「あっためてあげる」
本日より、楓とのアフターストーリーを開始します!
階段を飛ぶようにして駆け上がりながら、大樹は昇降口を目指した。
テスト明けの部活でみっちりしごかれた後だが、ほとんど全力疾走だ。明日は確実に筋肉痛だろう。
昇降口には誰の姿もなかった。大樹は息を整えながら、体育館の中を見下ろせる小窓の方へ近づいていく。さっきまでここにいたのが見えたのに、どこへ行った?
大樹がその場から離れようとしたとき、不意に後ろから誰かに抱き着かれた。
心拍数が跳ね上がった。こんなことをするのは一人しかいない。
「てっきり、もう帰っているものだと思ってたんだけど。……楓」
「テストの直しをしてただけだから」
素っ気ない言葉とは裏腹に、ぐっとさらに楓の体重がかかってくる。
五日間に渡る学期末考査も終わり、重圧から解放された生徒のほとんどはすでに帰宅してしまっていた。残っているのは大樹のように部活がある者たちだけ。
わざわざ下手くそな言い訳まで用意して待っていてくれた楓にいじらしさを感じる。
「帰ろうか」
楓の体を離して大樹は上靴を取りに向かう。
少し不満そうな楓の横顔を見逃したまま。
十二月の冷たい空気が肌を撫でる。防寒具をつけるほどでもないと思っていたが、あまりの寒さにマフラーくらいはしておくべきだったと後悔した。
「それで寒くないの?」
「ちょっと寒い」
荷物が多くなるからなるべく軽装でいたいのだが、次回からは何か持ってきたい。
そしてその点、楓は潔い。マフラーやコートはもちろんのこと、足が冷えないように厚手のタイツでしっかり防寒し、耳当てまで用意している。コートに突っ込んだ手は、多分カイロを握っていることだろう。
肌は顔部分しか露出していない。
じっと楓の服装を観察していると、楓が足を止めて見つめ返してきた。
瞬きをする大樹を見上げながら、楓はいきなり大樹の手を握ってくる。
「わっ」
小さい悲鳴を上げて、彼女はすぐに手を離してしまった。
「手、冷たいね」
「あ、うん。掃除とかしてる間に冷えちゃったのかも」
シューズが滑らないように、濡れた雑巾も用意することがしばしばだ。
ドタバタして寒さを感じていなかったので、自分では気が付いていなかった。
「じゃ、あっためてあげる」
大樹が戸惑いの声をあげる間もなく、楓の両手が大樹の手を包み込む。
柔らかくて温かい。女の子の肌は、どうしてこんなにもすべすべしているのだろう。
一生懸命こすってくれるのがこそばゆい。
手よりも顔の方が熱を帯びていく。
「楓、どうしたの?」
「……? 何が?」
「なんか、優しいから」
楓がちょっとむっとした顔になる。
「私だって、これくらいする。————初めてできた彼氏だし、大事にしたい」
彼氏。……彼氏か。
自分で言ったくせに勝手に赤くなっている楓を見て、大樹の頬が緩む。
ここにたどりつくまでかなりの紆余曲折があり、大樹自身この形で落ち着いたことを驚いている。
半年前の自分に「お前は楓と付き合うことになるんだぞ」と伝えてもきっと信じないだろう。それくらい、関係性が激変した。
「行こうか」
二人は手を繋ぎ直して歩き出した。
普通に歩こうとする大樹を、楓が引っ張る。歩調をゆっくりなペースに直して、改めて駅に向かう。
「手のマメすごいね。ごつごつする」
「皮が剥がれることもあるよ」
「やめてよ。聞くだけで痛い」
他愛ない話ばかりなのに、どれも楽しい。
会話が途切れることなくいつまでも喋り続け、気が付けば楓の家にまでたどりついていた。そのまま帰ろうとした大樹を楓が引き止め、結局さらに一時間くらい話し込んでしまった。
別れ際も、楓は名残惜しそうにしていた。
「……楓って、あんなに可愛かったっけ?」
帰り道で一人、大樹は空を見上げながらそう呟く。
空気の澄んだ夜空には、星々が輝いていた。