告げ口
小者に言いつけ粥を作らせたが、美嵐丸は自分も竈に立ち、毒を盛る者がいないか注意を怠らなかった。
城中である者と碁を打ち、完膚無きほどけちょんけちょんに破り、それを是とせぬ相手から槍の試合を挑まれ、それまた打ちのめしてしまった。あまり身持ちの良くないその男と、彼と同じ類の同僚は慶次郎の命を狙っているという。
美嵐丸は膳を利久の伏せている部屋に運ぶとそこで慶次郎達におさんどんをした。
具合が悪そうに背もたれをしてゆっくりと食事をしている老父に慶次郎は城中であったことなどを面白可笑しく話している。老人は口を椀につけたまま、ときどき咽せる。聞いているのだろうか。
「今日からこの可愛い者が来てくれました。少しはこの家も華やぐでしょうな!」
食事の終わった老人を、慶次郎が大きな体で抱いて寝かせると、美嵐丸のほうに向かって笑った。この家は女中もおかず家来も仕えていない。
美嵐丸は思わず聞いた。
「慶次郎様・・・何故にお家来衆を置かないのです?今までお一人で大隠居様(利久は家中でこう呼ばれていた)をお世話していたのですか?」
慶次郎は寝入った老人の額に手を翳して熱を診ていた。ゆっくりと美嵐丸を向いて言った。
「家来衆なぞ面倒だ。身軽で良い・・・いつかはここを去るつもりだからな」
美嵐丸は仰天した。
「な・・・なんと仰せです!大隠居様はどうするのです?」
それよりも当主、利家が何と言うか!
「親父の面倒は最後まで看る。それからの話じゃ」
「・・・私が御屋形様に告げ口をしたらどうするのです・・・退散は上意討ちの的となりましょう!」
慶次郎はにっと笑ってじっと美嵐丸を見た。
美嵐丸ははっとした。
そんなことを軽々しく言うな、という頭があって思わず言ってしまった。
頭の中に『したいならすれば良い』という慶次郎の声が聞こえた。
だが、実際の慶次郎は何も言っていない。そう言ったら美嵐丸の自尊心が傷つくということを分かっていた。
美嵐丸は慶次郎を口を震わせて見ていたが、次第に目を下に落とし、平伏した。