1話 籠の中
昔から私は何かを見据えていた。私はどこか遠くを見ていた。でも、私は鳥のようには自由に飛べない。けど、いつかは飛びたい。
「アリシェ。また外で読書かい?」
「お父様。ええ。外は落ち着きますし」
「そうかい?こんな都市の真ん中の薄汚れた空気で身体が犯されたらと思うと。父さんは心配なんだ。緑豊かな土地でなら気兼ねなくアリシェを連れ出すんだがな。それにアリシェ。君の母は病弱で亡くなっている。もしものことがあったら」
「私は大丈夫ですよ。今まで病気になったことありませんから、お気になさらずに」
「アリシェ。いや、すまない。私は少し心配しすぎたようだ。お前は昔から外が好きなのは知っている。そうだ。今度センロティア・アレス祭が開かれる。今度連れてってやろう!」
「本当ですか!」
「ああ!だから、アリシェ。留守番頼んだぞ。私は今から仕事をしてくるからな!」
母が1年前に死んでから、初めて外を出歩く許可がもらえた。その前からもこの家から出ることはあまりなかったのだけど、どうしたんだろうか。あんなに強情だった父が外の外出を許すなんて。
『ええ。ここみたいですね』
「なんだろう?」
鎧を来た2人の大人が私の家の庭に入ってきた。
「なんだ。留守か」
「家には誰もいないみたいだな」
「ん?」
私に気が付いた。もしかしなくてもこの人たちは兵士の格好をしているよね。見たことはないのだけども。
「君がアリシェか?」
「そうですけど。あの。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「君宛に予告状が届いてる。読んでくれたまえ」
「予告状?」
私は2つ折りの手紙を広げると、文面を読みあげる。
『これから君のことを迎えに行くからね。僕がどれだけ君のことを想って守れるか証明してあげる。ずっとずっと君のことを守ってあげるよ』
「すごく気持ち悪い文面ですね。これ、私宛にですか?」
「ええ。そうみたいです。名前もありますし」
「ストーカーに私、心当たりがないんですけど」
「そうなんですか?困ったなあ」
「とりあえず、あなたの護衛は我々が引き受けます。人員も我々だけでなく増やしましょう」
「あ……はい…」
それから私は家から1歩も出ることが許されず、外が遠くなってしまった。
「アリシェさん。今夜が正念場になると思います。我々も対策を考えます。身の安全は我々が保証しますのでどうかご安心を。それに強力な軍師も駆けつけてくれました。向かうとこ敵なしです!」
「私なんかのためにそこまで動員させて迷惑をおかけしてすみません」
「ところで、君の親御さんは?もう夜なのに帰りが遅くはありませんか」
「こんなに遅く帰ってくるなら事前に言ってくれるんですが、おかしいですね…」
「軍師に直接相談してみましょう。私の方から伝えておきます」
「お願いします」
今日はおかしなことばかりだなあ。父は外出を許すし、兵士が私の身の安全を守るなんて、それに何だか眠くなりますし。あれ。ここは廊下だよ。なんでこんなところで私は眠くなるんだろう。
──おーい。
「うう……」
──おーい。生きてるかーい。
「父さん…?」
──いや、俺はお前の父親じゃないんだ。
「……ここは、森?なんで私、ここで寝てたの?家にいたはずなのに」
「寝ぼけてたんじゃねえか?ヨダレ出てるし」
「ひぃっ……!!」
私ってば、そんなにだらしなかったの!?
「俺んち来るか?すぐ側だぞ?」
知らない男の人に付いていく私。もう何が何だかよく分からないから、今はこの人に頼るしかない。
「こんな森の中に家が?」
「ここが俺の家。まあ、入れ。話はそれからしよう」
「はい」
いや、待ってよ。私。もしかしたら、この人が私に予告状の手紙を届けた犯人かもしれない。この状況を作るのが目的だったら。この人は危険だ。警戒しよう。
「なんだよ。そのしかめっ面は?俺の顔に何か付いてるか?」
「疑惑の目が付いています」
「どんな目だよ…。まあ、座って話でもしよう」
家に入ると、ほとんどが木製品の家具だらけ。水や電気は通ってないのは当然かな。
「まずは自己紹介からだな。俺はハクヤ・エリーツだ」
「私はアリシェ・レートです」
はっ!しまった!名前をいつもの親切心で応えてしまった!
「気になることが2つあるんだが。聞いてもいいか?」
「その前に、私からも確認しておきたいことがあります!昨日はどちらへいらっしゃいましたか?」
「獣狩りして、川で魚釣りもしてたぞ。あと薪割ってた」
「手紙とか書いてませんか?」
「手紙?俺、字が書けないんだけど」
えっ?字が書けない?
「それ、本当ですか?」
「本当だけど?」
字が書けないってことは、この人は犯人じゃない。森で暮らしていた人間ならそれはおかしくないことよね。
「すみません!私の勘違いでした!」
「じゃあ、俺からの話をしてもいいか?」
「どうぞ」
「その服装だとこの辺りに住んでないよな。どこから来たんだ?」
服装は上品な白のワンピース。森に出掛けるような動きやすい服装ではなかった。
「センロティア・アレスに居たはずなんですけど」
「じゃあなんでこんな深い森で寝ていた?」
「家で寝てたはずなんですけど、目が覚めたら森で寝ていて」
「自分でもよく分からないと」
「はい……」
「まあ、事は起きてしまったことだ。あんまり気にしても結果は変わらねえだろう。センロティア・アレスってここから遠いけど、帰りたいだろ?」
「………帰りたくない」
どうしてそんな言葉を呟いたのだろうか。そうだ。私は、外の世界が見たかったんだ。ずっと家に閉じ込められていて、何が起きたか分からないけど、やっと外の世界に出られたんだ。
「私、あの家に帰ったら、もう外に出ることができなくなるかもしれないんです!私は外の世界が好きなのに。お願いします!私をここに居させてくれませんか!?」
「ええ……」
本気で嫌がられた!?やっぱり無理なお願いだったのかも。
「アリシェって言ったか?」
「はい」
「俺もこの家から出たことがないんだ。俺も外の世界を知らない」
「そうなんですか?」
「似てるのかもな。俺たち…」
「ハクヤさんでしたっけ?」
「ハクヤでいいよ。歳近そうだし」
「じゃあ、ハクヤ。私が外の世界の字を教えます。その代わりといってはなんですけど」
「いいよ。ここに住んでも。けど、自然は厳しいぜ」
「じゃあ、私に自然のことを教えて下さい!」
「ああ、もちろん!」
こうして私はハクヤと出会い2人で自然の中を長いこと過ごした。