【第一章】第三部分
(今のはいったいなんなの?すごく大きなモノがやってきてたみたいだけど。)
「ああ。ボクの妹だよ。たしかに大きくて頼りがいがあるんだけど。」
(スゴく太ってるのかしら?)
「うん、まあ、そんなところかな。」
(ふ~ん。じゃあ、美少女じゃないわね?)
「何か言った?」
(いや、何でもないわ。それよりアタシはベッドで寝るから、『疚しいこと無し犬』、通称ヤマナシケンは、床で寝るのよ。アタシがいくら超絶魅力的だからと言って、襲いかかったりしたら、せっかくの犬生活にピリオドが打たれるんだからね。)
「そんなことしないよ!」
(Hなことに興味津々なクセに。ぐうぐう。)
天使の姿に戻った咲良はすぐに寝息を立ててしまった。
「ボクのベッドが占有されてしまった。ボクはいったいどうすれば・・・って、床で寝るしか選択肢がないなあ。本当に犬だよ、これじゃ。」
和人もひどく疲れていたので、すぐに眠りに落ちていた。
そして、翌朝の和人の部屋。ふたりともすでに起きていて、登校準備も完了している。
「よし。じゃあ学校に行くわよ。アタシはリコーダーの姿になるから、ヤマナシケンは後生大事に首に提げるのよ、首輪よ、首輪。」
「首にぶら下げるの?カッコ悪いよ。」
「なに生意気言ってるのよ。アタシがヤマナシケンを守るために、こうしてやるんだから、多少のことはガマンしなさいよ。」
「仕方ないなあ。」
和人は、変身した黄金リコーダーをヒモで結んで、首に掛けた。
(ちょっとぶらぶらするけど、まあいいわ。)
「まるで、ミノムシ。」
(何か言った?)
「別に。じゃあ、家を出るよ。」
こうして、黄金リコーダーをぶら下げた和人は、たくさんの生徒が歩く登校路を進んだ。
「あれ何?」「リコーダーを首にかけてるわ。」「しかも金色!シュミ悪いわ。」「特注品じゃないの?」「目立ちたいのかしら。」「そうに決まってるわ。」「何か文字が彫ってあるわ。」「なになに、サラって書いてあるわよ。」「サラ?使ってないっていう意味?」「人の名前じゃないの?」「女子の名前よね。」「呪いでもかけてるのかしら。」「いやいや、きっと好きな女子の名前を書いて、コクハク宣伝してるのよ。」「え~?」「キモイわ~!」
和人は多くの女子から注目を浴びていた。当然、悪い意味でのそれは、思春期男子として歓迎すべきものではない。
「天使さん。ボク、結構傷つきながら、登校人生を歩んでいるような気がするんだけど。」
(呼び方は、咲良様でいいわよ。アタシはヤマナシケンと呼ぶけどね。ヤマナシケンは非成長戦略に則って生きていくんだから、これぐらいは試練のうちにも入らないわよ。)
「名前の呼び方は、格差社会の象徴なんだけど。わかったよ。」
和人が歩いている時、突風が吹いた。
「キャア!」
和人の前を歩いていた女子のスカートがめくれた。
『ドキッ!』
和人の心臓の音量が跳ね上がったが、それはほんの一瞬で収束した。和人の角膜に投影されたのは黒いスパッツだったからである。
(ヤマナシケンが発情したかと思ったけど、これなら安心ね。)
咲良が安堵したように、この学校では男子中学生への刺激を抑えるため、女子はスパッツを穿くことが校則で決まっていた。
『ツカッ、ツカッ。』
他の女子生徒と違い、優しく、心地よい靴音が近づいてきた。すると、まぶしい光が接近してくる。
(これは魔獣、いや悪魔だわ!)
「ごきげんよう、木賀世さん。」
切れ長で鋭いが美しく黒い瞳。背筋をキュンと伸ばして、漆黒の黒い髪を風に軽やかに靡かせている。やや細い体つきであるが、出るところは出て、赤いセーラー服の上からでもくびれがハッキリとわかる見事な曲線美を描いている。
「かああああ。」
『ぴー!』
リコーダーがけたたましく鳴り響いた。
「うわあ!」
大慌てで、フタをするように歌口をくわえる和人。
(あはん。)
奇妙な声がしたが、和人はそれを気に留めるどころではなかった。
「あら、木賀世さん。朝早くから音楽の練習をなさっているのかしら。勉強熱心ですわね。では教室で。」
美少女は微笑みながら、和人を追い越して、そのまま校舎へ向かった。