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「はい、先輩です!」

 球技大会、日程二日目。つまり最終日。

 昨日、白熱した試合が多く見られたためか本日も学校には異様な盛り上がりがあった。

 そんな中、大樹と楓は有り余る時間をどうにか潰そうとしていた。


「暇だな」

「暇だねー」


 なぜ球技大会の種目を決める際に、あれだけ複数の種目に手を挙げる者が多かったのか今になって分かった。二日間で行われる競技はその日ごとに決められており、大樹たちは一日目でそれを終えてしまった。今日も試合に出るために意気揚々と運動場に向かっていく生徒たちを見ていると後悔の念に駆られるが、時すでに遅し。


「………」

「………」


 やっぱり暇だ。

 毎日、授業が終わる度に訪れる十分休みは次の教科の準備をしたりトイレに行ったり眠ったフリをしていれば何とか乗り越えられるが、今日のこれはそんな姑息な手ではどうにもならない。

 別に、大樹と楓だけが退屈な状況に身を置いているというわけではない。今日試合に出ない人も少なくはないし、逆に昨日そうだった者もいるだろう。


 こういうときのために友達はいる。


 他愛のない、くだらない話でも集団になってしまえば無限に時間は稼げる。こういう行事の時には友達の試合でも見に行って応援したり野次を飛ばしたりもするのだろう。そんな感じでみんなこの瞬間を生きていく。

 ……非常に羨ましいスキルですね。


「おーい大樹。そんな食い入るように女子の体操着姿ばっかり見てると、変態だと思われるよ?」

「お前は俺を何だと思ってんだよ!? いいかげんそのネタ止めろよ!!」


 昨日から似たようなことを言われている気がする。そんなつもりはないのだが……。もしかしてそう見えるのか? だとしたらショックだ。


「なんで学校来ちゃったんだー」

 このセリフも、今日楓と会ってからもう何度も使われている。楓は仰向けに倒れて青い空を見つめる。その目はゆっくりと流れていく雲の動きを追っている。このまま放置しておけばすぐにでも眠ってしまうだろうな、と大樹は思った。


 だけどそれも仕方のないことかもしれない。今日の天気は昨日のように暑すぎることもなく過ごしやすい。昨日いろいろなことがあったせいで大樹も疲れが残っている。おまけに話し相手もいないのだから襲いかかっている眠気を為す術もなく受け入れてしまう。



 雷が落ちた。

 もちろんそれは比喩であり、いきなり天候が急変して雷が轟いたというわけではない。だが大樹と楓はまさに雷に打たれたかのような衝撃を受けて跳ね起きた。音源を探すために首を巡らす。


「……何をしている」

「また出たか」


 ファイティングポーズをとり戦闘態勢にうつった楓の額を大樹がこつん、と突いた。だが気持ちは分からなくもない。一体これで何度目なのだというぐらい、この人とのエンカウント率は高い。言わずもがなの、学年主任の登場だ。


「誰がこんなところで寝ていいと言った?」

 原則として居眠りは禁止だ。それはこの時間帯が普通の授業をしているのと同じ扱いだからだ。なので咎められても大樹たちの過失であることには変わりはないのだが……今は反抗心を駆り立てられた。

 職員室に戻ればお茶もテレビもありいくらでも談笑していられる教員と、何も持っていない生徒……条件がフェアではない。何の娯楽もなく膨大な時間を与えるというのは暇という名の拷問ではないか、教師は生徒に拷問を強いるのか、と。


 そんな屁理屈を考えているせいで反省する気にはなれない。だが吹き荒れる嵐は待ってやりすごすしかない。大樹は口をへの字に曲げた。


「先生に言われたくないんですけどー」

(何してんだお前はああああああ!?)


 黙ってろよ!! どうしてお前はいつもそうなんだ!! 口には出さなかったが大樹はガリガリと音を立てて頭を掻きむしった。


「すぐに負けちゃった私らからしたら暇でしょうがないんですけど。そのへんはどうお考えで?」

「やはりお前か山田花子。だが世の中は弱肉強食だ。負けたお前が苦汁を舐めるのは自然の摂理というもの。暇ならペナルティを兼ねて校門の掃き掃除でもしていろ」

「ぐっ、まだ気にしているんですか。ねちねちした男の人は嫌われますよー? そして絶対に嫌です」


 それからしばらく押し問答が続いていたが、一介の生徒が学人主任に勝てるはずもなく最終的には二人は外に追い出されることになる。その中で大樹はどうでもいいことを気にしていた。

(山田花子って……何?)



