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旧マドンナ  作者: ろく
3/5

エネミー

ある優待券を持っていると、長く列を作って並ぶ人より早くお店やレジに行ける。

どれだけ律儀に並んでいても、その券を持っているだけで、抜かされてしまう。

そう、片思いと同じだ。

どれだけその人にアピールし、自分の方を向いてくれるのを今か今かと待ちわびても、自分を超える人が現れば、優先的にその人に恋してしまう。

怖いくらい、呆気なく、あれよあれよと抜かされていく。

その優待券を持つ条件は人それぞれ色々あるが、いずれにせよ、遠い昔に身につけ忘れた性格だったり、今からでは到底敵いっこしないものだ。

だから今からその優待券を取りに走ったってもう遅いのだ。性格や魅力というのは、おいそれと変われるものではないのだから。


彩美はその優待券を持っている、と豪語したい気分だった。

そう、私は選ばれし人で出るとこ出れば、もう他の誰をも差し置いて、直輝と付き合える、と。


そんなある日、月初め。

朝礼で見慣れない子が混ざっていた。

背が低く、髪の毛はゆるゆると巻かれていて、細い、女の子だ。彩美からは後ろ姿で見えなかったが、なんとなく若そうな雰囲気の。

いつも通り、中年の上司が前に立つ。

「今日から入った中村 麻友さんです。」

どうぞ、と上司が言うと、その子はしずしずと前に出てきた。

前に出てきて、やっと顔が見えたが、彩美は嬉しくなった。

ふうん、私より綺麗ではないわね。

その若い女の子は目は大きいが素朴な顔立ちで、なんと言っても大学生かのような雰囲気をしている。大したことない。

朝礼が終わると中年の上司が彼女と一緒にやって来た。

「彩美ちゃん優秀だからね。中村さんの指導員になってもらおうと思って。」

彩美は思った。見てなさいよ、と。

「葉山 彩美です。よろしくお願いします。」

あなたも私にひれ伏すといいわ、そんな感じでこれからよろしくね。


彩美はあれこれ仕事を教え込んだ。伝票の書き方、書類の場所など。

仕事には一つ一つ意味があって、何故こうしないといけないか、も合わせて説明した。

ふと彼女を見ると、なんと、ふんふんと動物園の動物を眺めるように彩美の行動を見ているだけだ。

「ここで、メモをとっておきますか?分からなくなっちゃうと思うので。」

彩美がそう言うと、彼女は慌て始め、ゴソゴソとポケットをまさぐった。

「メモ、持ってない?じゃあこれを使って下さいね」

彩美は自分のポケットからノートを取り出して、彼女に差し出した。

メモくらい取りなさいよ。超能力者か何かなの、本当に。彩美はそう思った。

彩美はいつでも新しい仕事をするとき、必ずメモを取るし、現場ですぐ使えるように大きな字で書くようにしている。

それに、上司が説明をしていても、一旦止まってもらい、メモを取らせてもらう。

「明日からメモ、持ってきて下さいね」

彩美がそう言うと、はい、と申し訳なさそうな顔で言った。

もう百貨店は開店する時間だ。

通路に向かって並んでいる。


「中村さんは、いくつなんですか?」

きっと、私より年下だろう。若い。

「24です。今年、24です」

驚愕だった。同い年だ。彼女が若いのか、私が悟りを開いているのか・・・・。

「あっ、そうなんだね。同い年だね」

彩美は笑顔でそう言ったが、残念でしかなかった。まるで、鬼姑と新妻みたいな関係だ。

同い年なのに、ここまで仕事に対するスタンスが違うのか、とも思った。嘘でしょう?

私は仕事するにあたって、その後の行動も考えて行動するし、この時間はどう使うと効率的か、とか考えるのに、と。

この感じでは彼女はそんなこと考えていないだろうな。

「あの、私倉庫整理するので、一緒に倉庫の場所とか確認しましょう。ここに何があるかとか、見てると後々便利ですよ。」

「整理もするんですか?」

彼女はボケっとそう聞いた。

「別にやってもやらなくても良いんですけど。汚いの嫌なんです。それに・・・」

「葉山さん、潔癖症ですか?」

彼女は彩美の言葉を遮ってそう言った。

潔癖症?誰も整理しないからやるだけなのに、何だか潔癖症なのがいけないとでも言いたいのか、何だか失礼な言い方だ。何なの?

そもそも潔癖症ではないし、人の役に立ちたいからそうするだけだ。

「誰か整理しないと、駄目だと思いませんか?そういうのって。」


休憩に入り、喫煙室に入ると男の先輩がちらほらといた。

「中村さん、いいよねえ。可愛いよね。」

何だって?聞き捨てならなかった。

「あっ、彩美ちゃん、お疲れ様。

どう?中村さん。頑張ってた?」

全く頑張ってますよ。メモも取らずに。

「はい。でもまだ慣れてないようですよ。」

やっぱりそうだよなあ、と男子が言う。

ついでに彩美と同い年だということについても感想を求められた。

「同い年でも色んな子がいますからね。私も周りには居なかったタイプかなあ〜。」

いや、嘘だ。居たタイプだ。ただ、地味でそこまで目立たない分類の人だ。

私の陰で、密かに私を見上げて親指をくわえているタイプの子だ。

男子はこういう馬鹿で浅はかな女に食いつくのか。なんて薄っぺらいの。

まあ古田さんは違うと思うけれど。

「彩美ちゃんとかまた別の可愛さがあるよねえ。なんかさ、職場で2種類の美人を見る感じ。

彩美は苦笑いをしたが、全く笑えなかった。

彼女と比較されたこと、同じ土俵に立たされたことが全く侮辱でしかない。

帰宅する道中でも腹立たしさは収まらなかった。

そしてだんだんと不安になってきた。

古田 直輝を取られてしまうんじゃないか、あと、古田が彼女を選ぶのではないかと。

取られないようにすべきなのだろうが、仕事中では防ぎようがない。

見えないところが多すぎる。例えば、彩美が休みで古田と彼女のシフトが変わっている時。どちらかの背後霊にでもなって、古田と彼女が接触するタイミングを阻止できたら。

もしくは生き霊となって現れるか。

彩美が猛烈に古田にアピールすることも出来るが、彩美の性格や職場での立ち位置を考えると、とても出来なかった。気恥ずかしいし、何となく周りに弱みを握られるようで怖かった。そもそもそういうキャラではない。

素直になれない自分が恥ずかしかった。

でも、もし目の前で古田と彼女のやり取りが繰り広げられたら・・・茶碗でも何でも投げつけてやりたいが、でもそんなこと出来ない。

自宅がある三田駅に着くと、ほとんど泣きそうな気持ちだった。重い気持ちのままスーパーに立ち寄る。ラタトゥイユとクスクスを作ろう。ビール片手にキッチンで無心で作ろう。そしてその後は暖かい風呂に入浴剤を入れて脚や腕や全部伸ばして思い切り歌を歌おう。風呂から上がったらベッドに潜り込んで映画でも見よう。

考え事が重すぎる。頭だけでも現実逃避してやるんだ。


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お仕事小説コン
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