11話 刺客
不愉快だ。あの男はどこまで私を見ている。全て思いのまま動かせるのは不可能なはず。どこかでボロが出る。そこを突いて貫けば奴の手から必ず抜け出せる。
「私は信じてます」
「じゃあなんで、俺を遠ざけるんだよ!お前の敵は手強いんじゃねえのかよ!」
「これは作戦よ。従えないというの?」
「………くっ!」
信じたいけど。もう、手遅れかもしれない。この男はもう盗賊というだけでは疑い深い。
「もういいや。気が付いてるんだろ」
「……えっ?」
「その目はもう俺のことを敵視している目だぜ。俺はただの盗賊じゃねえって察しついてんだろ?」
「そんな……」
仲間は欲しい。初めてできた仲間が、裏切り者になるなんて。最初に疑ったあの時から不穏な感じはしていた。けど、信頼していたから、信じたかった。
「盗賊という話も全部ウソだ。それよりも質の悪い殺し屋だ。お前に手を付けるため、お前の懐に入ったのはあの男が仕組んだことだ。悪趣味だが、こんな可愛い子ちゃん相手にできるとなる興奮しちまうぜ。わざわざ人気のない場所を選んでこっちとしては好都合なんだわ。お前のこと出来るだけで踊らしておいて、バレたら自由にしていいって言われてるんだ。楽しませくれよおじさんを!」
「じゃあ、盗撮も…!」
「見た。ぜーぶ見てたわ。先回りしてスプレーでここに書いたのもこの俺。通った道を戻って行き着く先を推測していたからな」
どうするどうする!?この男は、私を付きまとう男の仲間。それに凶悪犯。私の足と力で逃げきれるの!?いや、海へ飛び込めば。それだと放流されて命が助からない可能性がある。踊らされるのもイヤだ。川の排水路から上の道に登るための階段は目の前の男が道を塞いでいる。私に力があればこの男を倒して進めるが、相手は本当の人殺し。人を抑えるための力はあるはず。
どうしようもない。手立てが見つからない!
「私を騙してたのね…!私をどうしようとするんです!」
「そうだな。とりあえず、お前に貸してた服を返させてもらうわ。引きちぎってでもねえ」
「最低ね!」
「絶望しろや!俺はお前の仲間じゃねえ!裏切り者だー!」
来る!逃げ場はない!川に向かって避けるか?判断が遅い!もうダメだ。もう手の付けようがない。おしまいだ。
「そらよ」
「ぐはっ!なんだ。上からだと!」
誰?目の前に人影。私を守った?それに上からって橋の真下にくっついてた。いつから?全然気が付かなかった。
「怪我はない」
「え、ええ。おかげさまで」
「テメエ何者だ。俺が何者か分かっての狼藉だろうな。俺は殺し屋レギート!賞金首だってあるんだぜ坊主!」
「へえ。そんなんだ。今知ったよ。じゃあお縄につかねえとな」
「俺を捕まえるってか。その前に…!」
カギナの本当の名前はレギート。じゃあ私に名乗っていたのは偽名なわけ。最初から騙す気で踊らす気満々だったのね。そのレギートが剣を抜いた。
「お前邪魔してきたから、斬るぞ!」
「そっちがその気なら」
突然現れた男も剣を取った。というか、この人どこかで会ったような気が。
「へえ。俺と殺り合おうってか。本気で俺に勝てるとか思ってるわけ。どう見ても経験に差があると思うぜ。坊主」
「お前みたいなゲスな奴に負けるわけねえだろうが」
そうだ。この人は。私があの家に1人の時に訪問してきたシェバっていう人だ。でも、なんでその人が私の目の前に?
「ムカつくぜ坊主!まずテメエからだ!」
レギートが突っ込んでくる。シェバを殺す気だ。それにレギートは一筋縄ではいかない気がする!