「くそー、あのハゲめ」

「ハゲというより……スキンヘッドかな。あれは」


 学校行事に参加させてもらえないって、これはかなりまずい状況なんじゃないの? 俺、何を間違ったの? 大樹は大して汚れてもいない学校の周辺を箒で掃きながら項垂れた。

 おかしい。中学までは少なくとも自分は成績が優秀で素行もよかった。教師から怒られることも全然なかった。それがどうしてこうなった。ちらりと隣の楓を盗み見る。そうだ、こいつだ。こいつのせいだ。楓から悪い影響を受け続けてきたせいで妙な状況に巻き込まれ真面目だった己の心は穢されているのだ。これは一大事だ。すぐにでもこの繋がりを断ち切るべきだ。


(……できるわけねー)


 もうやめよう。責任の(なす)り付けはよくない。さっさと終わらせてしまおう。

 そう思うのだが、対照的に楓からはやる気がまったく感じられない。いつものことだと言われればその通りなのだが今回はちゃんとしてほしい。


「楓」

 恨みがましく楓を睨むが、彼女は唇を尖らせて反抗した。

「だってさ、ここめっちゃ綺麗だよ? 私たちが掃除するまでもないと思うけど」


 ………一理ある。

 ここに来た瞬間から感じていたことだが、まるでついさっき誰かが掃除をしたみたいだった。学校の主事さんだろうか?

 その誰かを探すため大樹は学校の周辺を回ろうとして足を進める。「おーい、どこ行くんだー」と呼び止める楓は、校門前に座り込んだままだ。しかし、三歩と歩くまでもなく誰かがこちらに向かってくるのが見えた。大樹は目を細めてだんだん大きくなる人影を見つめた。


 若い女の人だ。ゆるいウェーブがかかったロングヘアで大学生くらいに見える。少し季節の先取りをしているのか麻のシャツワンピース姿が涼しげだ。大樹は男だが、自分も大学生になったとき、ああいう今風のお洒落な人間になりたいと思えた。


「はあ……。やっと終わりました……」

「………」

 あの陰鬱な雰囲気さえなければもっと素直に。黒く暗いオーラが目に見えるようだった。相当疲れているのか、足取りがやけに重い。片手に携えた箒は地面に引きずられて悲鳴を上げていた。


「………あれ?」

 彼女と大樹の目が合った。しばし視線が交錯し……同時に愛想笑いを浮かべた。さっき、大学生くらいだと言ったが近くでその顔を見てみると子供っぽい。高校生だと言われたら簡単に頷いてしまえるだろう。


「えっと……、何をしているんですか?」

 不思議そうに大樹を見つめる。確かに、ここに生徒がいるのは不自然だ。

「あ、なんというか……ペナルティです」

 かくかくしかじか、と事情を説明すると彼女は口元を押さえながら笑いをこらえる。


「あ、すいません。まだ名前を言ってなかったですね。私は、結城かなたです。実はこの学校の卒業生なんですよ」

「どうも、俺は篠原大樹っす。……え!? じゃあ先輩ってことですか!」

「はい、先輩です!」


 なんだ、思ったよりも明るい人だな、と大樹は感じた。さっきまでとは雰囲気が真逆だ。穏やかで、包容力がある。こういう人にはきっと、自然に人が集まってくるだろう。


「大樹ってばー。どこに行って……んん? かなたさんだ」

 大樹の後ろを歩いているかなたに、楓が人差し指を向ける。ぱちくりと目を瞬かせたかなたが「楓ちゃん!?」と楓と同じようにして指をさす。

「知り合いだったの?」

 楓に問うが、返答がなされる前にかなたが楓にぐいぐいと詰め寄った。


「駄目じゃないですか楓ちゃん!! またサボったんですか!?」

「何のことか分からないなぁ、私は善意でここの手伝いをしてるだけ――」

「嘘です!! さっき篠原くんから聞きました。いい加減にしてください、あなたにそんな風でいられると……、また学年主任さんに怒られるじゃないですかああぁぁああ!!」


 すごい剣幕だった。涙目になって訴えるかなたに、さすがの楓もたじろいで後ずさる。そのまま逃走を企てるも簡単に実行させるかなたではなかった。素早く楓を羽交い絞めにするとそのまま校舎の中に入りどこかへ連れていこうとする。大樹も慌てて追いかける。


