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3 運命を握る男

 ゲルダが動揺を隠せなかったせいか、アンナはその後心配そうに沈み込んでしまった。失言だったと思っているのかもしれないが、否定して励ます余裕は今のゲルダにはなかった。


 王宮の門をくぐり、馬車を降りる頃には日が暮れていた。

 そのため、王との謁見は翌日に持ち越されることとなり、客室に通される。部屋は広く、豪華だったけれど、空気がひどく重く冷たい。昼間暖められた空気もすでに逃げてしまった。

 ここでもゲルダの部屋には火は入れられない。火が怖いという話が周知されているようだった。

 部屋が広い分、冷え込んでいるらしい。故郷と同じく氷のような空気に触れ、唯一の楽しみさえ取り上げられたような心地で、ゲルダはなんだか悲しくなった。夜は南の国にもやってくるのだ。


(あぁ~……もう!)


 もやもやが内臓すべてを覆うような嫌な気分だった。

 だが唯一の話し相手であるアンナは、隣室にて荷物の整理に忙しそうだ。

 どこかで発散したい――

 月明かりを頼りにゲルダはバルコニーへと出る。周囲を見回し、人気ひとけがない事を確認する。そして息を大きく吸うと、お腹の底から吐き出すように歌い出した。大好きな歌。心が沈みかけたときに、上を向かせてくれる、そんな歌詞がお気に入りなのだ。


 だが、一番盛り上がる一節フレーズを口ずさんだとたん、


「――やっと見つけた」


 という声にぎょっと目を剥いた。誰もいないと思っていたのに、下階のバルコニーに人影があったのだ。


「その歌。間違いない――けど、あいかわらず酷い音痴だな。俺じゃないとわからなかったんじゃない? 作曲者に謝れ」


 目を見開くゲルダに、遠慮なく、まるで昔からの知り合いのように馴れ馴れしく彼は言った。

 しかもものすごく楽しげに笑っている。失礼極まりない。かぁああと顔を赤らめたゲルダはびしり、と人影に向かって指差した。


「し、失礼ね! わ、わたしが誰だかわかって言ってるの!?」


 こちらは王妃だ。まだ事実上は違うけれど、もうすぐなる予定だ。

 権力を振りかざしたいわけではないけれど、知らずに無礼を働いて後々困るのは彼の方だった。居丈高に釘を差すけれど、


「ああ。もちろん――リ、じゃなくって……今は、レディ・ゲルダ・ビュシュケンスだな」


(わたしのこと知っている!? ――それに……は?)


 と目を見開いた彼女は、目を細めて人影を見つめる。陰は一歩足をこちらに踏み出す。月明かりに照らされ顔が顕になり、ゲルダははっとした。

 馬車で見た顔だ。隣で馬に乗っていた、黒髪黒眼の男。

 ゲルダは再び酷い既視感に目がくらむ思いだった。


「……あなた、だれ」


 呆然と言うと、彼は「俺がわからない?」となぜか悲しそうに顔を歪める。

 だが、その顔に見覚えはない――はずだ。記憶をさらっても、この男を見かけたのは馬車の中でがはじめてだ。小さく首を横に振ると、彼は仕方なさそうに「カイ・ヘンドリック・トレンメルだ」と名乗る。


「カイ? トレンメル?」


 その名をどこかで聞いた気がしたけれど、思い出せなくてもどかしく顔をしかめた。すると、カイはふ、と口元に魅惑的な笑みを浮かべて言う。


「おまえの運命を握る男だ」


 甘い声は愛を囁くかのようだった。 


「な――!?」


 階下から射抜くように見つめられ、ゲルダは思わず弾けるように部屋の中へと飛び込んだ。


(な、なんなの――あれ!)


 笑顔はどんな女性も堕ちそうなくらいに美しく、言葉は蜜のように甘かった。だというのに胸はときめきに軋むこと無く、バクバクと暴れ続ける。というより、ときめいている場合じゃない。


(わたしが王妃になると知っているはずなのに、なんて危険な発言をするの!! 不貞を疑われたら、一巻の終わりでしょ!)


 あの男はどう考えても危険だった。ゲルダの平穏な生活を壊す存在だと勘が訴えた。

 最初に会ったときの胸騒ぎの原因を突き止めたような気分で胸を押さえていると、荷物を運び込んでいたアンナが心配そうに顔を覗き込んだ。


「お嬢様、お顔が真っ青です……!」


 どうやら部屋の中にはやり取りが届いていないようだと少しだけほっとする。だが外に別の人間が居たらと思うと、血の気が引いてめまいがした。


「……大丈夫、ちょっと疲れただけだから」


 そんな風にごまかすと、ゲルダは「もう寝るわ」と就寝の準備を促した。

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