【第一章】第五部分
(ちょっとヤマナシケン。授業中なのに、いったいどこ見てるのよ?)
「ど、どこでもいいだろ。勉強してないんだから。」
(でもその目は妄想してるわよ、それもかなり強度ビームが発せられてるわ。)
「そ、そんなことないよ。ただ、ぼーっとしてるだけだよ。」
(そうかしら。まあいいわ。とにかくエッチ妄想禁止よ。)
「そんな彼女をエッチな目で見たりしないよ!」
(彼女ォ?)
「可能如雨露という如雨露の新製品を妄想してたんだよ。」
(なにそれ?変なの。って、ヤマナシケンは最初から変だけどね。)
「ふう。」
こうして咲良の疑問はうやむやのうちに授業が終わった。
休憩時間となった。再びリコーダーに向かってのモノローグモードとなっていた和人。
リコーダーの主が奇妙なものに気づいた。
(この紫色の空気は何?)
和人の左手前の席からモヤモヤっとしたモノが立ち上っていた。それは教室の空調が悪いせいか、和人の方に向かって来ていた。
「痛い!」
モヤモヤは先が尖って、槍のようになり、和人に突き刺さった。
(どうしたの、ヤマナシケン?)
しかし、和人の体に物理的な損傷はなく、痛みは忘却の彼方に消え去り、代わりに和人にクラスの女子が声をかけてきた。
「かずちゃん。ちょっと顔貸して。∴(ゆえに)廊下に出て。」
フラットな喋り声が少々不気味な印象を与える。
ショートカットの青い髪。蒼い目は横にやや長く、わずかに大きめの鼻と耳。口をビミョーに尖らがせて、抗議する雰囲気が漂っている。
「名詩魅、何か用?さっきから変な感じがするけど。」
名詩魅から返事はなかったが、背中からは、やはり紫色のモヤモヤが流れ出ている。
廊下では、名詩魅の姿を目にした生徒たちが露骨に避けて歩くので、和人とふたりだけになった。
『ドン!』
和人との身長差がほとんどない名詩魅は、壁というコーナーに和人を追い込んだ。
「かずちゃん。そのリコーダー、名前、刻み込まれてる。∴いったいどこのオンナ?」
首を斜めにした名詩魅。フラットな目はさらに横長になったが、その狭い幅には蒼い瞳が威嚇の光りを放っている。
「いや、これは女の子の名前なんかじゃないよ。夢に出てきた天使だよ。それも胸が平坦で女の子という概念を、真っ向から否定するレベルだから問題ないよ。」
「そう、ならいい。許嫁の目の蒼い内、浮気ゼッタイ禁止。この婚姻届、役所に出す、即ゲームオーバーじゃない。∴結婚式、スタート。」
一人称が『許嫁』の名詩魅はふたりの署名のある紙を和人の顔にちらつかせた。
「名詩魅。またその話?それって違法行為じゃないの?」
「この婚姻届、(見本)と書いてある。∴問題なし。」
「ならばその婚姻届は無効だね、良かった。」
「かずちゃん。無効、喜ぶ?∴容認不可避な感情!」
名詩魅の全身から紫色のモヤモヤが一気に噴出した。
『ぴー!』
突然、リコーダーの警戒音が鳴った。
慌てて、歌口を吸う和人。
(あはん。)
その瞬間、リコーダーは鎮まった。
(あれは悪魔よ!)
咲良が名詩魅に聞こえないように声を出した。
「違うよ。この子は、ボクの家の隣りに住む、幼なじみの小山内名詩魅だよ。れっきとした人間だよ。」
「かずちゃん。なんか怪しい。∴これでも受ける?」
名詩魅が右手を上げてそこには紫色のモヤモヤが溜まっていた。名詩魅が右手を振り下ろそうとした瞬間。
『キンコンカンコン』チャイムが鳴った。
「授業、始まる。∴教室、復帰。」