2話 森の中
夏が過ぎて、冬が過ぎて、1年が過ぎた。
「よお。おはようアリシェ」
いつも早起きするハクヤと朝寝坊するアリシェ。いつもアリシェの寝癖を指摘するハクヤにあたふたするアリシェ。いつもの光景だ。
「もう。朝早いねハクヤは。敵わないよ」
「習慣だからな。慣れてるだけだよ」
「今日は獣狩り?」
「たまに肉とか食いたいだろ?獣の数も減らしとかないと。ここら辺出歩けなくなるからな」
「私も力になれたらなぁ」
「じゃあ、やってみればいいじゃねえか」
「ええ!?ムリムリ!私ハクヤみたいに剣扱えないよ!」
「薪割り上手じゃねえか」
「それとこれとは違うの!」
「まあ、握るくらいならできるだろ?剣持ってみろよ」
「まあ。握るだけなら…」
ハクヤに言われて、仕方なく剣を握る。あれ。軽いな。
「せいっ!」
「なんだ?剣を早速振って、やる気あるじゃないか」
「剣を振るぐらいなら…対したことなさそう」
「まあ、それお前の剣だし、軽いからな。俺が子供の時に使ってたぐらいだから。あとは技術の問題ってやつだな」
「えっ!なにちょっと構えてんの?」
「ほらよ!」
「きゃ!?」
いきなりハクヤがアリシェに向かって剣を振ってきた。
「あと、臆することない恐怖心の克服もかな」
「ハクヤの意地悪っ」
「悪い悪い!でも、俺と戦えるようになればアリシェ、獣狩りくらいは余裕になるぜ」
「えー。ハクヤと戦うの。優しくしてくれる?あいたっ!」
「優しい特訓なんてするわけねえだろ?」
「棒で叩いたりするのハクヤ以外されたことないよー」
「まあ、無理にはさせないけど。女の子だし」
「けど、やってみたいかな。外に出るってことは、これもその内の1つなんだと思うから。女の子だからって、やる時はやりますよ!」
「あんまり調子乗んなよ。転ぶぞ」
「で、特訓て何すればいい?」
「自分で考えろよ」
「ええ!?」
「俺これから獣狩りだぞ。夜は危険だし、夕陽が沈むまえに何体か倒しておきたい。そんな時間を食うわけにはいかねえんだよ」
「…はーい。行ってらっしゃい」
ハクヤって意地悪でケチなんだから。少しぐらい私のために時間を作ってくれてもいいのに。
「そんなに顔に出すな。後でちゃんと見てやるから」
「顔っ!?またまた顔に出てた!?」
こんなにハクヤにいじられて。なにかハクヤに仕返しなんてできたっけ?
「まあ、とりあえず、素振りからでも始めようとするかな。目指すは20回!少ないかな?」
──夕暮れちょうど。ハクヤは自宅へと帰って来た。
「あ…ああ……ハクヤぁ……お帰りぃぃぃ……」
「アリシェ!?」
すごくくたびれたように素振りをしている。一体どれぐらい打ち込んでいたかは気になるところだが。
「ふらふらじゃないか!とにかく、もうやめて休め!」
「ふぇ……でも、特訓がまだ…」
「うっせえ!もう倒れる寸前じゃねえか!倒れたら困るのはこっちなんだよ!」
言われるがまま、アリシェはハクヤに従って、家のベッドに連れ込まれた。
「なんでそこまでしたんだ?」
「ハクヤに負けたくないから…」
「その気持ちは大事だけどさ。そんなに無茶すんな。くたびれたお前の顔が1番ひどいぜ」
「そう……?」
「なんだ。照れないのか?」
「うん…なんか疲れたから」
「じゃあゆっくり休みな。飯できたら持ってきてやるよ」
「ありがとうハクヤ」
──翌日。
「おはようございます。ハクヤ」
「あれ。今日は朝早いな」
「あれだけ寝て休んでいたのに、ハクヤにはやっぱり朝は敵いませんね」
「寝癖はないし。顔もシャキッとしててハッキリ目を見開いている。まさか、お前、アリシェじゃないな!」
「アリシェ本人ですよ!?」
それからアリシェは毎日剣の腕を磨き、ハクヤにもたまに手解きしてもらって、狩りにも出た。最初は1匹相手にするだけで苦労したけど、ハクヤが助けてくれて、半年も過ぎたら剣の扱いにも慣れていた。
「おっと…」
「やった。ハクヤに勝った…!」
「まいったな。もう俺を倒せるぐらい強くなったのか。手を抜いてるつもりはなかったけどな」
「へへん!どう!私ってばやればなんでもできるのよ!」
「…ま、今日ぐらいアリシェのペースに付き合うか。じゃあ、お前1人でも自然の中で生きていけるな」
「え……」
1人?ハクヤは?いつも2人だったのに。なんでそんなこと言うの?
