「バレたらバレたで、その時に話すって感じで」
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「すごく美味しかった。また来たいかも」
「どんだけ食うんだよ」
楓が大樹の腹を叩く。
バイキング形式で食事をするのは久しく、好きなだけ取り放題食べ放題ということで不覚にもテンションが上がってしまった。空腹だったのも手伝って、いつもより食べ過ぎた。
「ケーキ何個食べた?」
「五、六個くらい」
「太っても知らないぞ」
「大丈夫。昔から太らない体質だから」
「今お前は私を含め女子全員を敵に回した。夜道に注意しろ」
楓は小さいケーキを二つ食べたあとは、ずっとエスプレッソを飲んでいた。
あれ? なんだか一人でバカみたいに食べていたのが今更恥ずかしくなってきた。楓をほったらかしにして、何をしているんだ。
「さて、腹ごしらえを済んだところで、ここからが本番。どこか行きたいところある?」
「ううん。楓の好きなところでいいよ」
「……そう」
眉を寄せて、楓は考え込む。
しきりに唸った後でこんな提案をしてきた。
「ちょっと軽く運動しようか」
「俺は既にハードな練習を終えた後なのだが?」
「うるさい。ごちゃごちゃ言わない。黙ってついてこい」
強引に腕を引っ張られて、楓のやや後ろを歩く。歩きづらくてしょうがないので、その横に並ぼうとした大樹は、ふと閃いた。
———車道側を歩くんだっけ。
何かの雑誌かネットで見た覚えがある。デート中にこういう気遣いができるとポイント高いとか。
早速実践しようとして、大樹は少し困った。
楓は車道のすぐそばを歩いていて、その隙間にひと一人が割り込むスペースはない。
……仕方ない。
「楓」
「ん? ……え、えっ?」
楓の肩をがっしりと掴んで、無理やり立ち位置を入れ替える。
当然ながら楓には不審がられてしまった。
「え、なになに。今の。何がしたかったの」
「いや……別に」
歯切れ悪い大樹の反応に、楓は胡乱な視線を向けてくる。
観念して大樹は白状する。
「車、危ないから。俺がこっち側を歩こうと思って」
多分、大樹の言っている意味がすぐには分からなかったのだろう。
徐々に理解が追い付いてきたのか、楓は心底おかしそうに笑う。
「そういうのは、さりげなくやるからカッコいいんだよ?」
全くもってその通りだ。
大樹は気まずくなって頭をかいた。
次の目的地は全国的に有名な複合エンターテインメント施設だった。
格安な料金で遊び放題、ドリンクバー完備ということで若者や家族連れからの絶大な支持を得ている。
大樹たちと同じ世代の学生の姿も多いが、大樹がこういう場所に来るのは初めてだった。
「こらこら。そんな子供みたいにウロウロするな。恥ずかしい」
「こういうところ来るの初めてで……!」
「あれ、おかしいな。そういうのは女の私が言うべきセリフでは……?」
お約束を無視してしまったようだが、大樹は意に介さない。
ボウリングやカラオケを始め、アーケードゲーム、バスケ、バッティング、プール———そしてバドミントンまで、遊べないものを探す方が難しい。施設の充実度に文句なしだ。
「いつまでそうしてるの。何やるか決めた?」
「あ、そう、だよね。やるんだよね……」
「当たり前じゃん」
さっきとは違う意味合いでキョロキョロしだす大樹。
悩む。どれで遊びたいかじゃなくて、何を選べば楓に幻滅されないかで……。
できることなら無様な姿を見せたくないが、どれもこれも嫌なイメージがついて回るので選ぶに選べない。人並以上にできるのはバドミントンくらいなものだ。
「ああ、もう。とりあえずこれでいい?」
「あ」
痺れを切らした楓が向かっていくのはバッターボックス。
まいったな。
バットなんて人生で一度も振ったことがない。
数時間後。
脱力してベンチに腰掛ける大樹の姿があった。
「疲れた? お茶でいい?」
「ああ、ありがとう」
力なくグラスを受け取る。ドリンクバーから持ってきたらしい。
