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「恋は盲目」


「名付けて、押して駄目なら引いてみろ作戦なんですけど、どう思います?」


「ちょっと待て。色々待ってくれ」


 大樹が自分以外の女の子と食事をしているだなんて露ほども思っていない楓は、中庭でのんきに話し込んでいた。

 話し相手は一つ年上の村上咲夜。お互いにそれぞれ好きな人がいるという意外な共通点から接点を持つようになった。


「いきなり呼び出しかけてきやがって、お前ほんと自由だな」


「咲夜先輩は器が大きいのでそういうの気にしないですよね」


「適当なこと言ってんなー」


 言葉とは裏腹に、咲夜の機嫌はそこまで悪くない。

 大雑把な性格をしている彼女は、細かいことをいちいち気にしない。

 ただ、そんな咲夜でもこの一件は簡単に受け入れられなかった。


「篠原に彼女ができたのは月夜から聞いてたけど、まさかそれが楓だったとはな……」


 てっきり月夜と大樹が付き合っているものだと思い込んでいただけに、当事者から真実を聞かされたときは天地がひっくり返ったような錯覚だった。


「つっきー先輩、私のこととか何か言ってました?」


「つっきー?」


 月夜のことを言っているのだろうか。

 似合わない愛称に引っかかりを覚える。


「『一年生の女の子に負けてしまった』って。それだけ教えてくれた」


「ふーん」


 楓は何を考えているかわからない瞳をして頷いた。

 あらためて、目の前の森崎楓という後輩を観察してみる。


 可愛いか可愛くないかで言えば、もちろん可愛い部類になると思う。顔のパーツはそれぞれ整っているし、特にその力強い瞳に吸い込まれそうになる。

 時々、生意気な態度も目立つがどこか憎めない愛らしさもある。こういう子を彼女にしたい男子がいても不思議じゃない。


 しかし、朝日月夜を差し置くほどかと言われると……。


「なんか失礼なこと考えてません?」


「わりー、わりー」


「つっきー先輩と自分を比べるなんて、するだけ損っすよ」


「言えてるな」


 性別も年齢も、所属している部活まで一緒の咲夜は頷くしかない。

 一時期、咲夜も同じことで悩んでいた。月夜と自分を比較して勝手に自暴自棄になったが今では適切な距離感を掴めたと思っている。


「私は大樹から好きだって言ってもらえたらそれで満足なんで」


「お、おう」


 急に惚気られるとリアクションに困る。

 そして話の流れも理解できない。


「だったらなんで、いきなり引いてみようってなるワケ?」


 それだけ仲睦まじいなら、どこまでも突き抜ければいいと思う。

 付き合いたてなのだからイチャイチャしまくればいい。


 だが咲夜がそう言ってみせると、楓は今日初めて不満そうな表情を浮かべた。


「なんか大樹って、あんまりベタベタしてこないんですよね」


「ベタベタ?」


 オウム返しでたずねる。


「一緒にいるときに手を繋ごうとするのも私だし、夜寝る前に電話するのも私。もっと一緒にいたいって思うのに家が近くなったらすぐ帰ろうとするし」


「あー」


 咲夜自身今まで誰とも付き合ったことがないからイマイチ要領を得ないが、なんとなくわかるような気がするので話を合わせておく。


「あ、すいません。咲夜先輩は彼氏いたことないんでわからないですよね。いやぁー、ホントすみません、配慮に欠けて」


「その発言が一番配慮に欠けてんだよ」


「向こうからキスしてこないし」


「ん、ん……」


 生々しい想像が展開され、咲夜は顔をしかめた。

 知り合いがそういうことをしている光景は、なかなか堪える。


「二人きりで部屋にいるときにそういう雰囲気に持っていこうとしてもすぐ逃げようとするんですよ」


「もういい。もういい」


 これ以上はR18になってしまう。


「けど、篠原はそういうのをグイグイいかないってだけだろ。気にし過ぎだ」


「そんなの私だってそうですよ。どこかの朝日月夜さんみたいに見境なくいけるわけないじゃないですか。一緒にしないでください」


 相当に鬱憤が溜まっているのか、月夜にまで八つ当たりし始めた。

 あと、月夜に対してそういう認識を持っているのがちょっと面白い。


「確かに大樹が奥手なのはわかってますよ。でも実際付き合ってるんだし、ちゃんと彼女のことを気遣ってもらいたいですっ」


「わかった、わかったって。それで首尾はどうだよ」


「この世の終わりみたいな顔してました」


「そりゃそうだろ」


 せっかく付き合い始めたと思ったらいきなり拒絶されるんだから、大樹からしてみれば何が何だかわからないだろう。

 可哀そうに。


「こじれる前に止めた方がよくね?」


 恋愛で駆け引きをする奴らの気が知れない。バカバカしいとさえ思う。お互いに好きなのだから普通にしていればいいのに、やれ別の異性と仲良くしてみたり、あえて嫌われる行動してみたりと意味不明だ。


「大樹が悪いんですよ」


 なかなか強情だ。楓は唇をとがらせている。

 呆れて嘆息したところで、そういえば大樹がこんなことを言っていたのを思い出した。


「篠原がさ、彼女ができたら毎日キスしたいって言ってたよ」


「え」


 それまで不機嫌だったくせに、一瞬で頬を赤くする楓。


「ま、まいにち……」


 あまつさえ口元が緩む始末。一体何を思い浮かべているのやら。

 咲夜が白い目で見ているのに気付いて、楓は取り繕うように言う。


「だったら尚更、もっとガツガツこいって話ですよ」


「なあ、楓は篠原のどこが好きなんだよ」


 唐突に話題が変わったせいで、楓が目を白黒させた。

 だが、咲夜からしてみればずっと聞いてみたかったことだ。


「そりゃ楓に好きな奴がいるって聞いてたけどさ。それが篠原って言われてもピンとこないんだよ。なんかすごいイケメンで金持ちとかならともかく」


「大樹はイケメンっすよ?」


 きょとんと首を傾げて、楓は心底不思議そうな顔していた。

 自分の発言に微塵も疑いを持っていないのか、純粋な瞳で咲夜を見つめてくる。


「恋は盲目……」


「え? 何か言ったっすか?」


「なんも」


「あと、あいつの家けっこうお金持ちなんですよ。信じられないことに。なのでどっちの条件も当てはまってます」


 どうやら森崎楓の中で、篠原大樹という男はイケメンで金持ちという分類がされているらしい。


 正気か?


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。話し込んでいたせいか時間がたつのがあっという間だった。


「あ、次は移動教室だった」


「だったら早く行きなよ」


 楓は手早く準備を済ませて小走りに去っていく。

 もう少しでその後ろ姿が見えなくなりそうになったとき、楓はこちらを振り返って、


「咲夜先輩も、大神くんと付き合えるように頑張ってくださーい!」


 そんなことを大声で言ってのけた。


「ちょ、声でけぇんだよ!?」


 もし大神に聞かれたらどうするんだ。

 楓はいたずらが見つかった子供みたいに、はしゃぎながら手を振って消えていった。

 つ、疲れる。楓を相手にしていると脱力感が半端ではない。


「駆け引きね……」


 楓との会話を思い出して、咲夜は呟いた。だがすぐに頭をふる。

 そういうことは自分の性に合わない。


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