14話 おせっかい
1ヶ月はカフェで働いた。アリシェはお嬢様で培った経験を生かし、接客もお嬢様のような上品で悪口は決して言わないスタイルで接客をし、そのお店では看板娘になっていた。
「すげえな。この人気よう。俺はこんなにモテなかったぞ…」
『おーい!エーラちゃん!こっちにも同じドリンクくれー!』
『ウチはコーヒーね!』
「はい!かしこまりました!」
『ねえ。お嬢ちゃん可愛いね。一緒に飲まない?』
「仕事中ですので、けどお気持ちは嬉しいですよ!ふふ!」
『エーラちゃん!くそ可愛い!』
どんな対応しても笑顔。
『あーあ、コーヒー溢しちゃった。どうしてくれるんだ!この服高かったのに…!』
「ウチだったら、知らねえーよ。テメェが気を付けねえからだろがって言うな」
「アメリ。お前の接客対応はクソだな」
しかし、アリシエーラは。
「すみません。私、ドジっ子で。そちらのコーヒーは無料にしますので、そちらの服もよろしければ引き取らせてクリーニング出します。こちらの不注意でお客様を不快にさせてすみませんでした」
「何あの子!?完璧じゃん!」
「アメリ。お前がクソなだけだ」
でも、ここにはガラの悪いお客様は来ないのだから、修羅場になったことは一度もない。変な趣味を持ってる人は来て面白いけど、アメリさんの接客の対応力でやってこれるんだから私の接客は大丈夫なはずです。人を大事にしてる店だから、そういった面では心配することはなさそうだった。
「いやー!エーラがいるとこの店が良くなった気がするよ!」
「そうでしょうか?」
いつものように閉店時間後の更衣室で着替えて雑談する。最初はアリシェからアメリのことを距離置いていたが、そんなのお構い無しにアメリは突っかかるもんだから。普通に話すことが多くなった。
「マスターお疲れー!あれ?マスター?」
「どうしました?」
「マスターいねぇんだけど?」
「外じゃありませんか?」
カウンターを出ようとした時、足元にマスターの姿があった。
「ま、マスター!?」
マスターが倒れている。胸が苦しくて声も出ないようだ。必死に苦しみを耐えている。
「おい!アリシェ。マスターの様子見てろ!俺は救急車を呼ぶ!」
「わかりました!」
突然倒れるなんて。どこか体の悪いところでもあったのだろうか。すぐに救急車は駆けつけてきて、それと同時にマスターの奥さんがやって来てマスターに付き添って行ってしまった。
「なあ。エーラ。明日は来いよ。店は開けねえかもしれないけどな」
「…はい」
マスターがいなければコーヒーが出せない。全ての料理の品は全てマスターが作っている。アリシエーラとアメリは接客しかしてないなかった。
何だか嫌な予感がする。女の勘かしらね。そういうのは当たってほしくないのだけど。
──翌日、アリシエーラとアメリはお店の中でマスターの奥さんから話を聞いた。
『夫はね。元から肺が弱かったの。運動しただけで過呼吸になるし、タバコ吸ってた時期もあったけど、それが裏目に出てね。肺を強くするためだと吸っていたのに、すぐ体を壊すようになってしまった。そして、今回は今まで蓄積したものが貯まってきちゃってて、もう歳のせいかね。もう呼吸が自分の力ではできなくなってしまったみたいなの』
「だからもう。マスターはずっと呼吸器を付けたまま、声もろくに出せなくなって、入院するってか……!くそぉ!!」
「アメリ…物には当たらないで」
今はアリシエーラとアメリの2人きり。奥さんがいなくなって感情が抑えきれないアメリ。気持ちは分かるよ。
「マスターがいなきゃこの店。ずっと開けねえじゃねえか!せっかくエーラが来てくれたのに!これからだって時に…なんでこうなるんだよ…」
「急にこうなるなんて…けど、私たちで何とか店を続けるってのは?」
「できねえーよ。誰もあのコーヒーの淹れ方なんて知らねえ。豆からちゃんと引いて厳選して作ったコーヒーだぞ。豆の違いから舌の味もわからない壊滅的なウチにそれができると思うかよ!」
なにも言えない。アリシエーラはたったの1ヶ月。ここに接客として働いていただけ。それがやっと板についてきた時だった。他に何かできる余裕はなかった。
「私が料理できていたら…」
お嬢様育ちで料理なんてしたことないアリシェが2年間ハクヤと過ごしたその時、少しだけ料理したことあった。それくらいだ。私の料理なんて。店に出せるようなものではない。
