5話 旅立ち
嵐が過ぎた翌日、朝日は眩しかった。
「うーん!!久々の外の空気だ」
アリシェは早起きして、久々の外に出れたことが嬉しく背伸びをしてみたりする。
「やっぱ外にいたのはアリシェだったな」
「あ、ハクヤおはよう。私が初めてハクヤより早起きしたね!」
「そんなに外に出れたことが嬉しいのか?」
「もちろん!私は家に閉じ籠るよりも外に出る方が好きだしね!」
「浮かれて転ぶなよ。水溜まりで転んだらお前の着る服なんて無いんだからな」
「それずっと気になってました」
「ユクノさん!?いつの間に俺の隣に?」
「どうしてお2人は、ハクヤ君が着ている服をアリシェさんが着て、アリシェさんが着ている服をハクヤ君が着てるんですか?その服前に見ましたけど」
「アリシェは自分の服が一着しか無いんだ。だから、俺の服を着させてるだけだ」
「そういうことです!ハクヤの服は動きやすくて、サイズは少し大きいですけど、多少工夫すれば着こなせますよ!」
「流石、兄妹だから許せるんですね。他人ならそういうことはできないと思うんですけど」
「他人か。まあ他人だよな…」
「私とハクヤは2年前に出会った他人で本当の兄妹ではないんです」
「どういうこと!?」
「2年前に私、この森で遭難してハクヤに助けられたんです」
「面倒見てるってわけだ」
「本当の兄妹ではないってこと?」
「そういうことですよ」
「じゃあアリシェさん。下着はどうしてるんですか?」
「下着は借りてないですよ!」
「じゃあ、ノーパン?」
「うっ…!き、聞かないでください!」
いざ聞かれたら恥ずかしい。いつもやってることなのに。一着しかないんだから仕方ないじゃん!
「今日でもう旅立つんだよな」
「その方が良いでしょ?いつまでもここにはいられないですから」
「外に出るのは初めてだな」
「私も2年ぶり」
「って、アリシェも行くのか?」
「私だけ置いていくの!?ハクヤが行くなら私も行くに決まってるじゃん!こんな森の中1人にしないでよ!」
「センロティア・アレスだぞ。2年前、お前がいた場所だ。そこにこれから行く。覚悟できてるのか?」
「話をつけた時から覚悟はしてるよ。心配なさらずに」
「お前も覚悟はしとけよ」
またいつの間にかハクヤの横にサクトが現れた。この組織の連中は神出鬼没なのか?
「俺は行って帰るだけだぞ」
「それだけで済めばいいがな」
サクトはそれだけ言い残して、家の中に入っていった。サクトだけ、ハクヤの秘密をなにか知っているみたいだが。サクトが言いたいことは、自分で確かめろ。そういう意味なのだろう。
「ええ。ハクヤ帰っちゃうの…?」
「なんだよ。アリシェ。そんな残念そうな顔して」
「せっかく外に出るのに旅しないの?私は外に出て旅がしたいな!」
「旅をそのまましたいのか?」
「それが私の夢なの!外を旅するのが私の夢!だから、私の夢に付き合ってくれないかな?私1人だけだと、不安なの」
「…わかった。付き合おう。お前と旅しよう。外の世界は俺も見てみたい!」
「ありがとう。流石、私のお兄ちゃん!」
「お兄ちゃんはやめろ!照れるから…」
「仲が良い兄妹もこれまた珍しいわね。さて、そろそろ準備してセンロティア・アレスに向かいましょう。そこの港までよろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそ」
「ユクノさんよろしくお願いします!」
朝の食事を済ませてから、支度を済ませ、中でも時間が掛かったのハクヤだった。アリシェは昔着ていた自分の服を着ようとしたが、もうサイズは合わなくなり、そのまま置いてきた。ユクノさんの余分な服を貰って着させてもらった。アリシェはそれくらいの準備だった。
ハクヤは最後に自分の家を眺めていた。初めて家を出るんだから、みんなハクヤに気持ちを合わせて時間を待っていた。
「父さん、母さん。会いに行くよ。センロティア・アレスに」
