地球がトンカツ!
コロラド州にある遺伝子研究所。
博士は辺りに唾を撒き散らしながら、今熱弁を振るっていた。
周囲数メートルにわたり唾は飛び散り、周辺で話を聞かなければならない助手からすればそれはもう拷問と呼べるものだった。
「私はついに人類の進化の謎を解いたのだ。隔された進化のミッシングリンクの謎を私は全て解き明かした」
博士の唐突な発言に、助手達は眉をひそめていぶかしんだ。
「つまり人類は『トンカツ』から進化した生き物であるのだ」
研究所に静寂が走る。
その数秒後に助手達は口々にみなこう言いあった。
『ああ、博士はついにアレな人になったか』
『もう結構な歳だものな』
「貴様ら、私の話を全く信用しておらんだろ!」
「いえいえ、博士そんなことはありませんよ。しかし、しかしですよ。トンカツが進化と言われましても、ねぇ……」
「トンカツは生物ですらありませんよ?」
「ハハハハ、あれが進化するなら俺の冷蔵庫に入れてあるシチューは今頃スーパーマンにでも進化してるよ」
「違いないや」
助手達はアメリカンジョークを交えながら笑いあう。
「ばかもん! 私が証拠もなくこんなばかげた事を言っていると思っているのかね! このエネルギーグラグを見たまえ」
博士は怒号と共に、PCのスクリーンにグラフを表示させる。
「見たまえ、これが人類を構成するエネルギーグラフだ。それがここ数週間前に激変しているのだ」
確かに、そのグラフは数週間前から五日前までに変化をしている。
「確かにこれは貴重なデーターだとは思いますが、これとトンカツがどうつながるのですか?」
「この増加したエネルギーがまさにトンカツと同一の数値を示しておるのだよ。そう、我らの身体の中にトンカツと同量のエネルギーが増加しておるのだ。このエントロピーの増大は、完全にエネルギー保存の法則を逸脱しておる。すなわち我らの中にトンカツなるものが内包されていなければありえないのだ」
「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ。このことがもし本当だとしてですよ」
「もしとはなんだ!」
「まぁまぁ、博士落ち着いてください。本当だとしても、そうなると人類はここ数週間で突如進化したって事になるわけですよ? そんな事がありえるんですか?」
「うむ、確かにそういう事になる。しかしこの数値は絶対なのだ。揺るぎ無い事実なのだ」
「まるで神様のいたずらですね」
「もしかすると本当に神様がいたずらをしたのかもしれないな」
そう言って一人の助手が笑ったが、他の助手はそれを無視した。
しかし、助手の言った冗談は本当だった。
地球。太陽系。
銀河系。宇宙。
そして、宇宙の外、観測者点。
そこに彼は居た。
「やっちまったなぁ……」
彼は虚空に向かってつぶやいた。
虚空といってもここでは全てが虚空だ。
無量大数の距離が全て虚空で埋め尽くされている。
「いくら勢いとは言え、人類の99.9999パーセントをトンカツに変えちまったのは失敗だったなぁ」
なぜに100パーセントではないのか?
「だって100パーセントにしちゃったら、トンカツになった人類を見て驚き慌てふためく人が居なくなっちゃうじゃないの。そんなのつまんないじゃん」
つまりそういう訳なのである。
世界には友達がトンカツになって気が狂いそうになった人間が存在した事になる。
一言言うならば『ご愁傷様』
「しかも、一週間ちょいでトンカツになった人間が腐っちゃうなんてちょっと想定外だったよなぁ」
腐臭ただよう素敵な地球。彼の作った世界はまさにホラーだ。
「まぁ過ぎた事は悔やんでもしょうがない。前向きでなくちゃな。後ろ向きな神様なんてダメダメダーメだからな」
基本がすでにダメダメな神であると言う事を彼はいまだ気がついてはいなかった。
しかし、彼はなりたくて神になったわけでもなく、そこのところは仕方ないといえよう。
なら彼はなぜ神になったのか?
