3話 嵐の日に
この日は嵐だ。外へ出歩くことができなくなるのはいつ以来だろう。
「閉じこもるのは嫌だな…」
「そうか。アリシェはずっと家から出られない生活をしていたんだもんな」
「うん。その時以来かも。外へ出られないのは」
「まあ、こんな嵐だ。風は強いし、雨も止む気配がない。雷だって落ちてるし、外に出るのは危険だ。嵐の間だけはじっとしていろ」
「うん。そんなことわかってる。そこまで私はバカじゃないから…」
「外に出られないと、そんなに遠い目をするんだな…ここ最近は嵐なんて来なかったんだがな」
ドンドンドン!
「な、なに?」
「玄関から叩く音が聞こえたな」
「ハクヤ。様子見てきて」
「あいよ」
少し怯えていたアリシェ。それを見てかハクヤは何の迷いもせず、玄関に向かいドアをゆっくり開けた。
「なんだ?気のせいか?」
しかし、ハクヤは視線を低くすると、そこには幼い人が立っていた。
「あ、あの……」
「こんなところに人が?お前、この嵐の中、迷ったのか?」
その子は頷いた。
「とにかく、風邪引くから入れ。お嬢ちゃん」
頭まで被ったフードとどうみても子供用ではない長すぎるコートを着ていた。全身濡れていて、アリシェにハクヤの幼い頃の服を着がえさせて、ハクヤは暖かいスープを作って食べさせた。
「美味しい……」
「君どこから来たの?」
アリシェは隣に座る。こんな嵐で近くに村も街もない。迷いこむ事態がおかしい。
「私、船に乗ってたんだけど。嵐に巻き込まれて、この近くの岸に打ち上げられて、逃げていたらここに辿り着いたの」
「船に乗っていたのか」
「船だとこんな嵐に巻き込まれては無理もないですね」
アリシェよりかは不自然な理由ではなかった。この近くに少し歩けば海がある。
「よく助かったな」
「ええ。運が良かったとしか言えないです」
「じゃあ、助かったのはあなただけ?お父さんとお母さんは?」
「お父さんとお母さんはそもそもいないの。顔も知らない。乗っていた乗員は…多分みんな死んでる…」
「そうか……」
何か引っ掛かる。この子。まだ5歳ぐらいにしか見えないのに、喋り方が年相応じゃない。賢いっていうのかな。そんな感じ。
「名前は何て言うんだ?」
「私はメミアです」
「メミアちゃんね。私はアリシェ・レート」
「俺はハクヤ・エリーツだ」
「えっ!?その名前って…」
どっちの名前に反応したかは分からないけど、何をそんなに驚いているのだろうか。
「アリシェさん。2年前に失踪して居なくなった人ですよね?」
「なんでそれを?」
「ハクヤさんは、あのロクド・エリーツ。センロティア・アレスの兵士を統括する大将ロクド・エリーツと同じ名前じゃないですか?」
「ああ、確かにロクドの親父だ」
「じゃああなたはロクドの息子さん?」
「親父が国の大将をしてるだと?今まで聞いたことなかった……」
なんだろう。なんで5歳ぐらいの女の子がそんなに私たちの私情にも詳しいのだろう。5歳の子っぽくない。
「なんでお2人はこんなところにいるんですか?」
「俺はここで産まれてきて住んでるんだ。アリシェは2年前にここの森で寝ていた所を俺が見つけて、帰りたくないって言うからここにいるだけだ」
「い、いや、帰りたくないっていうか、帰りたくないんだけど!お父様は心配ですけど、外へ出られなくのは…嫌かなーって…」
「言い訳してるけど、言ってることは俺と同じだぞ」
「今のは忘れてください!」
「じゃあ、ここに住んでるんですか?1つ屋根の下で。よく見たら、アリシェさんの服は女の人っぽくないですよね。まさか、ハクヤさんの服なのでは?」
なにこの子!?鋭い観察力!?
「こ、これは着たくて着たんじゃなくて、着るものがないから仕方なく…」
「じゃあ下着はどうしてるんですか」
「シーっ!そこまで詮索しないで!」
「その恥ずかしい頬を赤らめてる反応してるとなると、これは着てませんね!」
この子恐すぎ!?