「なんで泣きそうになってんだ?」
そうだ。ハクヤは私の顔を見るだけで察してくれる。表情を変えないと。
「うう……くぅー!!」
「お前、なんちゅう表情してるんだ?」
逆に変な表情になってしまったらしい。
「な、なんでもありませんから!」
「1人はイヤか?いつも別々に生活してる時あるだろう?」
「そうだね。1人でも生きていけるように強くしてくれるもんね。じゃあ、私。旅をしようかな」
「旅か?」
「色んな世界をまわって、色んなことを知って、旅をしてみたい」
「じゃあ、その時は俺ともお別れだな」
「ええ!ハクヤも行こうよ!こんな森の中に過ごしてさ、一生過ごすなんてもったいないよ!きっと外の世界は私たち想像を越えるぐらい出会いがあるんだからさ!」
「やれやれ。アリシェは本当に外の世界に憧れを抱いてるんだな。けどまあ、退屈はしないんだろうな」
「ハクヤ?どうしたの?ボーッとして」
「じゃあ、その時はお前が俺の手を引っ張ってくれよ。まだ行かねえんだろ」
「うん。まだ私も君も子供だしね」
─それから3ヵ月後。
「ハクヤ!あれあれ見てみて!」
「うわぁなんだあれ?大型の魔物じゃねえか?」
「魔物?」
「ほら、見えるだろ?魔力の色素が。獣が魔力で暴走したやつらのことを魔物と呼ぶ。食ってもまずいし、害しかないやつだ」
「ど、どうするの?」
「これだけ家に近いと、野放しにはできねえよ。アイツを倒す!」
「ええ!?本気なの?」
「俺が正面から出て注意を引く。アリシェはその隙に一撃をくらわせて仕留めろ!」
「ええ!そんな!私も戦うの!?」
ハクヤは正面から石を投げて魔物の注意を引く。
「いつもの野犬が化けた魔物か。俺より背が大きい奴は初めてだな。お手並み拝見だな」
牙を剥き出しにして爪を立てる魔物。ハクヤは剣一本と身のこなしでかわす。
「巨体なのに結構早いな。出来れば戦いたくない相手だ」
それに一撃が重い。1度剣で爪の攻撃を耐えたが2度目は正直辛い。身体がふらけて手に痺れが入る。
「またかよ…!」
避けてもリーチが長すぎて距離が取れない。剣を突き刺す距離にはあと3歩近付かないと届かない。隙を作るより、自分の身の隙を作らないようにするだけの余裕しかまわらない。
「手を討つしかないな」
ハクヤは2度目の爪の攻撃を剣で耐える。一撃の重さでハクヤの剣が吹き飛んだ。
「…これはもう死ぬか、やれるかの賭けの境目だ」
ハクヤは魔物の腕を掴んで、思いっきり力を込めて自分より倍はある体型の魔物の背負い投げる。
「…今だ!」
アリシェは地面に叩きつけられた獣の上に現れ、剣を突き刺した。
「ダメだ…!まだ浅い…これは致命傷じゃない…!」
アリシェは獣に振り回されて剣を置いて地面に投げ飛ばされる。
「大丈夫か?アリシェ」
「どうすんの?剣お互いに持ってないじゃない」
「俺の剣は拾っても切れ味は落ちてる。拾っても期待はできないな」
「じゃあハクヤ。私が囮になるからやっちゃって。まだ私の突き刺した剣なら斬れると思うから。」
「正気かよ、お前の方が危険な目に遭うんだぞ」
「大丈夫。やれると思うから」
「…ただの女の子にしては、そんな面白い目はしねえよな。わかった。無理すんなよ」