「輪廻の気まぐれだよ」
まさしく彼の言う通りなのだ。
「いやぁ、まさかあんな輪廻転生を繰り返して、神様になろうとは……」
彼は最初ただの人間だった。
いや、あえて言うならばトンカツが異様に大好きな人間だった。
そして次に転生したのが『ビフカツ』だった。
しかしビフカツとしての人生は短いものだった。
なぜならばあっと言う間に食べられて終わったのだから
イスラム教徒に食べられた彼は彼の肉体と融合したのだが、次の日にウンコとなった。
ウンコの次にトンガリコーンに転生し、そのあとは液晶テレビ(しかも韓国製)そして壊れかけのレディオ、古本屋のドラえもんの6巻(ドラえもんが未来に帰る感動の巻だ)それから更に数え切れないくらいの転生を繰り返し、ついに神となったのだ。
「えっ、神に転生する秘訣は何かって? あれだな、さばの味噌煮に転生した時にある事をする。それが神に転生する確変のチャンスだ!」
とにかく彼は神になった。
神になれば基本なんでもありだ。
何をしようが思いのまま、望みのまま。
しかし、神になれる時間は決まっていて地球時間で約一週間。
とは言うものの、神は時間の概念すら好きにいじれてしまうので、実際期限は意味の無いものなのである。
「神になったはいいけれど。一週間もなにをしよう。ああ、めんどくさい」
すなわち彼はすでに神にあきていた。
「さばの味噌煮時代は良かった。あの時は考える必要がなかったもんなぁ」
それ以前にさばの味噌煮には脳みそが存在しないのだが。
つまり彼の中では神の存在はさばの味噌煮以下なのである。
「まぁ考えていてもしょうがない。トンカツを食べよう」
そう頭に思い浮かべた途端、目の前には揚げたてホカホカのトンカツが現れる。
「うむ。まさにこれこそ至福」
満面の笑みを浮かべながら彼はトンカツを口にほおばる。
「トンカツに囲まれた生活これこそ幸せを具現化したものに違いない!」
彼はそう断言するのであった。
「はっ、そうか。それならば、地球のみんなも幸せにしてあげないと」
指をパチンと鳴らし彼は神の力を使った。
結果、地球がトンカツになった。
ガガーリンなら地球を見てこう言うだろう『地球はトンカツだった』と。
青い星地球は、キツネ色でこんがりな星地球となったのだ。
地面はサクサクの衣になったのだ。
地下にある建物などは、衣の中に埋もれてしまっている事になる。
ともかく油臭い!
海は衣からの大量の油が流れ込み、完全に汚染されてしまった。
「おお、神よ!」
人間は天を仰いで神に助けを求めたのだが、まさかこのごむたいな仕打ちをしたのが神本人であろうとは気がつくはずも無いのであった。
とくにイスラム教徒たちは大変である。
なぜなら彼らは豚肉を食べないのだから。
それなのに地面がすでにトンカツなのだから困ってしまってさぁ大変。
どれくらい大変なのか、現地のイスラム教徒に聞いてみる事にしよう。
「豚肉だけに、アッラーよりも仏陀の教えに従うべきでした」
くだらない駄洒落を言ってしまうのは、狂気ゆえであろうと思う事にしておこう。
「あちゃー。またやらかしちゃったかなぁ」
などと言ってはいるがこの男実際はまるで反省等してはいない。
「そうだ。中途半端だからいけないのだ。トンカツの素晴らしさをわかってもらうためにはこの程度ではだめなのだ。ハイル・トンカツ!」
そして全宇宙はトンカツになった。
トンカツの太陽が輝き、空には無数のトンカツが光る。
もちろん銀河系もトンカツだ。
ブラックホールだってトンカツだ。
大好きな彼女だってトンカツだ。
豚だってトンカツだ。
トンカツはトンカツだ。
唯一無二の存在それがトンカツだ。
「うむ。私はやっと気がついた。いくらトンカツが好きでも、ほかに対比するものがなければトンカツの良さはわからないものなのだ。つまり世界の女がすべて美女ならば、美女という価値観がすでに存在しないのだ。すなわちトンカツ以外のものはトンカツのための対比物ではあるが、存在することが不可欠なのだ!」
彼の唱えるトンカツ理論は基本間違いだらけなのでいちいち突っ込むのも面倒なくらいだ。
神は7日間かけてトンカツだった宇宙を元に戻しましたとさ。
トンカツあれ!
おしまい☆