「私が着ていた服はあります!下着は履いています!誤解しないでくださいね!」
「なんでこっちに指差すんだ…お前は」
「誤解して変な気を起こされたら私もメミアちゃんも困りますので!」
「はいはい…気を付けますよ。というか、お前になんて興味ないけどな」
「ええなんで!?私のこと可愛いとか思いませんでしたか?初めて会った時、なんて美しい人なんだって」
「だってアリシェ。その時髪とかボサボサでヨダレ垂らしてたし。そういや、魅力なんて1つも感じてなかったな。何でだろう。見た目はお嬢様でおしとやかで優しくて可愛いはずなのに」
「私もなぜかそんなにドキドキしないんだよなぁ。私もカッコよくて頼りになれて優しいところ微妙にあるんだけど」
「微妙ってなんだよ」
「きっと側に居すぎたせいですね。どちらかと言うと兄と妹みたいな」
「そっちの方がしっくりくるな」
「私も納得する」
「最初はそんなこと考える余裕はなかったな。お前が結構お嬢様っ子でドジるから」
「ええ。ハクヤが生活に慣れすぎてるせいだよ。最初は付いていくのに苦労したなぁ」
「なぁ。アリシェ。お前は俺の妹と呼ばれて嫌じゃないか?」
「なんで?こんな妹がいるとハクヤは嫌なの?」
「いや、そんなことはない。俺は別に構わないぞ」
「まあ、私の兄がハクヤになったところで何も変わらないけどねぇ」
「お前ってやつは…」
「けど、ハクヤが私の兄なら嬉しい…」
「そうか?」
「ずっと仲良くやろうね!お兄ちゃん!」
「くっ、それは言わないでくれ。照れるから…」
「はい。握手!これが兄妹ね!よろしく!」
「血の繋がらない兄と妹か。いいなぁ」
「メミアちゃん。ずっと気になってるんだけど。どうしてそんなに賢いの?」
「そういや、俺もそんなのこと思い浮かべていた。口調といい、振る舞いといい、同年代と話してるような感覚だった」
メミアは一瞬身体が硬直して震えたようだったが、隠しきれることでもないと思ったのか、キリッとした顔に戻して話しはじめた。
「私は人並みに優れた一族の末裔なんです。そのせいで、私は6歳で色んな知識が頭に入ってきて、その頭脳は大人の人ぐらいには匹敵します」
5歳じゃなくて6歳だったか!なんか悔しい!
「疑問に応えられたでしょうか?」
「優れた一族の末裔ね。俺たちは外の世界を知らないからな」
「そんな一族があるんですね。世界は広いですね」
メミアが船が沈没してもその頭脳の良さを生かして自分自身だけは助かったのかもしれない。
「にしても、この嵐はなかなか止む気配がないな。いつ止むんだ?」
「風の流れだとあと2日かな…」
すると、メミアが体をふらふらさせて、机の上に倒れしまった。息を荒くしている。
「おい。こいつ熱あるんじゃないか!?」
「早くベッドに運んで寝かそうよ!」
「ああ!」
急いでアリシェが空いているベッドを用意させて、ハクヤがメミアを運んだ。
「これは割と高い熱だな。雨に随分打たれて、身体が冷えたんだろう」
「絶対安静にしてなきゃダメですね」
「すみません。ご迷惑をおかけして」
「いいよ。その代わり、ちゃんと休めよ」
「後で薬草をすり潰しますんで、ちゃんそれを飲んでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
嵐が強くなってきた。家がギシギシ音を立てて、この家の中も不安になってくる。
「アリシェ。なにか聞こえなかったか?」
「ギシギシ家が嵐の風で揺らいでる音でしょ?」
「いや、ドンドンって、また玄関の方から」
「それって…またあれなの?」
「もしかしたら、俺の聞き間違いかもしれない。少し様子を見てくる」
ハクヤは玄関へと向かった。ハクヤの聞き間違いでないならまた遭難者がここに避難しに来たはず。
「やっぱ音がするな」
玄関まで近付いたらドンドンと玄関のドアから音がなっていた。ハクヤはドアを恐る恐る開く。
「やあ。留守かと思ったら中に人がいるではありませんか」
そこには雨具で身を包み顔はフードを深く被ってよく見えないが、暴雨暴風の嵐の中3人が外に立っていた。