【第一章】第四部分
「こ、声をかけられた。ほわわわ~。」
和人は通学路のコンクリートと一体化した。
(ヤマナシケン、いったい何がしたいのよ。)
「はわわわ~。」
和人が立ち上がったのは10分後だった。
その後もリコーダーを見る痛い視線に耐えながら、ようやく教室に入ってきて、廊下側一番後ろの席に着いた和人。
「みんなの目が痛かったなあ。」
(これぐらい、ヤマナシケンの今後を考えれば大したことないわよ。イバラの道はカネを払ってでも歩いて、通行止めされるのがオチよ。)
「それって慣用句でもなんでもないよ。」
(味噌と糞が少し違うとか、細かいことはどうでもいいの。)
「それは全然違う物質だけど。」
(いちいちうるさいわね。さあ、授業が始まるけど、勉強なんかしちゃ、ダメなんだからねっ!)
「だったら、学校に来ない方がいいんじゃ。」
(何言ってるのよ。家にいたら、ヤマナシケンはやることなくて、エッチなことに走る脳しか持ってないんだから、こうして衆人環視の中に置くのよ。)
「はい、はい。」
授業が始まった。教師が板書するのを見て、さらさらとノートに書き始めた。
(何してるのよ?)
「見ればわかるだろう。ノートを取ってるだけだよ。」
(やめなさいよ。そこに書かれた文字が、やがて呪文に変わる日が来るかもしれないわ。変数除去よ、除去。)
「わかったよ。でもこのままだと、テストで赤点取りそう。仕方ないな。」
和人はノートに取るべき内容を頭に詰め込もうと必死になっていた。
『ぴー!』
突然リコーダーが鳴り出した。
「あわわ!」
びっくりして、リコーダーを口に加えた和人。
(あはん。)
淫らな声がした途端にリコーダーの音は止まった。
「ふう。良かった。」
「木賀世君。今は音楽の時間ではありません。授業中に、リコーダーを吹くのは止めなさい。」
「はい。すみません。」
(アタマの中で、勉強しようとしたって、ダメなんだからね。だからと言って脳内で青春Hきっぷを切るのも禁止。よそ事だけを妄想しなさいよ。)
「でも何を考えたらいいのか、わからないし。それと、さっき、変な声が聞こえたような?」(そ、空耳、ソラミミスマイルよ!)
「ソラミミスマイルって、何?」
(女児向けの夕方アニメをちゃんとチェックすればわかるわって、そんなこと、どうでもいいわ。とにかくムダに妄想しなさい!)
「妄想っていったって。どうすればいいかわからないよ。」
(そんなこと、自分で考えなさいよ!)
「木賀世くんって、独り言が多いわね。」「それもリコーダーに向かって喋ってるみたい。」
「きっと変なこと、考えてるわ。」「こわいわ。朝から妄想してるって、フツーじゃないわ。」「朝からエッチで脳内満タンとか?信じらんない!」
「なんだか、ボクの評判、下り坂、いや絶壁転落みたいなんだけど。」
(ヤマナシケンなんて人口も少ないし、関東に入ってることもおこがましい地方なんだから、それで十分よ!)
「山梨県民をすべて敵に回す準備十分だね。あ~あ。悪い評判になっても仕方ないと思うけど、あの人だけにはそう思われたくないなあ。でもボクなんかには高嶺の花だし。」
和人の視線の先には、長い黒髪の背中が映っていた。