「いや、もういいよ。エーラちゃん。もう店は開けない。そうなったら…ここに来る必要はなくなるよ」
「…ですね」
必然的に解雇という形になる。仕方ないか。飲食店なのに、なにも料理が出せないようなら。
「アメリさん。今までお世話になりました」
「エーラ…俺が男なら絶対に嫁にしたかったわ」
「アメリさん。私はあなたが男でもタイプではなかったですよ」
「そんな!ふはは!」
「ふふふっ」
「最後に笑ってられたからそれでいいよな。頑張れよ!エーラ!」
私はたった1ヶ月。仕事を辞めることになった。人生そんなに上手くはいかないな。今回はゴウはなにもしなかったというのに。宿を取るという支援はしていたけど。
「!?」
私が今日泊まる宿屋の部屋にやって来ると、そこには知らない男が2人いた。
「誰?」
「アリシェだな。君をある場所に連れてくるよう言われている。大人しく付いてきてもらおう」
「何言ってんすか兄貴。すげえ可愛い子じゃないっすか。ちょっとぐらい遊んでいきましょうよ!ここがどこだが分からなくないでしょ?」
この人たちに捕まったら、何されるかわからない。私は考えることよりも早く本能的に外へ逃げ出した。
「逃げたぞ!お前のせいだぞ!」
「ええ!?俺のせいっすか!?」
私は2年間自然の中で生活していたから逃げ足は得意な方だ。けど。
「いたぞ!」
「もう追ってきた!?」
すぐに追いつかれる。けど、全力では追いかけてこない。
「みーつけた」
「先回り!?」
すぐに方向転換して逃げる。相手は2人だけだが全力では追いかけてはこない。
「逃がさないよ」
「くっ!?」
逃げても逃げても男2人を相手に先回りされたりして簡単に追い詰められる。
「おっと。挟み撃ちだ」
「はぁ…はぁ……」
「もう逃がさないよ」
いつの間にか誘導されていて、狭い一本道で挟み撃ちをされてしまった。
「これがあるから……!」
右腕に付けられたブレスレットが、この男たちを引き寄せた。逃げても無駄だと分かっていた。けど、この人たちに体は許したくない。
「ねえ。兄貴。少しくらい良いとは思いませんか?」
「懲りねえな。お前って奴は」
わざと走らせたのは私の体力を奪うため、対してこの人たちは疲れていない。まんまと策に嵌められた。
「依頼人にはその女をある場所へ連れて行くよう指示されている。多少強引な手を使っても良いとは言われていれるぞ」
「へへっ。じゃあ、少しぐらい良いってことですね!」
「そんなことは言っていない」
「兄貴はクソ真面目ですねぇ」
「とにかく、多少痛め目に遭ってもらうぞ」
「……くっ!?」
相手は女だというのに、本気で拳で殴ってくる。獣より俊敏ではないから、避けやすいけど。
「へえ。身のこなしは良さそうだな」
「逃がさないっすよ!」
挟み撃ちだと男に挟まれて逃げられる気がしない。後ろの若い男は強引な手を使えば勝てそうな気がするが、前の男は相当強そうな雰囲気だ。簡単には逃がしてくれない気がする。
「抵抗しなければ、なにもしない」
「大人しくしてくださいっすね!」
徐々に距離を詰められる。やるしかない。この男たちに抵抗するしか。若い男が手を伸ばしてアリシェの肩に触れた時。
「どりゃあ!!」
「ぐへっ!?」
若い男が顔から蹴り飛ばされた。何事かと思った時には、腕を掴まれていた。
「こっちだ!」
「兵士の人?」
「ぐへっ!!」
若い男を踏んで、突然現れた兵士のおかげで挟み撃ちから逃げ出すことができた。
「追いかけるぞ!」
「ぐあっ!?兄貴も踏んでいかないでください!いってぇ…!」
いくら逃げても無駄。このブレスレットがある限り、あの2人はずっと追いかけてくる。
「うえぇー!まだ追いかけてくるよ!」
「はぁ…はぁ……」
流石に走りすぎて、体力がもうない。
「君、どこか隠れていて。あの2人の相手は僕がする」
「そんな…」
見ず知らずの私のために身を呈してくれるの。流石、国を守る兵士。
「そうだ。おじさん。馬車を動かしてくれ。この子を安全なところまで逃がしてくれ!さあ、君!早く!」
「は、はいっ!!」
兵士の言われた通り、私は馬車の荷台に乗った。
「兄貴!追いつきましたよ!」
「おい兵士!女をどこへやった?」
「さあ。どこでしょうね?」
馬車は走り出す。荷台から顔を出して、兵士の背中が遠く離れていく。
「誘導はこれで終わりだな」
「まさか、依頼人自ら出てくるなんて、ビックリしたっすよ」
「………この事は他言無用だ」
私はどこへ向かうのだろう。