バッティングでめちゃくちゃな空振りを披露した後も、色々やった。やらかした。
卓球やテニスはラリーが続かなかったし、バスケットボールのシュートはゴールネットくぐらない。ダーツとビリヤードは初めて体験したが、矢を変なところに飛ばしたりキューを球に当てられなかったりと、そもそもゲームを成立させることができていなかった。
ボウリングは素通り。この施設の目玉と言っていいのに「やめておこうか」なんて言われてしまった。
情けなさ過ぎて、消えてしまいたくなる。
「いやー、それにしてもあれだね」
楓はメロンソーダのグラスを傾けながらニヤニヤ笑う。
「大樹はバドミントン以外なんもできないねー」
「ぐふっ」
みぞおちを殴られたみたいな苦しさが走った。
あと恥ずかしくなった。
「そういう楓は、なんでもできるね」
「なんでもではないけど。テニスとかバスケとか習ってたのもあるし、ダーツやビリヤードは暇なときによく遊ぶから、まあまあできる」
時々忘れてしまいそうになるが、楓は地味にハイスペックなのだ。勉強も運動も遊びも、人並以上にできる。本人は、だからどうしたと言いそうだが。
……今の自分じゃ、楓を満足に楽しませることは出来なさそうだ。
「————楽しくない?」
不安そうに、おそるおそる訊ねてくる楓。
大樹はぽかんと口を開けて、しばし言葉を失っていた。
……逆じゃない?
「いや、むしろ、楓の方こそ退屈してない?」
「え、なんで」
「俺がこんな感じだから」
「……。…………。あ! なるほど! あー、そんなこと気にしてたの!?」
ほっとしたように溜息をつくと、楓がくるりと回りながら大樹のすぐ真横に座ってきた。
かなりの近さにドギマギしているが、楓は大樹の心中などお構いなしに顔をずいっと近づけてきた。
「大樹にそんなの求めてないよ」
「あ、ディスられた。諦められてるってこと?」
「そうじゃなくて、さ。別に大樹がへっぽこでも私が楽しいから、それでいいんだよ」
フォローになっていない。なっていないが……。
楽しい、と口にした楓に嘘はなかったと思う。
だったら、素直に受け止めてそういうことにしておこう。
「それに……バドやってるときは間違いなくカッコいいし」
すっごい小さい声で何か言ってる。
バッチリ聞こえていたけどここは聞こえなかったふりをしておきたい。どうリアクションしていいのかも分からないのだから。
「じゃあ、今のところ俺に不満はないってこと?」
「……うーん」
楓は答えなかった。代わりに、ストローでメロンソーダを吸い上げる。空になっても吸い続けるものだから、ずずっと音が立った。
「あるかも」
「えッ」
「あ、カラオケ行こうか。歌うのが苦手なら聴いてるだけでもいいから」
楓はすっと立ち上がって、スタスタと歩き出してしまう。
大樹は気が気でない。今日、他に何か失敗しただろうか。
◇
それなりに遊び尽くして、外の景色が暗闇に包まれ始めた。
外に出たときの冷気が火照った体に気持ち良かった。館内では暖房がきいていたし、ずっと動き回っていたから暑かった。
前を歩く楓の後ろ姿を眺めながら、大樹は気になっていたことを聞いた。
「楓、あのさ」
「なに?」
「俺たちが付き合っていること……ほかの人たちには言う?」
付き合いだしてから、日数だけで言えば十日ほど過ぎ去っている。
連日、授業が終われば即帰宅、テストが終われば即帰宅という過ごし方だったので学校にいる時間が極端に短かった。
そのため、誰も大樹と楓の距離感に誰も気付いていない。
明日はテスト返却だが、明後日からは通常授業に戻る。そうなったら学内での過ごし方も変わってくる。二人が付き合っていることに勘付く人も出てくるだろう。
楽しみなような、怖いような気分だ。
自慢したいが、そんな気安い間柄の友人がいないのが悲しいところ。楓もそんなに友人が多い方ではない。
だから————楓はそういうことを言い触らすタイプではないだろうと直感する。
「なに急に」
「ただの確認」
「まあ、わざわざ言って回る必要もないでしょ」