「…いきなり来るかよ」
「止めたか。坊主なかなか力はあるな。だが、応用は効くか!?」
空いた左手で拳を作ってレギートはシェバに無理やり一発入れるつもりだ。
「応用なら。俺の得意分野だぜ」
「ぐっ!足だと…!」
シェバは空いた左手を地面に着けて体を軸にして右足で相手の剣を上に蹴り飛ばし、左足でレギートの顎を蹴り飛ばす。なんて身体が柔らかいんだこの男は。
「なんだその態勢は!?」
「これが俺のスタイルだ。俺の手は足にもなるし、足は手のように動かせる。お前の応用なんて比じゃねえよ」
「気持ち悪い戦い方すんじゃねえ!」
「心外だな。ただ目新しいものをうけつけてないだけだろうが」
「ゴチャゴチャうるせえぞ!この野郎!」
「それと、俺の剣は右手しかつかねえんじゃねえぞ。俺は両手両足利きだ。舐めんなよ」
「コイツ!?足でも剣を振り回せるのか!」
なに。私は人離れしたような男に守られてるの?変だけど、強そうかはわからないけど、頼りにはなるかも。
「だが、ガキはガキだな。俺の技には通用しねえぞ!」
剣に魔力を込めた!?あれはまずい。
「“レイドソード”(初級技)!」
「技で踏み込むのかよ。面白くねえな」
わざわざ橋の上に刺さった剣を抜いて続けての技。無茶だけど、シェバがそれを無視できず抵抗も虚しいまま抜けられたら負ける。そんな最悪な想像はしたくはないのだけど、借りにもシェバはとんでもなく強かったら。
「なんだ…技が通らね……かはっ!!」
シェバは技を剣で盾にするだけで受け止め、その瞬間に体を捻って男の顔に蹴りを入れた。普通じゃあ見れないような態勢だった。まるで空中で自在に体を曲げられるような柔らかさがなければ出来るようなものではない。
「ぐっ!いてぇ……」
「2度目だね。自分の手から剣が離れるの。剣士の恥だよ。剣士は剣を持たなければ無力なんだよ」
「それは!俺の剣!?」
シェバはレギートが持っていた剣をいつの間にか持っていて自分の剣を振り下ろしてレギートの剣を壊した。
「なっ!?何しやがる!?」
「初級技なんてさ。それで自慢されても、それ俺ならいくらでも使えるからね。思ったより弱くて残念だ」
「へへっ…なら、弱者で……悪かったな!」
あれは!?銃!隠し持っていた!隙を突かれた。あんな至近距離では回避できない! 銃声だ。やられた!
「………っ!テメエ。女に当たったらどうするんだ!」
「なっ!避けただと!?」
シェバは銃を蹴り飛ばし、更に身体を回転させ、もう一度足で男を蹴り飛ばす。本気で男を蹴り飛ばしたようで、向こう岸の壁にまでめり込むように力を入れた一撃だった。レギートは動かなくなった。
「あぶねえ。顔をかすったか。流石にヒヤッとしたな…」
「………っ」
私、戦ってもいないのにいつの間にか腰が抜けちゃってる。命を賭けた殺し合いの戦いだった。初めて見た。
「よう。偉い目に遭ったな。お嬢ちゃん大丈夫か?」
「私は…平気です。けど、あなたは?」
「あれぐらい大したことねえよ。俺のことは気にすんな!」
ダメだな。私。一度裏切られると、この人も裏があるんじゃないかと疑ってしまう。登場したタイミングと場所に違和感がある。怪しい人物には変わりない。
「助けてくれて感謝します。けど、これ以上の事は、何もしないでください」
「えっ?ちょっと、ええ……行っちゃった。助けたのに嫌われちゃった?いや、倒したアイツも放ってはおけないし。ユキナが応援呼んで来るまで待つか」
一体何だったの。私は騙された。けど、なぜこんなにも早くタネを明かした?助かったわけじゃない。更に悪い予感がするというか悪化したというか。まだあの男の策に踊らされてる気がする。
「……どこ行くの。どこ行ってもムダだよ」
「そこにいるのは誰!?」
いつの間に道を塞ぐように人影が現れた。言葉を出してくるまで気が付かなかった。
「僕は君の業だよ。虚悪の根元。名前はゴウって呼ぶ。以後よろしく。アリシェ」
この感じ。まさか、私の付きまとう男本人!?なぜ姿を現した!?いや、これはチャンス。ここでこの男を始末すれば!