「は、放して!」

「こうなったら、私の素敵なお説教を小一時間ほど聞かせてあげます!」

 完全に蚊帳の外だった大樹は我に返ると一度溜息を吐いた。そして楓をジト目で楓を睨む。


「なに、やったの」

 不貞腐れた表情の楓は口を閉ざしたままであるため、代わりにかなたが説明する。


「この子は、本当に困った子です。遅刻くらいは序の口ですが、始業式を途中で抜け出したり無断欠席なんてこともするんです。こういうことは続けると癖になりますから、早いうちに直さないと……こらっ、暴れないでください!!」

「………」

 ここ数日で急激に楓とは親しくなったが、縁を切ってしまおうか。楓がここまでのやつだとは大樹も思っていなかった。


「くっ……なんでこの人こんなに力が強いの……!?」

 楓が戦慄した。バタバタと足や手を振り回すが、それでもかなたによる拘束が少しも緩む気配がない。それもそのはずで、短期間とはいえ楓の相手を何度も繰り返したことにより楓のこれまでの行動パターンは全てかなたの頭の中に入っていた。

 かなたは今度こそ、楓を更生させると誓っていた。


「えへん。さあ楓ちゃん? もう少しでお部屋に着いてしまいますよ?」

 勝利を確信していた余裕から、かなたは挑発的な発言をした。

 楓はそれを聞くと、一瞬だけカチンときたがすぐにその表情が悪戯っぽくなり、口角が上がる。気を抜いてしまったかなたへ、ここまで好きなようにされていた楓の報復が始まった。


「大樹~! こっちに注目!!」

「は? 何だよ? ………え!?」

「あれ? どうしたんですか二人とも……きゃああっ!?」

 楓は自由な両足を器用に使い、ワンピースのスカート部分をずり上げていく。段々と丈が短くなっていき、かなたの白いふとももが露わになっていく。

「あわわ、だめっ、だめです楓ちゃん!! それ以上上げないで下さい! ああっ、あ、やめて、う~~!! 篠原くんはこっち見ちゃだめです!!」


 顔を真っ赤にしてかなたが悲痛に叫ぶまでもなく大樹は既にこの痴態から視線を外していた。楓はこういう……少し下品な方面で唐突な行動に出ることがしばしばあるようだ。つい昨日にも、楓は大樹の目の前で着替えを始めたのだった。女性とは本来、もっと奥ゆかしい存在ではなかっただろうか。楓は大樹の常識を容易に砕いてくれる。


 隙をついて楓はかなたから(のが)れることに成功した。そのまま地面を強く蹴って脱兎のごとく走り出す。ものの数秒で楓の姿は見えなくなっていた。


「はあ、はあ……」

 少し汗ばんだ顔のまま、かなたはまずワンピースの裾を直す。それから今にも泣きそうな顔で大樹に向けた。


「……見ましたか」

「見ていません」

 即答する。

「本当ですか」

「………」

「本当に本当ですか。絶対を誓いますか」

「………」

 まじまじと見つめられながらそこまで必死に確認されてしまうと……嘘を貫き通すのがつらい。大樹の泳いだ視線を見てかなたは青ざめた。


「実は、その……黒の――」

 言い終わる前にかなたがその場に崩れた。両手で顔を隠し、ぶつぶつと何かを呟いている。

「もう嫌だ……恥ずかしい……死にたい……」

 実に不憫だった。この人は何も悪くないのに。

 楓に振り回される共感者として、大樹はかなたが落ち着きを取り戻すまでその背中をさすってやることにした。


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