気持ちがまとまったハクヤは家を振り返らずに前と歩いた。
「もういいの?」
「待たせて悪い。いざ家を出るとなると辛くてな。部屋の中やら写真立てやら眺めていたら大分時間取ってしまった」
「良いってことよ。旅に出るってことはそういうことだ。気持ちの整理は大事だ。覚悟してもらわないと旅は続かないからな」
ハクヤに気持ちの整理を勧めたのもユイギス。この人何かと気を使ってくれている。ハクヤに時間をとらせてくれたことには感謝したい。
「さあ。行くぞ」
先頭をきるサクトはイライラしている様子もない。ユイギスが上手くまもめてくれたのだろう。
「良い人たちで良かったね。ハクヤ」
「ちゃんと待っててくれたしな。俺のために。悪いやつらではなくて良かった」
「メミアちゃんは気持ちの整理はまとまった?」
「もう少し…」
どうやらまだみたいだ。まだ旅は始まったばかりだし、センロティア・アレスはまだまだ遠い。時間はまだある。
「お前ら、この辺りの森は詳しいだろ。この森から最短で街道に出る案内を頼む」
「街道か。ここら辺はあまり開拓されていないから相当歩くぞ。俺も大体のことしかわからない」
「じゃあ、センロティア・アレスがある方角はわかるか?」
「北だと思う。父さんたちはこっちの方へ帰っていってたからさ」
「方向さえ分かれば方位磁石で何とかなるだろう」
「それだけで辿り着けるの?」
アリシェとハクヤは最初の旅だから不安しかない。けど、この人たちは長年旅をしているはず。この人たちを信用しよう。
「森は獣とか魔物とかがうろついている。この先に進むと、俺とアリシェが狩りをしてないところに入ってくる。そこで何が起きるか分からないから武器は持っていた方がいいぞ」
「うわっ。何ここ。こんな荒れた道を通るの?」
「そもそも道なんてない。すべこべ言わずに前に進むぞ」
「すげえ大きな根だな。まるで俺たちをぼうがいしているようだ」
サクトとユイギスはいとも簡単に跳躍して大きな根を登る。身体能力本当に良いようだ。
「うーん!!ちょっと待って!」
「おら、手を取れ!」
ユクノは身体能力に問題があるようだ。全然登れていない。ユイギスの力でようやく登れているようだった。
「お前たちは登れるか?」
「それくらい余裕だぞ。森で住んでるんだからな」
「じゃあさっさと登れ。遅いぞ」
仕方ないじゃん!手で少しずつ登っていってるんだから。どうやったら、自分の身長より高いところを余裕で飛べるのこの2人は。
「おい。サクト。下を見てみろ」
「獣の群れだな。こっちに気付いているようだ」
「なんだよあの数!?俺の家の周りでは見たことないぞ!」
「ここが奴のすみかなんだろう。どうするサクト」
「戦闘に不向きなやつがいるから巻き込まれたら面倒だし、迂回するべきだろうが、もう囲まれちまっている。片付けるしかない」
「マジかよ…アイツら素早くて複数で襲いかかってくると面倒なんだよな」
「それがおよそ50匹ぐらい。それ以上いるかも」
「俺とユイギスは下に降りて奴らの注意を引きつける。お前たち3人は登ってきた獣たちをやっつけるだけでいい。それくらいできるだろ?」
「って、本当に上がってきてる!?」
サクトとユイギスは剣を持って獣のすみかに飛び込んでいった。
「アリシェはそっちを頼む。俺は反対側をやる!」
「う、うん!」
「ユクノさんは何かできることは?」
「回復魔法が使えます。戦うことはできません」
「それだけでも充分だ。ユクノさんは俺たちの背中に回って援護を頼む」
登ってくる獣を1体1体を剣で倒していく。大きな木の根の上なので足場が悪い。嵐の過ぎた翌日で木の根が湿っていて滑りやすい。
「よし、こっちは片付いたぞ。アリシェ。そっちはどうだ?」
「こっちはきりがないよ!いくら倒しても獣が湧いて登ってくるってば!」
「アリシェさん大丈夫ですか!今、魔法で回復の援護をします!“ユチル”(初級魔法)!」
