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「10秒でチャージした」

ついに月夜編開始じゃー!!


 外でセミの鳴き声が聞こえて、大樹は薄目を開けた。


 決して騒がしいということはない。スマホのアラームで叩き起こされるよりずっと快適な目覚めだ。もうすっかり夏になったのだなと、ぼんやりした頭で考える。


 これからの季節、部活中の体育館はサウナより過酷だ。また合宿が控えていると思うと今から気が滅入る。代替わりをしたために大樹たちが現在の最上級生。今年入った後輩たちに不甲斐ないところは見せたくない。


 それにしても朝方だというのに、既に暑い。エアコンのリモコンを探そうと手を伸ばそうとして——体の身動きが取れないことに気付いた。


 大樹は嘆息した。原因は考えるまでもなく明らかで、多分暑苦しさを感じたのも密着してくるこの人のせいだ。


「月夜さん」


「なに」


「離れてもらっていいですか」


 朝日月夜はそっと目を閉じた。どうやら聞こえない振りをするつもりらしい。

 鼻と口をつまんでみる。一分ぐらいしたところで限界が来たらしく、手を払いのけられる。


「愛しい恋人にする所業じゃない」


「これくらいは許されると思うんです。————もう聞くのも飽きてきたんですけど、今日はどうしてベッドに?」


 月夜が大樹のマンションに泊まった翌朝に強制発動するこのイベント。初めこそ動揺した大樹だが今では何かを感じる方が難しい。


 毎度理由を問いただすも「一人では眠れない」「怖い夢を見た」「寂しいんじゃないか心配になった」など、次から次へと言い訳が飛び出して反省の色が見られず、悪びれもせず同じ犯行を繰り返している。


「年下の男の子と寝ないと死んでしまう病にかかった」


「んなわけあるか」


 もはや言い訳ですらない。デコピンをしようとするとようやく離れてくれた。


 月夜と付き合い始めてから半年が経つ。こういう軽口を叩けるようになるくらいには、月夜との関係性は変わった。当初はガチガチに敬語しか使えなかったし、下の名前で呼ぶのも恥ずかしくて仕方なかった。


 こういうのが当たり前になるなんて、夢にも思ってなかった。


「ご飯食べる?」


 唐突に普通な会話に切り替わった。寝起きの頭ではついていけない。


「……食べる」


「もう出来てるから、いつでもどうぞ」


「ええっ、作ってくれたんですか? 言えば俺も手伝うのに」


「それと制服のアイロンがけとゴミ出しも終わってる。君が食べてる間に洗濯物も干しておくから」


「ちょ、ちょっと待って。なんで全部やってくれてるんですか。俺を駄目人間にするつもりですか」


「ご明察。私なしじゃ生きていけない体にするつもり」


 真顔で言われた。


 今まで、家事は全て大樹がこなしてきた。月夜がこの部屋に出入りするようになってから、その頻度が減り、ついサボりがちになり————なんやかんや月夜がやってくれるようになって現在に至る。


「ゆっくりしてていいから」


 そう言って、月夜が部屋を出ようとする。その背中を呼び止めた。


「待ってください。月夜さんこそ、ご飯食べましたか?」


「10秒でチャージした」


「それちゃんとしたご飯じゃないじゃん!」


 やっぱり聞いておいてよかった。


「そんなんじゃお昼まで持ちませんよ。俺のことばっかり気を遣ってないで少しは自分のことも考えてくださいよ」


「部活を引退してから、前と同じ食事量だと、その……」


 お腹のあたりに手を当てて、月夜が頬を赤くした。

 言い分は分かるが、それにしてもあんまりだ。


「一緒に食べましょう。二人分くらいはありますよね?」


「でも、洗濯物は」


「だったら先にそっちを終わらせちゃいましょう。どうせ大した量じゃないし——っていうか待って。普通に俺のパンツとかも干すつもりだったんですか」


「うん」


「なっ……まだそういうの早いと思います!」


「早い……かしら? だって私たちセ———」


「ごめんなさい。俺が悪かったんで、その単語はやめてください」


 危険なワードが飛び出す気配を察知し、会話を切り上げる。

 月夜にはキッチンの方へ行ってもらって、洗濯物は自分で全て干した。中には月夜の私物もあったが、変な気持ちにはならない————いや、ちょっとだけ嘘だ。


 ベランダから戻ると、テーブルには二人分の朝食が並べられていた。向い合せではなく、横並びに。

 今でも違和感のある配置だが、月夜がそうしたいというのだから仕方ない。


「なんかそっち少なくない?」


「太ると困る」


「全然太ってないでしょ」


「えっちな話?」


「え、どこが。……マジでどこが?」


 月夜の軽口はともかく、朝からその食事量では心配になる。純粋に。

 食べろと言っても素直に聞いてくれないのは分かっている。だから、気は進まないがこういう方法を取らせてもらう。


「はい、あーん」


「っ!」


 音速で食らいついてきた。月夜の手はひざの上に置かれている。もう自分の箸を動かす気はないらしい。

 ある程度食べ進めてもらったところで、月夜がはっと何かに気付く。


「どうしたの?」


「むしろ彼女がしてあげなきゃいけないことだった」


「そう?」


「ここから私のターン」


「もう時間ないんで普通に食べさせてください。月夜さんは今のうちに制服に着替えて」


「はーい……」


 不貞腐れて、残念そうに席を立つ月夜。その背中を見届けてから、急いで飯をかきこむ。

 大樹も身支度を終える頃には、家を出なければならない時間寸前だった。


「いってきますのちゅーは?」


「バカなこと言ってないで早く行きましょうよ」


「むー」


 月夜からの誘惑をバッサリと跳ね除けると、彼女は唇を突き出して不満そうにしていた。

 一瞬だけ心が揺らいだが、ここで流されると絶対遅刻する。理由は聞かないでもらいたい。


 大樹は月夜の手を取り、駆け出す。


 真夏の太陽を前に二人は目を細めた。


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