【第一章】第十一部分
咲良はスカートの裾をつまんで軽くお辞儀をした。
「そんな魔法少女気取りしている時間はないよ。早く跳び箱モンスターをやっつけてよ!」
「わかってるわよ。でも魔法少女というのはお約束のカタマリなんだから。キチンとプロセルを踏む必要があるのよ。跳び箱モンスター、覚悟しなさい。『天使が皆に祝福を与えると思ったら大間違いよ。悪は宇宙の塵になって、次のビッグバンの土台になるのよ。』・・・決まったわ。」
咲良はステッキを跳び箱モンスターに、ビシッと向けた。
「咲良様。自分の言葉に陶酔しないで、早く決着をつけてよ。」
「ケチャップをつけるの?」
「遊んでる場合か!」
「ホント、せっかちねえ。早死にするわよ。よ~し。火焔魔法で焼き尽くす。木だからね。でもこの大きさじゃ、3秒フルに使う必要があるわね。相対魔法、術式・火、制限・オン。対象・跳び箱モンスター、範囲・箱全体、時間・3秒、到級3。発動!」
咲良のステッキから火炎放射器のように炎が発射された。瞬時に燃え尽きた跳び箱モンスター。
「やったわ。さすが、魔法少女の正装は効果絶大だわ。そうそう、魔法少女はこれをやらないとね。『悪は正義の魔法少女の前にひれ伏すのが仕事なのよ。』って、もうここにはいないわね。あははは。」
両手を腰に当てて、仁王立ちしている魔法少女咲良。どちらかというと、悪の中ボスイメージである。
「ボク、食べられたよ~。咲良様、ひどいよ!」
「そうよ。いいじゃない。腕ならちゃんと戻ってるわよ。よく見なさいよ。」
「戻ってる?で、でも、す、透けてるよ。」
和人の左腕の肘から手首にかけて、一部に歯形をトレースするように、透明になっている。
「細かいことは気にしないでよ。ちゃんと使えるわよ。」
「でも感覚が全然違うよ。ボクの腕じゃないみたいだよ。力もあまり入らないみたいだよ。」
「ヤマナシケンはダメダメになるのが使命なんだから、その方が好都合なのよ。これはガマンでも試練でもなく、ノルマなのよ。」
「体まで奪い取るなんて、聞いてないよ。咲良様の悪魔!」
「悪魔ですって!それは天使に対する最大の侮蔑言葉よ。取り消しなさいよ。」
「国会議員だって、失言を撤回しないんだよ。やっぱり咲良様は悪魔だよ!」
「悪魔って、二度も言ったわね。許さないんだから!」
「いいよ。ボクの体を消す悪魔なんて、まっぴらだよ!」
「フンだ!」
「こちらこそ!」
咲良は黄金リコーダーに戻り、そのままでいた。
家に帰っても、咲良は黄金リコーダーのままで、出てくることはなかった。
翌日の登校。和人の胸には黄金リコーダーはなかった。
教室に入ると途端に女子たちを中心にざわついてきた。
「見て見て。木賀世くんの首。」「悪趣味色リコーダーがなくなってる。」「いろいろ言われたから反省したのかも。」「リコーダーの携帯については、学年主任の許可を取ったというウワサなのに。」「不思議ね。」「誰かに盗られたのかしら?」「あんなキモイ色よ。」「それに木賀世くんが使ったリコーダーなんて、ほしい人がいると思う?」「それはそうだわ。」
和人の変化を良いように言う生徒はいなかった。
「みなさん。クラスメイトとして、推測だけで悪く言うものではありませんわ。クラス委員長として、断じて許すことはできませんわ。言いたいことがある方は、ワタクシのところに、発言趣意書を作成して、届出しなさい。」
いつもの優しい目と違い、厳しい光を瞳に宿している委員長。
クラスは打って変わって、静まり返った。
「い、委員長がボクをかばってくれた。こ、こんな幸せな日が来るなんて。もう死んでもいい。」
「木賀世さん。それは少々オーバーですわよ。」
委員長は後ろを軽く振り向いた。表情はいつもの柔和路線に復帰していた。
「あれ?ボク、声に出していた?は、恥ずかしい!」
「純粋でよろしくてよ。でも死ぬとか、簡単に言ってはいけませんことよ。」
「す、すみません。以後気を付けます。」
「それでいいのですわ。うふふふ。」
「くあああああああ~。」
和人はアタマから湯気をもうもうと発して、白目を剥いて、机に突っ伏してしまった。
「あらあら、いやですわ。これから授業をちゃんと聞かないといけませんのに。」
委員長は微笑しながらも、目の奥には強さがあった。