第三十二話
この話も漸く終わる。
長かったよ……。
「グンディールだと!?」
オーディンは目を剥き驚愕する。
オーディンの情報ではグンディールは寿命を終えて死んだはず。
何故、その男神の名前が上がるのか頭が混乱する。
「そうだ。 我々が此処北欧の世界を去るのも全てはグンディールに嫁ぐ為だ。 バルドルを蘇らせたのはアースガルドに世話になった礼だ。 だが、ナンナについては我等は元より関与するつもりがなかった。 それでも生き返らせたいと言うならそれ相応の対価を貰うのは当然の事だ。 そもそもが、お前達のいい加減な投獄と管理でロキを取り逃がし、グンディールの創造した永久の幻想島の島民を大量虐殺した被害の責任を請求するのは嫁として当然の務め」
オーディンはウルドの言葉に歯噛みする。
ナンナもバルドルと蘇らせようとした時、ロキに邪魔されてそれが出来なかったのだ。
いや、そもそもこの展開自体がオーディンが、死した冥界の予言の巫女より聞いた未来の予言と食い違ってきている。
何よりロキがアースガルドの閉じ込められた島から脱獄したにも関わらず未だにラグナロクが起きる気配が無い処かバルドルがその前に蘇ってきたのだ。
最早、過去の予言はあてにはならない。
ならば、新たな予言を得なければならない。
その為にはどうすれば良いか思考を巡らせてる間にウルドはヘズの墓に蘇生薬を振り掛け蘇らせていた。
「ゲッホ! ゲホッ! 此処は土の中……何で……そう言えば僕はヴァーリに殺されたはず……」
ヘズは目の見えない状況で見事に混乱していた。
頭の上にはてなマークが飛び交いながらも周りの気配と音で状況把握を試みる。
「どうやら生き返っても目は見えないままのようだな? ヘズ。 普通なら見えるようなっていてもおかしくはないのに残念だったな」
ちっとも残念そうに聞こえない女性の声が、自分に対して手を差し伸べている気配に気づき、その手を取る。
この声の主には覚えがある。
どうやら死んでも忘れる事が出来なかったらしい。
「お久しぶり、ウルド様。 それにしても僕は一体どうなったんです?」
「それは我々から話をしよう。 まず、お前が死んだ後の出来事だが……」
ウルドはヘズに死んだ後の事を話して聞かせた。
その間、ヘズはベルダンデーから水の入った木のバケツとタオルを受け取りそれで体を洗い、体格が近い兄バルドルの服を借り受けて着込んだ。
自分の服は実の母のフリッグが、ヘズの部屋にあった私物と一緒に燃やされたと父親であるオーディンが申し訳無さそうに話してくれた。
話を聞き終えたヘズは微妙な顔をしてウルドに尋ねる。
「僕が生き返ってどうなると言うんです。 役立たずの戦神なんですよ? それに何より、実の兄を知らなかったとは言えロキに誑かされて殺してしまった挙句、腹違いの兄弟に罰として殺された馬鹿な男ですよ?」
「それはアースガルドのアース神族の中ではな。 お前が居るべき場所は此処では無い。 永久の幻想島に居るグンディールがお前を良き道へと導いてくれるだろう」
「グンディール様が?」
「有意義な生き方をしたければグンディールの下に行ったほうが良いと言う話しだ。 それにお前には選択肢は無い。 バルドルを蘇らせる為の条件としてお前は永久の幻想島に行く事が決まっているからな」
「……酷い人だ、ウルド様は。 僕が自ら選べる選択肢は此処まで何一つ無いんですよ。 グンディール様の下に向かうしか無いじゃないですか……」
「そう言うな。 お前にとって有意義な生き方が出来る場所だ。 私が保証しよう」
「運命の女神であるウルド様のお言葉だけがせめてもの慰めですね……」
ウルドはオーディンとバルドルに向き直る。
「で、返事はどうなんだ? 我々は別にナンナの事などどうだって良いのだぞ」
バルドルはオーデイオに詰め寄り、何とか”是”と言わせたいのだが それでも言い渋るオーデイン。
煮え切らない態度のオーディンに業を煮やしたバルドルはその場から離れ、何処かに向かおうとする。
「まて! バルドル何処に行く気だ!」
バルドルはオーディンを睨みつけ、吐き捨てるように言う。
「父さんじゃ話にならない! 母さんに事情を話して頼んでくる!」
「フリッグに!?」
オーディンは顔を真っ青に染める。
妻のフリッグはオーディンの次にアース神族の中で権力を持っている。
おまけに息子のバルドルを溺愛している。
バルドルの言う事はまず間違いなく聞くだろう。
その時、アース神族達との交渉でにどんな不利な条件を受け入れるか恐ろしくて考えたくもない。
それならば、まだ自分が交渉した方が遥かにマシだ。
「わかった! わかった! その条件、受け入れよう! だから、フリッグには何も言うな!」
バルドルはその顔を険しい顔から一転、喜色に変えて大喜び」
「父さん! ありがとう! ありがとう!」
「礼は良い。 ではウルドよ、ナンナを生き返らせてくれ」
「それは出来ん。 まずはアース神族の誓約が先だ。 先にナンナを蘇らせて有耶無耶にして誤魔化されてはかなわんからな! 今日から十日待とう。 その間に誓約を済ませておけ。 そうすれば我等三姉妹も誓約を誓い、守ろう」
オーディンは心の中で舌打ちする。
話しの流れの勢いでナンナを先に生き返らせて、後はウルドの言う通り有耶無耶にして誤魔化すつもりでいた。
セコくて小狡い主神であった。
「……わかった。 直ぐに取り掛かろう」
ウルド達は約束の期日まで世界樹ユグドラシルの根本の館で過ごし、十日後、再びグラズヘイム宮殿に遣って来た。
其処には頬が痩せこけたオーディンがフリズスキャルヴに座っていた。
オーディンの話しによればアース神族全員を集めての話し合いが相当紛糾して意見を取りまとめるのに苦労したらしい。
とは言え、キッチリ仕事を熟してみせたは主神と言えよう。
ウルド達は誓約通りナンナを生き返らせ、永久の幻想島のノルニルと共にアースガルドを後にした。
アース神族の黄金の時代をせき止めたヨトゥンのウルド、スクルド、ベルダンディがアースガルドから去った後、アース神族に再び黄金の時代が到来した。




