付けなかった。次の瞬間、ハクヤは隙をついてロクドの目の前から逃げ出した。よく見たら遠くには2人の女の人と子供の姿が見えた。ロクドはハクヤを追いかけず、その2人の所に戻っていく。
「今のは?」
「悪党が居たから思わず抜刀してしまった。しかしこんな街の中、俺の家族の目の前では人を斬りたくはないからな。2人とも怪我はないか?」
「へいきー。お父さんこそ。悪党逃がしてよかったの?」
「すぐに捕まえてやるからな。安心しろ。あんな悪党は俺の敵ではねえよ」
「お父さんカッコいい!」
ハクヤの父親はあのロクドっていう言う人。けど、その父親であるロクドには別に家族がいた。小さな女の子の子供がいる。じゃあ、ハクヤは?もしかして、ハクヤはまさか隠し子なの?森にいたのはハクヤの存在を眩ませるため?センロティア・アレスに住んでいたのは本当の家族がいたから?
1つだけ分かったことは、ハクヤも困難を抱えてしまったということ。助けてほしいのはお互い様じゃないのかな。今はお互いに助け合う余裕なんて。私には今はない。
「ごめん……ハクヤ。けど、私も頑張って乗り越えるから」
私もその場から逃げ出した。そろそろ私も人殺しの罪人として、名が広まる頃だろう。
雲行きが怪しいわね。雨が降りそうだな。私はどこを歩いていけばいいのだろうか。