「アリシェに付きっきりで援護をしているな。しかし、なんでアリシェばかり…?」
「もしかしたら、魔法が関わってるのかもしれない!私に魔法がかかった時、襲いかかった獣が威嚇していた!」
「魔法を怖がっているのか?」
「魔法に敏感になってるだけだと思う。けど、威嚇して噛みついてくる辺り、様子がおかしいと思う」
「どこがおかしいんだ?」
「魔法はこの獣たちにとっては未知の力でしょ?怯えてるなら、近付こうとするかなって」
「誰これ構わず突っ込んでくる類いの獣なんじゃないんですか?」
ここの獣はそもそも臆病だ。それもここに居るのは群れ。魔力に敏感になってるのは間違いない。
「って、そんな考える暇ない!どんどん向かってくる!そろそろ助けて!」
「…未知。未知の魔法。魔力……そうか!近くに……」
「しまっ…」
アリシェは獣を無数に相手をして、一匹が体当たりでアリシェを押し倒した。
「あわわー!アリシェさん!?」
「アリシェ!ユクノさんそこをどけ!」
獣の捨て身の体当たりでアリシェは木の根から足が浮き、外へと放り出される。
「…下は獣の群れ。そうか。それがこいつらの狙いなのね」
「お前らぁ!よくも!」
ハクヤは根の上にいた獣を蹴散らして、自ら自分もアリシェを追って根から落ちた。
「ユクノ!俺に魔法をかけ続けろ!」
「ハクヤさん無茶です!2人とも!」
空中でハクヤはユクノに指示を出す。ハクヤは何かに察した。
「いた…不意をつかれ…」
アリシェは地面に落ちると、獣たちに囲まれていた。
「こ、こんなに相手には流石に出来ない…ここまでか」
「アリシェ!ってうおお!いたっ!」
「ハクヤ!?なんで降りてくるの!」
「お前1人が危険な目に遭うのを俺は見逃せるわけねえだろ!2人でやるぞ!」
ハクヤでも獣を複数相手にするのは困難なはず。そうか。諦めが悪いだけだ。
「しょうがないなぁ」
とても心強い。さっきは無理だと思ってたのに、剣を握り締めたらやる気出てきた。やれない気がしない。
「手助けは…要らねぇみたいだな」
サクトは2人が根の上から落ちた時、近くまで寄って助けようとしたが、2人の生き生きとした姿を見て、その必要はないと判断した。
「そんなことより、おいユイギス」
「どうした?こっちは片付いたんだが」
「こっちを頼む。そろそろ出てくるはずだ。そいつを俺がやる」
「お前全然倒してねえじゃんか!…て、あーボスのお出ましですな」
「来たか…」
森の奥から人間の背丈の倍はある同じ種と思しき獣がサクトとユイギスの前に現れた。
「あれは…!」
「やはり魔物だったか…!」
魔力が目に見えるぐらい溢れている。間違いなく、この群れのボスだ。
「お前1人で大丈夫か?」
「ユイギス。俺を誰だと思っている」
「無茶とバカはするなよー」
「そう思ってるのか!?」
ユイギスは獣の群れに突っ込っでいくと、サクトは初めて笑った。
「さて、やっと本気になれる相手来たぜ。かかってこいよ!刻んでやる!」
サクトは真っ正面から剣を抜いて突っ込む。
「あいつ正面から突っ込むバカがいるかよっ!?」
ユイギスは思わずツッコミを入れてしまった。
「ぐはっ!?」
サクトは魔物の爪で簡単に吹き飛ばされた。
「剣の一撃では止められねえ。身体がデカイせいで力の差は歴然じゃねえか」
「サクト大丈夫!?」
「ユクノか。お前はガキ共の援護を切らすんじゃねえぞ!こっちは俺1人で充分だ!」
「は、はいっ!」
サクトには1つだけ考えがあった。
「普通の攻撃じゃあ、俺の手が届かねえ。だが、普通じゃない攻撃をすれば手が届きさえするだろう。…行くぜ」
今度は爪の攻撃から手の届かない範囲で距離を取り、隙ができたら飛びかかって攻撃する。
「全然刃が届かねえ。けど、面白ぇ!」
サクトは段々無茶な戦い方を始める。剣一本で攻撃の頻度を上げる。魔物の爪の攻撃をくらってもすぐに立ち上がる。
「俺より随分元気そうだな…!そろそろ…結末を迎えようぜ!」