「君には殺せないよ。僕のこと。本当の人殺しが恐くて」
足が震える。この男の言うとおりだ。何を怯えてるんだ。けど、殺しはできない。本当の人殺しにだけは絶対にイヤ!そうしたら、お兄ちゃんに会わせる顔がない。
「今回は別口から邪魔されたが、今度はそうはいかない。こんなもので済むとは思うなよ」
何かをこっちに投げてきた。思わず手でキャッチしたが、これはアクセサリー?プレゼントなわけ?
「それは発信器を付けたブレスレットだ。腕に付けるんだな」
「なんでそんなもの身に付けないといけないのよ!?あなたの言うとおりになんか…」
「盗撮した写真を持ってるんだけどさ。そこら中、街の中でばらまかれたくないだろ?これは取引だよ。全部処分するかわりにそれを身に付けるだけで手を打ってあげると言ってるんだ。悪くない話だろ?」
「なんて卑劣な!卑怯よ!」
「そうか。なら、この話は無かったことにしよう。お兄さんのこと慕ってたみたいだけど。あの男には写真集で配ってみようかな」
「なんで…ハクヤのこと知ってるのよ!」
「…知らないとでも?そこに君をやったとはこの僕だよ。何も知らないわけがないだろ」
なんで。なんでこの男の言う通りにするしかないのよ。
「これでいいでしょう。身に付けたわよ……だから、消去して。全部消して」
「わかったよ。君の目の前で消去しよう。ちなみに盗撮した写真はこの1枚だけだ。動画はもちろん残っていない。この1枚燃やせば何も残らないよ」
「嘘じゃないでしょうね…」
「疑ってもいいけど、ムダだよ。ちなみにそのブレスレット。金属加工品を僕が改良したものだから、発信器を付けた時に一度身に付けたら取り外しできない品にしてるからね。専用の器具で切り外すか、それとも自分の腕ごと高熱で金属溶かすだけどね。溶かす方はやめた方がいいと思うよ。君の腕が死ぬから。専用の器具は僕が持ってるよ。もちろん。けど、他にそれを切るための道具はきっとないよ。発信器を付けただけだし、割りきって諦める方が気が楽でいいと思うよ」
何がよ。今さっきまでこの男から身を潜めようとして逃げようとしたのに。自らの居場所を教えて、隠れることもできないじゃない。どこにも行き場なんてない。ずっと見られ続ける。
「なんで!なんでこんなことするの!なんで私なの!」
「その話はまた今度にしよう。その服、いつまでも着たくはないだろ?」
紙袋?流石に投げないのか。置いていく感じだ。
「じゃあ。また今度。僕のアリシェ」
気持ちが悪い。なんで追いかけないの私。敵なのに。腰が抜けて動けない。このブレスレットが私の精神状態に効いたのかもしれない。逃れられないゴウという男の視線。私は完全にゴウに踊らされている。
「紙袋の中身は服と下着ね…サイズもぴったり。着替えろってこと?」
可愛いし。害はない気がする。レギートからもらった服はブカブカだし不潔だ。新品のようだし、ここは人影が少ない。影で着替えるか。
「ポケットの中に何か入っている?」
お金だ。1日分の食事代分くらいの硬貨がある。タダで生かせる気なのか。この私を。
「紙袋の中にも一通の手紙がある。読めってこと?」
『22時。西公園噴水横』
何これ。ここに行けってこと?しかも今かはでは無理。明日ってことよね。
「なんであいつの言う通りに行かないといけないの?別に取引とかじゃないよね。行かなくてもいいってこと?」
夜にミニスカートって寒いわね。あいつの趣味に合わせるってだけどもイヤなのに。
「今日はもう疲れた」
街の中で野宿なんて始めてする。後先なんて忘れて今は休もう。明日考えるんだ。