「うん」
気は抜かない。魔物は剣が刺さって、それにばかり気が反れている。痒いんだろうな。けど、それだとはくやがけんに近付けない。私に注意を向けて。ハクヤを近付けやすくする。
「何だか、ワクワクするのかな。強い奴と戦うの」
アリシェは枝を拾って2本に折った。片手に1つずつ持ち、私に気付く前に。
「まずは片目」
左目を失明させる。そして、そのまま枝を突き刺し、耳に刺し込む。すぐに逃げて距離をおく。魔物は痛みに悶えている。だがそれは一瞬の出来事。
「これで私のことを脅威だと認識してくれるかな」
剣が突き刺さっていたことを忘れ、目の前に立つアリシェに視線が向けられる。
あとはひたすら逃げのびるのみ。
「ひゃっ!あうっ!キャー!助けてハクヤぁ!!」
「しょうがないやつだな」
アリシェは転んで、魔物が最後のとどめを刺そうとした瞬間。魔物は倒れた。
「惜しかったんだな。もう少しでお前の刺したところ。致命傷だった」
「背中だからどこ刺せばいいか分からなかったの。って、ハクヤどれだけ傷口大きいのよ!?」
「まあ、俺は昔から馬鹿力だから、剣の切れ味がよければそれくらい余裕だな」
「あれ。魔物は?」
「塵となって消えた。魔力の色素が濃いと、普通の獣とは違って魔力を帯びた魔物は命が尽きるとそうなるんだ」
「へえ。ハクヤって結構物知りなんだね。誰に教えてもらったの?」
「…両親…だったかな?いや、それ以外の人と会うのは、アリシェ。だけのはずなんだけど…」
「ん?どうしたの?頭痛いの?」
「いや…なんか変な違和感を感じてな。両親とアリシェ以外に俺の記憶だと誰にも会ってないはずなんだ」
「じゃあ、記憶喪失かな?」
「それには全く心当たりもないな。記憶を失った自覚はないし。多分気のせいだ。 ウチの母親は博識だったから、何でも聞いたら教えてくれたはずさ。このことも」
「そう言えばハクヤの両親まだ一度も見てないよ。今どこにいるの?」
「少し疲れた。家に帰ってからでいいか?」
魔物が現れた森の中で話し込むのは危険だ。こういう人の話を掘りこむならゆっくり話せる家の中がいいよね。
「まあ。座って話をしようか」
「うん」
家に帰ると早速机に向かってアリシェとハクヤは向かい合うように椅子に座った。
「ハクヤのお父さんとお母さんってもしかして死んでる?」
「いや、生きてるよ。どっちもセンロティア・アレスで仕事していて帰ってこられないんだよ。とっても大事な仕事らしいから」
「少なくとも私がここに来てからの2年間1度もここに帰ってきてくれてないよね?寂しくないの?」
「それ言うならアリシェ。お前の父親は生きてるって話だったよな。帰ってやらないのか?」
「…帰ったらもう外を歩けなくなるの」
「それでも1度は謝りに行くべきだ。なり行きとはいえ、勝手に居なくなってることと同じなんだぞ」
「はい……わかってますよ」
「お互いにセンロティアには行きづらいみたいだな。この話は今はよそう」
「でも、いつかは向き合わないといけないよ」
「そうだな」
何だか嫌な空気で話が途切れてしまった。
「この雲行き。明日は嵐が来るだろうな」
ハクヤは窓の外を眺めて席を外した。