サクトは剣に魔力を込める。
「“滅殺剣”(初級技)」
魔物に飛び乗って剣を背中に突き刺した。魔物の体を貫いて、魔物はそのまま倒れて塵となった。
「技の一撃は重みがあって、魔物を倒すのも容易だぜ。じゃあ後は頼んだぞ」
「おいサクト!テメェあと数匹なんだから手を貸せや!」
サクトが大物を片付けてる間、アリシェとハクヤの周りにいた獣たちは全部倒した。
「なんとか獣は退治できたー」
「いてて、何度か噛まれてしまって痛むな」
「ユクノさんの魔法をずっと受け続けたよね?もしかして、自分に獣を引きつけるが狙いでしょ」
「よくわかったな?」
「獣の数でピンと来ないはずないよ!全く無茶ばっかして!」
「無茶か…俺と同じで無茶してたやつがいるみたいだがな」
「ああ、サクトさん?さっきの魔物一撃で仕留めたよね。凄かったよね!1人で倒しちゃうんだもん」
「負けられないな」
「ん?」
「いや、なんでもねえよ。そんなことよりユクノさん下に降ろさないと、1人では降りられないようだ」
「そうみたいだね」
ユイギスが最後に獣を掃討させてから、安全を確認してサクトとユイギスがわざわざ上まで上がってユクノとメミアを降ろしてくれた。
「ひとまずお疲れ様だな」
「お前ら2人ともやる時はやれるじゃねえか!」
「いや、俺たちはサクトやユイギスみたいには活躍できませんでしたよ」
「サクト。すごい怪我じゃないですか?」
「転んで怪我しただけだ」
「でも頭から血が!」
「平気だって言ってるんだから心配するんじゃねえ」
頭から血が出てるなら、それくらい看病されてもいいと思うんだけど。サクトは素直になれない人なのだろうか。
「ここの森は危険だってことが分かったろ?さっさとここを抜けた方がいい。確かそこまで深くなかったはずだ。親父の話からすると…」
「……ほら、行くぞ」
「確かに長居は無用だな」
「魔物出る森なんて物騒ですもんね」
そうだ。さっきの魔物だ。獣の群れが魔物をボスにしていたのは珍しい。というか、初めて見た。魔物の側にいたせいか他者の魔力に敏感になっていたんだろう。魔法を見ても怖じ気づかなかった。
「ねえ。ハクヤ。どこから気付いた」
「何がだ?」
「魔物がいるって出現する前から気付いていたでしょ?」
「ああ、それか。あれはユクノがアリシェに魔法かけていたのを見て、獣が寄ってきていたから。それを考えていたらピンと来た。こいつら他に魔力を知っているなって。それが結びついたのは魔物が出てきたときだけど。けど、そんなことサクトなら気付いていたかもしれないぜ」
「サクトが?」
「あいつは最初から出し惜しみをしていた。剣を振っていなかった。恐らく、剣の切れ味を大事にしていたんだろう。大物を確実に仕留めるために」
ハクヤの方が1歩先のことを考えていた。確かにサクトは最初抜刀はしていたが、ユイギス以上に倒してはいなかった。あれは剣を振って倒していなかったのだとすると、手を休めていたところも見てはいないし、あの実力だと説明できる。
「サクト。あれほど無茶するなって言ってただろう?あれくらいなら1人でも相手しなくて良かったじゃねえか。もうちょっと仲間を頼ったらどうだ?」
「俺は1人で倒せる自身があった。誰かに任せて死なねては困る」
「おい。それって俺のことを見くびりすぎじゃねえのか?俺でも実力が足りないって言うのかよ」
「そうじゃねえよ。俺から誰かが居なくなるのはもう沢山なんだ」
「サクト……」
サクトのことを心配するのは無理もない。1人で抱え込んでしまっている。
「あれだけのことがあったのだから無理もない」
「ごめんなさい…」
「お嬢ちゃんは気にしなくてもいい。これは俺たち組織の問題なのだから」
「でも………」
「組織の心配なんてメミアちゃんには早いわよ」
そろそろ森は抜け街道に出られるはず。そこから北を目指してセンロティア・アレスへと向かおう。