予想通りというべきか。楓の口からそんな言葉が返ってきた。
「バレたらバレたで、そのときに話すって感じで」
「そうだね」
誰が誰と付き合っているなんて話は、いつまでも隠し通せるものでもない。
けど、わざわざ『自分たちが付き合っている』なんて報告する必要もない。
適切な距離感だと思う。
「どうしても言いたくなったらグラウンドで大声を張り上げて」
「やだよ。なんで全校生徒の前で恥をかかなきゃいけないの」
「ふーん。私と付き合っていることは恥なんだ?」
「いや、そうじゃないけど」
もしかしてそういうシチュエーションに憧れでもあるのだろうか。
だったらちょっと頑張ってみても————いや、やっぱりやめておこう。いくら浮かれていると言っても限度がある。
「さて、次はどこ行こうか」
「いや、もう帰るよ」
「はあ!? まだ十八時過ぎなんですけど!? 小学生か!?」
一般的な高校生として、楓の言い分はもっともだが、大樹のほうは一般的とは言えなかった。
悲しいことに、この男は同年代と遊び歩く経験が皆無で、小学生のときの感覚が抜けきっていなかった。
「でももうチャイムはとっくに鳴ったあとだし」
「だから小学生かって!! 全然遊び足りないんですけど!?」
「明日も学校だし」
「学生かよ!」
「学生だよ」
しばらく言い合いが続いたが、平行線でしかないことを悟った楓の方が折れた。
「だったらせめて、送っていって」
「もちろん」
駅に向かう道中、楓はむすっとしていてご機嫌斜めだった。
大樹の意見は尊重してくれているが、納得いかない部分を隠しきれていないのだ。
申し訳ない気持ちになってくる。
「今度は朝から遊ぼう」
「……うん」
今はこれだけしか言えない。
駅にたどりついて改札を通ろうとしたところで、大樹はチャージが切れていることを思い出した。楓を残し、いったんその場を離れた。
「ごめん、おまたせ! ……楓?」
再び戻ってきたとき、楓はどこか遠くを見ている様子だった。
彼女の後ろについて、その視線を追ってみると若い男女のカップルがいた。
二人とも、大学生くらいだろうか。雰囲気は落ち着いているのに、お互いを見つめるその眼差しは熱を帯びている。
流れるような、踊るような自然な動きで女性が男性に胸に飛び込んだ。
二人が何をしようしているか、瞬時に察した。見るべきではないと思いつつも、けれど目を離すことはできなかった。
唇が重なる。
その瞬間だけ、この場所は彼らだけのものだった。
音が消える。彼らの姿が眩しい。
我に返って、大樹は咄嗟に目を覆った。
見ず知らずの人たちなのに、目を————いや心を奪われていた。
そして、それは楓も同じだった。
その瞳は、彼らに釘付けになっていて。
その横顔は、羨ましそうに見えた。
大樹の視線を感じたことで、楓もハッと我に返る。
二人はお互いを見つめる。
大樹は気まずそうに。
楓は————彼らにそっくりな、熱を帯びた瞳で。
「————」
意を決したように、楓はすっと目を閉じた。わずかにあごを上げている。
何を求められているかを理解した。したが……。
できるわけない。
こんな大勢の人がいる往来で、彼らの真似なんて。
楓も楓だ。あんなのを真に受けて、影響されて……。
大樹は彼女の額を小突いた。パチパチと楓は瞬きを繰り返している。
「帰るよ」
全部なかったことにして、大樹は踵を返した。
後ろから足音がついてこない。大樹が振り返ると、楓はその場で俯いていた。下唇を噛んでいる。
「楓……」
「やっぱり、ここまででいい」
駅へ走り去っていく楓の後ろ姿を、大樹は追いかけなかった。
降りる場所は同じだ。ついていくわけにはいかない。
失敗したな、と思う。
付き合う前から、度々噛み合わないことがあったけど付き合い始めたからといってそう簡単には直らない。
明日、とりあえず謝っておこう。徐々に仲直りしていけばいい。
このときの大樹は、そんな風に楽観的に考えていて。
まさか、楓があんなことを企んでくるなんて想像することもなかった。